第37話 軍法会議

 ボミラールル城では大広間で軍法会議が行われていた。細長いテーブルに座っているのは軍のお偉方だ。末席にビールズ、メイレレスの顔もあった。一人、ネイピアだけがその前に立たされていた。中央にいた白髪で強面の軍人が言った。


「お前はどこに行っても問題を起こす」衛兵のトップであるブラニー・ベルギルス大佐だ。


「私は正しいと思ったことをやっているだけです」ネイピアが答えた。


「軍の情報をブン屋に漏らすのが?」


「はい。軍人としてはいけないことでしょう。ただ、巡察隊の隊員としては間違っていない。捜査のためです。それは胸を張って言えます。ああしなけば自警団の協力を得られず、ロマの足取りは掴めなかったでしょう」


「フン、何を言う。ロマを捕らえたのはお前ではない。我が軍の優秀な衛兵だ。死体となってはおったがな。誇り高きボミラールル軍に睨まれて無事で済む者はない」


「ロマを捕らえた? 死体を見つけただけじゃないですか! ロマは地下街に潜んでいたんですよ。ボミラールル軍の力の及ばない地下です。私と自警団長が地上に炙り出したんです!」


「だからどうだと言うのだ。仮にお前の行動がロマの追跡に役立ったとしよう。だが、どうしてブン屋に情報を売る必要がある?」


「売った? 金目当てで私がやったとでも?」


「違うのか? 女にたらし込まれたという話も聞き及んでおるが」


「違いますよ! あくまでも捜査のためです。交換条件で……もう聴取でも何度も説明しましたよ。そこにある調書を見てくださいよ! それより、巡察隊はいくつもの事件をもみ消してきたと聞いています。軍の意向でね。情報を漏らすことも問題かもしれませんが、情報を隠蔽したり、捏造する方が悪いでしょ‼︎」


「屁理屈だ。巡察隊は軍の直轄であることはまぎれもない事実であろう? 巡察隊は軍のためにあるのだ」

「それが間違っていると言っているのです。巡察隊は軍から独立してあるべきものだ。市民のため、国民のために活動する」


「ここはお前の持論を述べる場ではない」


「そんなことを言っているから巡察隊は市民の信頼を得られないんです」


「市民の信頼を損ったのはお前のせいであろう? 協力者である自警団長を殺害したのは貴様ではないか。せっかく巡察隊は自警団と協力して、この街を守っていたというのに、これで関係に亀裂が入った。信頼を回復するには、相当な困難があるだろう」


「ハハ、面白いことをおっしゃる」


「何を笑っている!」


「街の人に聞いてみるといい。誰が巡察隊を信頼してるって? そんな人間は一人もいやしませんよ」


「黙れ! 刑を言い渡す。禁固二十五年だ」


 ネイピアは黙って聞いていた。着任した時からこんなことになるのではないかと思っていたが、それにしても早すぎる。半月も経たずして、隊を離れることになろうとは。


 と、その時、扉が勢いよく開かれ、衛兵が一人、大広間に入ってきた。


「軍法会議中だぞ!」末席のメイレレスが叫んだ。


「申し訳ありません。緊急用件です!」


「なんだ?」


「西街区の広場で集団暴行事件が発生しました! 市民が市民を殺しています。殺し合っています!」衛兵は直立不動で叫んだ。その額から汗がしたたり落ちている。


「どういうことだ⁉︎」ベルギリス大佐が叫んだ。


 場がざわついた。


「西街区の担当は?」


「全滅しました。いや、暴行を行っている者の中に、衛兵も多数確認しています!」


「巡察隊は?」ビールズが立ち上がった。


「はっきりとはわかりませんが、巡察隊員の中にも暴行に加わっている者が多数いるとの目撃情報があります」


「なんてことだ!」ビールズは頭を抱えた。


 ネイピアが叫んだ。「何度も言っただろう? これがロマが持って逃げていた黄色い花の効果だよ。自警団長もこれで狂わされたんだ」


「絵空事を言うのはやめよ! そんなバカみたいなことを信じられると思うのか⁉︎」ベルギリス大佐は怒鳴りつけ、そして冷静に続けた「とにかく事態の収拾をはかれ。アルデラン門の兵と東街区の一班から三班までを広場に向かわせよ。巡察隊も総動員だ」


「はい!」


 ビールズは立ち上がって敬礼すると、メイレレスを従えて走って大広間を出て行った。


「意味ないんだよ! 花を処分しないと‼︎ このままじゃどんどん錯乱するヤツが増えるだけだ。余計に被害が大きくなる!」


 衛兵たちがネイピアを囲む。ネイピアは拒絶しながら叫んだ。

「俺を行かせろ! 頼む!」


 しかし、囲んだ衛兵たちになぶりものにされ、引きずり出された。



 広場に召集された兵は千人にも上った。その時には広場には死体の山が築かれていて異様な匂いが蔓延していた。そしてまた、風が吹いた──

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