第41話 地下街への避難

 地下の広場には避難した地上人たちが何千人といた。みんな疲れ果てた表情で地べたに座り込んでいた。着の身着のまま逃げてきたのだろう。ほとんどの者が何も持っていなかった。


 こんなに多くの人間を誘導するのは大変だっただろうとネイピアは思った。ましてや大パニックになっている時だ。そんなことをやってのける人間は一人しかいない。自警団長のジューゴだ。ジューゴの強力なリーダーシップなしには実現できない。


 よく見ると、ところどころでパンとスープを食べているものがいる。食料を持ってくることができたのだろうか?


 ネイピアの視線に気づいたジューゴが説明した。「ドレア人たちが振る舞ってくれてるんだ」


 ドレア人が地上人の子供をあやしてくれている。すごい光景だった。何十年もの間、地上と地下に分かれて、互いになんの交流も持たなかった者どうしが。言葉も通じないはずなのに。


「ネイピアさん!」エレメナが抱きついてきた。


「エレメナちゃん!」


「なんでここにいるんです? 軍法会議で無罪になったんですか?」


「いや、無罪どころか禁固二十五年だ。でも、この騒ぎが始まってなあ、軍じゃ収拾つかねえってことで王の密使として非公式に派遣されたんだ」


「王がネイピアさんにチャンスを与えてくださったんですね」


「まあ、そういう感じだろうな」


「エレメナちゃんが、地下に避難できるよう頭領を説得してくれたのか?」


「まあ、そういう感じですかね」


「どんな手を使ったんだ?」


「今回の事件の資金源は地下だったということをおじいちゃんに言ったんですよ」


 エレメナは地下で麻薬を捌いていたのは恐らくタッカーであろうこと、タッカーとロマは仲間だと考えられることをかいつまんでネイピアに説明した。


「タッカーの野郎! とんだ食わせものだな‼︎ すっかり騙されちまった」


「誰もタッカーを疑ったりしないですもの。火事の被害者でしたから」


「それにしても助かったよ、エレメナちゃん。地下街に避難できなかったら、被害者はもっと増えていただろう」

「麻薬が蔓延していたのは地下街だから。この件が収まったらきっと非難の対象になります。少しでも貢献しておかないと。だから、損得でやってるだけなんです。善意でもなんでもありません」


「フン、まあいい」


 きっかけは損得勘定でもいい。しかし、交流を続ければ単純になる。「困っている人を助けたい」そう思うのが人間なのだ。そういうところに善意を感じていた。それを殊更に称えるつもりもない。しかし、戦争をする一方で、助け合うのも人間なのだ。


 地上に行っていた偵察部隊が三人で戻ってきた。自警団で構成されているのだろう。ジューゴの元に報告にやってきた。


「どうだった? 一人足りねえじゃねえか?」ジューゴが尋ねた。


「団長、ウェネルが花粉を吸い込んでイカれちまったよ、すまん」偵察部隊のリーダーらしい男が答えた。


「殺したのか?」


「……仕方がなかったんだ」


「そうか。分かった」


「団長、広場じゃまだ錯乱者がウヨウヨいるぜ」別の偵察部隊の男が言った。


「時間が経てば元に戻るみたいだが」ネイピアが口を挟んだ。


「だが、広場にいればまた黄色い花の花粉を吸う。だから、ずっとあのままだ」


「しかも、一度イカレると自分から吸いにいくぜ」


「もともとあの黄色い花は麻薬だったからな。常習性があるんだろう」ジューゴが言った。


「ジューゴのおっさんみたいに、強制的に隔離しないとダメだ」


「ぼうや、今、錯乱してる奴らが殺し合って、全員いなくなるのを待つか」


「……そうだな。そうするしかないのかもしれん」ネイピアが悔しそうに言った。


「いや、ダメですよ‼︎ すぐに何か行動をおこさんと。あの花さえなくなりゃ、みんな優しくて善良なベルメルンの仲間なんです! まだ助けられる人だってたくさんおるんやないですか‼︎ 僕は一人でも多くの人を助けたいっち思うんですよ‼︎」ラブローが必死に訴えかけた。


「俺もその若い隊員さんに賛成だ。それに、これ以上、あの花が成長したら、ここも危ない。ここだって地上から空気を入れているんだ。そのうち、花粉が入ってくる」偵察部隊のリーダーが言った。


「もう入ってきてるわ。地下街の出入り口近くに住んでる人の中で、錯乱した人が何人かいるんです」エレメナが言った。


「くそ、急がないと」ネイピアが顔をしかめた。


「多分、光だ。光があの花を成長させる。暗闇では成長できないんだ」偵察部隊の一人が言った。


「俺がやられた時も、光のあるところに持って行った瞬間に、一気に成長した」ジューゴが言った。


「じゃ、夜が明ける前までにどうにかしないと」エレメナが言った。


「何か作戦を考えねえと。ぼうや、何か考えはあるか?」


「広場に近づければいいんだが……ポンプを使って油をまいても、風向きが変われば花粉は飛んでくる……でも、それを覚悟で決行するしかねえ」


「誰がやるってんだ? そんな無謀なこと」


「俺がやる」ネイピアが言った。


「やめとけ! 無駄死にだ。もうポンプでどうにかなるような状況じゃねえ。今聞いたろ? 花が成長し過ぎてる。遅すぎたんだよ、俺たちは」


「じゃあ、どうするんだ⁉︎」


「方法はあるわ」ディアナが割って入ってきた。


「ディアナさん、気がついたんですね」エレメナが言った。


「あなたがエレメナさん? 聞いたわ。ありがとう。助けてくれて」


「方法ってなんだ?」ネイピアが聞いた。


「これを使うの」


 ディアナは首から下げた小袋から小瓶を取り出した。青く光る液体が入っている。


「これが、弟の……ベクトールの努力の結晶」

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