貧乏男爵家の次女に転生した私は魔法の天才と一族から期待を寄せられていますが、その才能は、いつになったら開花するのでしょうか?
アカホシマルオ
アリソン五歳編
開花その1 水晶砕きのアリソン 前編
この国では五歳になると、もれなく魔法の才能を調べる儀式を受ける。
魔法力は訓練により伸びるが、魔力の属性、強さやその総量はその者の基準値となり、総合的な基礎能力の指標とされる。
ここで有望な才能を認められた者は国の保護を受けて、優遇される。つまり本人の意思とは関係なく、強制的にエリート教育を詰め込まれる羽目になるのだ。
そしてそのまま才能を開花させれば、次世代の国を担う重要なポストが約束される。
幼い子供の魔力暴発事故を避けるために、星片の儀までは常に魔力封じの腕輪を身に着けることも慣習の一つである。
才能なく腕輪をすぐに外すことになるか、それとも更なる修行を経て魔力の制御が上達するまで待つのか、運命の別れる日でもある。
私は王国の辺境にある山奥の領地を治める男爵家の次女に生まれ、最近五歳の誕生日を迎えた。
辺境の下級貴族である領主の父上と母上は優しく穏やかな性格で、家臣や領民からも好かれている。私は二歳離れた姉上と三歳離れた兄上と三人で、自然豊かな谷間の領地で健やかに暮らしていた。
私たちの住む谷間を流れる川を下れば、王国直轄領となっている広大な田園地帯に至る。
我がウッドゲート男爵家はその北に広がる森を管理し、王国の食糧庫たる平原を森の魔物から守る役目を、代々担っていた。
ウッドゲート家の遠い祖先は、西方に大きな領地を持つ伯爵家の五男であったらしい。
その五男が現在のハイランド王国に繋がる旧西方王国騎士の末端として出征した魔物討伐で大きな手柄を上げ、男爵位を得てこの谷間の領地を与えられた。
その後西方王国の衰退と共に伯爵家も没落し、歴史の舞台から消えた。
その時に東方へ逃れた王族の一人が現在のハイランド王家の始祖となり、現在に至っている。
そして今ではこの辺境の我が一族が、唯一由緒あるウッドゲート家の血筋を伝えているのだ。でもこれはお婆様の口癖なので、少々怪しいのです。
本来ならば、広大な魔物の森を守護する辺境伯となっていてもおかしくないほど広大な領地なのだが、この森に住まう無数の魔物の多くは、気性が穏やかで力も弱い。要となるこの谷間さえ抑えておけば、ほぼ無害であった。
おかげでこの地に封じられて以来数代にわたり、谷間を統治する男爵家は近隣に交わる貴族もいない辺境の地に根付き、のんびりと貧乏田舎貴族として暮らしてきた。
跡継ぎの兄上は二年後の十歳になれば王都の学園で学び、十五歳で領地に戻るまでに嫁を確保するという、一大イベントが控えている。
七歳の姉上は既に幼馴染の親族との婚約が決められており、兄上にもしものことがあれば、婚約者と共に男爵家の後を継ぐ手筈になっている。
さて、残る私はというと、どこかで良縁に恵まれ少しでも貧乏な一族に発展の手掛かりを得られれば、といった期待と野心を一身に背負い、誕生以来続く絶賛バーゲンセール中であった。
しかし幸か不幸か、いまだに私は売れ残っている。そりゃ、まだ五歳ですからね。
そんな私の人生を根底から覆すような事件が、先日起きた。
例の、星片の儀である。
天から落ちた星の欠片とされる巨大な水晶に手を翳すと、その者が生来持つ魔力の才能を現し、様々な光を発する、と言われている。
その発光現象を読み解き隠された才能を見出すのが、王宮に仕える優秀な魔術師たちの仕事の一つである。
多くの臣民は僅かに淡い光を発するのみであるが、王宮の魔術師クラスになると様々な色を強く発するのだと言われている。
で、私の場合は、なんだかよくわからないことになってしまった。
星片の水晶は大人が一人でやっと抱えるほど大きく重く、荒々しい結晶柱がトゲトゲ飛び出た凶悪な形状で、こんなものが天から落ちて来るなど危険極まりない。
どう見ても、その辺の山奥でドワーフが掘り出したそのままの姿であろう。
私が恐る恐る魔力封じの腕輪を外して右手を水晶に翳すと、瞬時に正視できないほどの閃光を発して水晶は砕け散り、周囲に控えた多くの上級魔術師が怪我を負った。
その多くは閃光に目を焼かれ、砕け散った水晶に全身を打たれて、惨憺たる事故現場である。
その場には優秀な魔術師が揃っていたので、即座に魔法による治療が行われ、大事には至らなかった。
この日集まった五歳の子供たちはすべて儀式を終えて退出し、儀式場はその日唯一の貴族の子女たる私のために、人払いがされていた。
ただ運の悪いことに、最後に男爵家の娘である私のためにと、暇な関係者が全員集まっていたのだった。
その野次馬が余計に被害を大きくしたのだが、逆に庶民たちへの被害はまるでなかったのが、救いであろう。
不思議なことに、私自身も無傷だった。
砕け散った星片の水晶だが、王国には他にも多くの水晶が存在し、国内各地でこの儀式が行われている。
私が破壊した水晶は領主の館から離れた城塞に保管されていたもので、王宮にある貴重なものとは違い、最近工房で造られた複製品らしい。
私は自分の右手が触れた水晶が虹色に輝き、やがて白い閃光となって爆散したのを間近で見ていた。
