第28話 ロマの潜伏先
地下街の中にも広場はある。そこでは集会が行われたり、発表がなされたり、拷問や処刑などの刑罰が与えられる場所でもあるそうだ。
頭領の家から、数百メートル。ネイピアの要望でエレメナに案内を頼み、そこへ移動していた。大名行列のように後ろからドレア人たちが付いて来た。
広場は地上ほどの大きさはなかった。三十メートル四方の平地があり、中央に一段高くなったステージのようなものが用意されている。
ネイピアはそこへ上った。ステージの上にはドラのようなものがあり、叩くバチもある。ネイピアは思いっきりドラを鳴らした。
地下街に響き渡ったドラの音を聞いて一斉にゴンドラ型住居からドレア人たちが顔を覗かせた。
そして、五分もしないうちに、人が集まり、数百人にも上る人だかりができた。よそ者が何をするのか、興味津々と言った様子で待ち構えている。
ネイピアは、手に持った百ステア札をちらつかせながら話し始めた。
「ここに三百ステアある。俺は今から取引がしたい。右手首のない男を探している。名前はフラーツ・ロマ。年齢は六十歳くらい。この地下街で見かけた人、行き先や滞在先を知っている人は情報を売って欲しい」
ネイピアの言葉をエレメナが翻訳して集まったドレア人に伝えた。ネイピアは情報提供者が複数人いた場合はどうしようかと心配していた。持ち合わせが三百ステアしかなかったからだ。しかし、実際は──シーンとして何の反応もなかった。
ネイピアは小声でエレメナに聞いた。
「何でこんなリアクション薄いわけ?」
「金額ですね」
「マジ? もう俺もおっさんもスッカラカンだぜ。どうするよ?」
「ちょっと待て。そもそも、情報提供者が現れたとして、嘘をついてる可能性もあるだろ? いや、その可能性の方が高いと思うぞ」ジューゴが言った。
「待て、おっさん。上の世界とは違う」
ネイピアはエレメナに向かって聞いた。
「契約は神の名の元に行われるんだろ?」
「そうです。もし、情報提供者がいたとしたら、嘘はないはず。ドレア人は契約に嘘があったのなら、その人は死んでからも責め苦を受けると考えているんです」
「そうか。それなら安心だな」ジューゴが言った。
「その前に情報提供者がいるのかが、問題だけどな」
ネイピアは腕時計をはずした。中のゼンマイ式が透けて見える最新のデザインだった。
「本当は嫌なんだが」
腕時計を掲げると、ネイピアはもう一度、声を張った。
「これは、ダクタウムの戦いで敵の一個大隊を撃破した功績を讃えられて、国王から賜ったものだ」
ネイピアが時計を裏返すと、王家の紋章が刻印されている。
「三百ステアにこの時計もつける! これでどうだってんだ!」
「おい、坊や! それは勲章と同じ価値のものだろ! 王家の紋章付きのものを、他人に譲るなんて正気か? 軍法会議もんじゃねえのか⁉︎」ジューゴはネイピアに詰め寄った。
「いいんだよ。ダクタウムの戦いじゃ若いヤツが何人も死んだ。そのくせ俺はこんな大層な時計なんてもらっちまって、気後れしてたんだ。それにもう俺は指名手配犯だぜ? 今さら軍法会議も何もねえよ、ハハ」ネイピアはあっけらかんと言った。
「フン、そんなら何も言わねえ」ジューゴは頷いた。
「訳していいんですか?」エレメナが心配そうな顔で聞いて来た。
「やってくれ」
エレメナは聴衆たちに時計のことを訳して聞かせた。ざわめきが起き、確かにリアクションはある。ネイピアはわかりやすく喜んだ。
「よしよし、さすがは王家の紋章の力は絶大だぜ〜」
「そうですね。地上の人間は恨んでいても、何かと便宜を図ってくれる王家には、みんな敬意を持っていますから。インパクトはありますね」
「フン、市場に出回らないからだ。敬意なんてもんでモノの価値は上がらねえよ」
しかし、誰も名乗りでない。
「こりゃ、もしかしてロマは地下街に来てねえのか……」ネイピアがつぶやいた。
「そんなはずはない。と、思うんだが……」ジューゴも自信なさげだ。
「おっさん、ありがとよ。心強い意見をな」
