第4話

「卒業おめでとう・・綺麗になったな」キリッ


「・・・気は済んだか?」


「だってだって!あのラストがだよ!?いっつもムスッとしてて口数少なくて何考えてるかわかんなくてムッツリで朴念仁で空気読めなくて偏屈で意外と寝顔と寝言が可愛いあのラストがだよ!?あんなカッコイイセリフ言うなんて想像つかないよ!正直ドキッとしてあたし今濡れ・・・あいたぁ!」




妙な決め顔と声で先程のラストの真似をするミカエラを小突きながら2人は生家である孤児院の扉を開ける。


大きな建物に庭付きの広めな一軒家という印象。


玄関を開けると広めのエントランスがあり、すぐ横のキッチンから食欲をそそる良い香りが漂ってくる。




「ただいま!」


「・・ただいま」


「おかえりなさいふたりとも。すぐごはんにするから手を洗っておいで」




キッチンから聞こえてきたのは優しそうな男性の声。この孤児院を営んでいるキリュウ・ウイングである。


そんな彼の苗字からとってここは『ウイング孤児院』と呼ばれている。




「キリュウ先生ただいま!」


「ええ、ミカエラ。卒業おめでとう。今日はクラスの子達とご飯を食べに行かないのかい?」


「いいの、家族でお祝いしながら食べたいし。」


「ふふ、では食事にしましょう。みんな!降りておいで!」




キリュウの呼ぶ声に幼い子供たちが10人ほど返事をして集まってくる。年齢はバラバラで、一番下は4歳、ラストとミカエラを除けば14歳が一番大きい。




「お腹すいたよ~」


「手洗ってないでしょ、洗ってきなさい」


「わあい、ラスト兄ちゃんとミカ姉だ」


「やっほーみんなただいまー」




ミカエラは孤児院みんなの憧れであり、面倒見も良いため好かれていた。




「先生、これテーブルに持っていくよ」


「ありがとうラスト、僕の魔法だとせっかくのシチューを引っくり返してしまいそうだからね。力持ちがいると助かるよ」




嫌われてはいないがミカエラほど好かれてもいないラストはキリュウを手伝って食事の準備をする。


若い頃事故で翼が片方ちぎれてしまい、魔法の出力が安定しないキリュウを手伝うのがラストの役割だった。ちなみにミカエラに手伝わせると高確率で飯が台無しになる。




「それでは皆さん、御一緒に」


『いただきます!』




元気のいい掛け声と共に食事が一斉に始まる。『ウイング孤児院』は国からの援助金もあるためそこそこ良い暮らしができてはいるが、やはり育ち盛りの子ども達10数人の食欲はあなどれない。所々でパンやシチューの取り合いが起こっている。




「懐かしいよねラスト。あたし達も昔はああやって数少ないお肉を取り合ったよね」


「そうだな、お前がぶくぶく太ったのはそのせい・・ぎゃ!」


「良い思い出だよね」


「フォークを人の頭に刺しながら何昔を懐かしんでんだコラ」




2人が子どもの頃は今より補助金も少なく、ひもじい思いをすることも多かった。身寄りの無い子どもやラストのような得体の知れない存在を預かっていることで世間からの風当たりは冷たかった。しかし、ある理由でミカエラが孤児院に来てから補助金が増大し、食うに困らない生活を送れるようになった。




「先生には迷惑かけてすまなかった。でももう18歳の春、ここを出て冒険者になる。今までの恩を返すよ」


「あたしもバリバリ働くよ!何せ『聖教会』に内定決まったからね」






『ウイング孤児院』は成人となる18歳の春までしかいられない。それ以降は自分達で生活していかなければならない。キリュウ院長の内心は寂しさと新たな門出を迎える息子と娘を祝う気持ちでいっぱいだった。




「・・・ラストは赤子の頃から、ミカエラは3歳のときにここに来てそれから随分大きくなって・・・いかんねぇ、歳をとると涙腺が脆くなって」




「先生・・・・」


「あたし、此処に来た時から院長やラスト、みんなが家族だと思ってる。だからここまで育ててくれたこと本当に感謝してます。あと数日だけどよろしくおねがいします!」




ラストは無言で頭を下げ、ミカエラは笑顔で感謝の言葉を述べ、穏やかな食卓を過ごした


「・・っと今日の依頼は・・」




食事を終え、丈夫な皮の服に着替えてからラストは今冒険者ギルドへと足を運び依頼一覧表を見ていた。


街中のゴミ拾い、異臭騒ぎの解決、飛行運搬の仕事から街の外へでる仕事もある。ただし、街の外へ出るには必須と言っていいほどの条件がある。




「『ただし、飛行可能な者に限る』か・・・」




飛べないラストにとっては街の外など危険極まりない。そのためラストは街の外に出る依頼そのものが受けられない。




ヒソヒソ


「見ろよまた来てるぜあいつ」


「飛べない『錆色』だろ?今日もゴミ掃除か。」


「あいつ自身が鉄くずのスクラップだろ」


「違いない」




他の冒険者たちの無遠慮な視線と嘲笑。これもラストにとってはもう慣れっこだった。




「おい、鉄くず」




こうやってガラの悪い冒険者に絡まれるのももう両手の指どころか両足の指を使っても足りない。




「・・・・・」




こういう手合いは無視するに限る。こういう連中は相手の反応を面白がることでしか娯楽を見いだせない可哀想な生き物なんだと自分に言い聞かせる。


そして、手頃な『街のゴミ掃除』の依頼を受けに受け付けに向かう。




「お願いします」


「はーい!」




すると、明るい鈴のような綺麗な声が返ってくる。




「あら、ラスト君!いつもありがとうね」


「いえ、俺にはこれしかできないので」




この受付の女性はベル。一年ほど前にこのギルドに配属になった新卒さんである。新卒ながらその手際の良さとスレンダーで可憐な容姿からギルドの看板娘になりつつある。




「もう!そんなこと言わないの!助かってるのはほんとだからね。『冒険者は冒険してこそだ!』・・って威張り散らしてばっかの誰かさん達がちっとも街の仕事をしないもんだからね」




ぎくっとその『誰かさん達』が居心地悪そうにしているのを見ると多少はラストの中にあるモヤっとした気持ちも晴れる。




「飛べない事を悲観せず、自分にできることを務めるラスト君を当ギルドは応援しています。お仕事行ってらっしゃいませ」


「はい、行ってきます」


「お礼にその翼を磨いて貰えるよう鍛冶屋さんに依頼してあげよっか?」


「遠慮しておきます」




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