だが、他の人々には、白い閃光以外は何も見えなかったらしい。それほどに、一瞬の出来事でもあった。
だがその一瞬の出来事の中で、私の内部にも大きな変化が生じていた。
そう。私はその時に初めて、自分の前世を思い出したのだった。
私は日本に住む大学生で、大学二年の夏休みに登った北アルプスの山中で、大規模な落石に遭遇して命を落とした。
そのことを、突然思い出したのだった。
この手の物語はコミックスやアニメーションで何度か見た記憶があり、自分が悪役令嬢でもなく、ここがゲームの世界でもないことに、私は安堵を覚えていた。
しかし、なぜこのタイミングで前世の記憶が戻ったのかと考えるに、それは常に身に着けていた魔力封じの腕輪を外したことが、主な原因ではないかと疑われた。
しかし、魔術師たちは、揃って首を傾げていた。
通常、子供が身に着ける魔力封じの腕輪は効果の弱いもので、星片の水晶を粉砕するほどの魔力を封じる力など、そもそもない。
稀に腕輪の能力を超えて漏れ出す強い魔力を持つ子供がいるので、その場合は更に強い腕輪に取り換えられる。
体の成長に従いサイズや強度の違う腕輪に交換するのは普通のことであるが、私の身に着けていた腕輪は、至って一般的な能力しか持たなかった。
儀式の以前に、その着用している腕輪の力を見れば、既にある程度魔法の素質は知られているのだ。
だから私には、最初から何の期待も寄せられていなかったのですよ。
それが、突然のクラッシュ。大爆発である。
私はその場で最強クラスの魔力封じの腕輪を着用させられて、再度儀式を行うべく、予備の星片の水晶が準備された。
異世界へ転生してチートな魔力を得た貴族の娘は、その後一体どうなるのか?
私は命を懸けて魔物と戦うのはまっぴら御免だし、教会で神聖な職に就くのも性に合わない。
何とかゴマかして家へ帰り、自室で好きな書物を読みふけり、時にのんびりと野山を駆け回る暮らしを取り戻したいものだと願う。それは五歳の私に考え得る、最大の望みであった。
田舎貴族の小娘には、これは重過ぎる現実である。普通なら、茫然自失で頭の中が真っ白になるところだ。しかし私の頭の中は真っ白どころか、変な女がもう一人いる。
では、異郷に突然放り込まれた二十歳の日本人の娘は、何を望もうというのか?
田舎貴族の次女とは言え、あと十年くらいはこのまま貴族の身分を保証されるだろう。たぶん。
十五歳を過ぎるとこの地では成人年齢となり、どこかの貴族や商人へ嫁ぐか、能力が認められれば、文官にでもなり一人で身を立てることもあるのだろうか。よく考えておかねばならない。
幸い私には、あと十年という時間がまるまる残されている。……たぶん。
だがそれにしても、あの水晶を粉砕した力は? ……謎だ。
一回り大きな立派な水晶が私の前に運ばれて、再度の儀式を執り行った。今度のは代用品ではなく、由緒ある逸品らしい。大丈夫か?
先ほどよりやや腰が引けた関係者が遠巻きに見守る中、今度も水晶は瞬時に白熱した閃光を放った。
しかも、私が慌てて手を放した後も、その状態が続いた。
水晶は、やがて耐え切れずに、またもや爆散した。ああ、貴重な逸品が……
今度も私は無傷であったが、関係者は度肝を抜かれた。
今回は私以外の全員が物陰に隠れていたので人的被害は皆無であったが、頑強な砦の内部は酷いことになっていた。
けれど、取り囲んだ大人たちは、それどころではない。
とんでもない魔力の持ち主の出現にざわめく周囲の中で、私は更にとんでもないことに気付いてしまった。
私は、再試験の前に嵌められた最強の魔力封じと言われる腕輪を、うっかり外すのを忘れたままで、この二度目の儀式を執り行っていたのだった。
私はどさくさに紛れて腕輪を着け直すふりをして、ひきつった笑いを浮かべながら帰路に就いた。
これが、ウッドゲート男爵家次女の私に、水晶砕きのアリソンという二つ名が付いた、忌々しい一日の出来事だ。
自己紹介が遅くなりましたが、私の名はアリソン。アリソン・ウッドゲート。まだ五歳になったばかりの普通の女の子です。嘘じゃないよ、普通だよ。
さて、星片の水晶が放つ白い光は、多くの人が使える生活魔法に代表される、簡易的な小魔法への適性を現すという。
そういう意味では、私の魔力属性は極めて人並みらしいのだが、問題はその力と量であった。
ちなみに光の強さと持続力は、瞬間的に使える魔力の大きさと、持続量を表すらしい。爆発の原因は、その魔力量にあったようだ。
ただ、属性があまりに一般的なので特殊な魔法は使えず、魔力が強すぎるが故に、その利用方法はかなり限定される、とのことであった。
普通、大きな魔力を持つ者は火だの風だのといった、一つか二つの得意な属性に限って強力な力を発揮するらしい。
だから、白い光の一般属性大魔法使いというのは、過去には例がない。
儀式を司った魔術師も判断に困り、結局私は最強の魔力封じの腕輪を着用したまま実家へ帰された。
一度目も二度目も私だけが見た七色の光については、絶対に口に出さぬと心に誓ったのは言うまでもない。
後編に続く
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