やがて、興味を失ったのか、ドレア人たちは散らばって帰っていった。ステージの上に残された三人。顔を見合わせるが、ため息しかでなかった。
しかし、みすぼらしい服を着たドレア人の男の子が近づいて来て、ネイピアに向かって何か言葉を発した。
「エレメナちゃん、このガキ何て言ってるんだ?」
「時計が欲しいと言ってます」
「なんだと⁉︎ タダでもらおうなんざ横着な野郎だな」
ネイピアは、ステージを下り、かがみこんで子供と目線を合わせた。そして、頭を撫でると、子供の腕に時計をはめてやった。
「大事にしろよ。けっこう高価なもんらしいからな」
すると、子供が何か話し始めた。
「エレメナちゃん、礼はいいって言ってくれ」
「そうじゃないんです。『付いて来て』と言っています」
「! ロマの居場所を知ってるのか?」
「『手のない男がウチに訪ねて来た』と」
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
その子供は猫の通り道のような路地裏を何度も曲がり、自宅への道を案内した。途中までは道を覚えようとしていたネイピアだったが、途中でさじを投げていた。
「エレメナちゃん、ちゃんと道わかってるかな?」
「もう二度と来れないと思います。すみません……」
「頼り甲斐のあるやつばかりで嬉しいこった」ジューゴが皮肉った。
子供が三段積みのコンテナ住居の外階段を上っていった。どうやらここが自宅のようだ。階段は途中から梯子になっているが、子供は慣れたもので猿のようにスイスイと渡って行った。
ついていくのが必死の大人三人がようやく梯子を登りきると、ベランダのような場所に出た。子供が何かを指差していた。その先には、白いモジャモジャ頭の痩せ細った男が立ってネイピアたちを見ていた。
ネイピアたちの来訪を知っていたかのような落ち着きぶりだった。子供が男に耳打ちする。モジャ男はネイピアたちに話し始めた。
「◎△$♪×¥●&%#」
エレメナが同時通訳する。
「『三百ステアよこせ』と言っています」
「はあ? ドレア人ってのはチャッカリしてやがるぜ。ほら」
ネイピアが金を渡すと、その男は三枚しかない紙幣を一枚ずつ数えた。
「◎△$♪×¥●&%#」
「『私は、医者だ。手を切られた男の治療をした』と」
「ロマだな。エレメナちゃん、ロマはドレア人かどうか聞いてくれ」
「ドレア人ではないそうです」
「なら、どうしてここで治療を受けられるんだ? 俺たちだってふんだりけったりの目に遭いながらここまで来たんだ」
「ロマは薬売りだったそうです。何年も前から契約をしていたそうです」
「また『契約』かよ……。なるほど、それでここに薬を届けていたから土地感があったわけだ」
「薬草と引き換えに、消毒と止血をしたと言っています。それが一週間前のこと」
「一週間前? 火事の翌日だな。それで、今ロマはどこに?」
「『知らない』そうです」
「マジか──」
「地下街にいるのは確かだ」ジューゴが言った。
「探すしかねえな、おっさん」
「ダメです」
「なぜだ? エレメナちゃん」
「それは契約に則った行動じゃないからです」
「また『契約』かよ……」
「そんなことしたら問題になります。それに、どっちみちドレア人の家を一軒一軒捜索していくことだってできないんです。誰かに匿われているとしたら、お手上げじゃないですか?」
「くそッ」ネイピアは天を仰いだ。
すると、子供が手招きをしている。
「なんだ?」
子供ははしごを降りていった。
ネイピアたちは顔を見合わせ、後を追いかけた。
子供は再び、地下街の迷宮の中を何度も曲がって行った。見失ったと思ったら、子供が角で待っていて、手招きをする。
やがて壁に行き当たった。それは壁というよりもむき出しの岩と言った方がいいかもしれない。大きな穴が開いている。馬車がギリギリ通りそうな大きさだ。しかし、その前には有刺鉄線が張られ、入れないようにしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます