転生したらひのきのぼうでした ~三十歳童貞ひのきのぼうはショタッ子魔法使いを最強の魔法少女に仕立て上げるそうです~
まず、今日は俺の三十路の誕生日「だった」。
そう、「だった」のだ。
――何が悲しくて、俺は森の中に「落ちている」のだろうか。
*
ああ、すまない。自己紹介がまだだったな。
俺は名もなき――いや、名前はあったがどうにも思い出せない――ただのオッサンだった。二十九歳独身社畜、夢も希望もありゃしない普通のオッサンさ。
特筆すべきことといえば……恥ずかしいことにいまだに女の子と付き合ったこともないし、そもそも付き合う気すらないあたりか。というのも。
俺、趣味が女児アニメ鑑賞なんだ。
プリ〇ュアやおジャ〇女とかそういうのが好きないわゆる大きなお友達。
家の中はそういうグッズで埋め尽くされてる。なんなら女児用の変身ドレスとか柄付きパンツまで買い漁ったりしてる変態さ。着れるもんなら着たいし女児が羨ましい……おっと、すまない、閑話休題。
日々の癒しをそういうものに頼ってる分、周りの女性からの目は冷たい。自分で考えても普通にキモい。
そういうことなので独り暮らし。誕生日を祝う人なんているわけない。
というわけで俺は一人で次の日に待つ自分の誕生日をわけもなく心待ちにしていた。
そして、朝起きようとしたら俺は何故か森の中に落ちていた。
何を言ってるかわからないと思うが、俺も何をされたのかわからない。
ただ俺は、周りを見ても木しかない、うっそうと茂る森の中でコロンと落ちていたのだ。
――ところで、落ちていたという表現を人間に使うのはおかしいと思ったそこのキミ。その違和感は正解だ。
そう、いまの俺は人ではない。動物ならまだかわいい方だ。残念ながら俺は生物ですらなかった。
自分を文字通り俯瞰視点で見られることに気付いてはじめて知ったことだったんだが。
今の俺の姿は人じゃない。ならなんなのか。
一言で言えば棒だった。
具体的に言うならば、おおよそ手ごろなサイズの長くてでかい麺棒。早い話が柔らかい木製バット。そして異世界っぽく言うならば――ひのきのぼうとしか言えないものとして。
俺は理解した。人間状態ならば頭を抱えていただろう。
――俺は、異世界に転生した。ひのきのぼうとして。
見たこともないモンスターが空を縦横無尽に飛び、見たこともない植物が生え散らかしている。異世界としか考えられない。
そして、空中から見た自分はどこからどう見ても棒だった。ただの木の棒だった。
意味が分からなかった。これが自分だとは直観で理解させられたが、その頃にはどうにもできなかった。
なにもかもが理解できないままに、何度か昼と夜とが過ぎた。
ここが異世界だとようやく理解して、試しに何度か見たことのある異世界アニメでよく主人公がやってた「ステータスオープン」なんてものもやった。
――一桁の数字がいくつかと文字の羅列。いや、日本語で助かったけど。
若者向けのシャレオツな見た目の画面。操作方法がわからねぇ。
しかも、だ。スキルとやらの文字列がぜんぜん強そうに見えねぇ。
なんだよ共鳴って。しかも他に何もないし。ついでに言うなら効果欄が真っ白で何も書かれてないし。
スキルとは別に覚醒とかいう文字列があったが、灰色に染まっていて一目で非アクティブ――使えないということがわかった。
要するに。
使えないスキルに弱すぎるステータス。「ひのきのぼう」の名に違わぬ最弱武器というわけだ。
それが確認できたところで。
スライム以外にどう形容すればいいのかわからない半透明のゲル状の生命体が近寄ってきた。
お? やるか?
スライムは俺の様子を見るようにぐるぐると回って。
やがて、俺にじりじりと寄ってきて。
応戦――あ、できねぇや。だって動けないんだもん!
そうして俺はスライムに食べられてしまったのだった。ちくしょう!
……それからのことはうすぼんやりとしか覚えていない。
なかなか消化されずに、半透明の体の中からぼうっと外を見ていられたことだけは覚えている。流石は非生物。ただの木の棒。
それでも俺は有機物。いつかは消化されてしまう。
その時は一刻一刻と近づいていた。
三十歳で人生終わりか……三十年も生きてたのか、俺。そのうち最後の数日間は棒きれになってたけども。
よく生きたなぁ。思春期前には死にたいなんて口ずさんでた俺がなぁ。
……いじめられっ子で、誰にも言い返せず耐えて耐えて耐えて耐えて、よく生きてこれたもんだ。
心の中で笑いながら、俺はない口で息を吐いた。
――ああ、キュ〇アルセーヌ、どうなったんだろうな。
ファントムシーフプ〇キュアの最新話、見たかったなぁ。
戦って傷ついて、壊れくすみそうになるアルセーヌの
……戻りたいなァ。元の世界に。
叶いそうもない夢を見た。そのときだった。
衝撃をスライムが襲った。
打撃はスライム特有の弾力で打ち消されるとも知らずに。
――いや、その衝撃は違った。
スライムは火が苦手だ。体内の水や、水で出来た体を保持する特殊な油が燃えて蒸発して、最終的に乾涸びてしまうから。
すなわち、その衝撃は――火の魔法だった。
「ピンクスライムはよく燃える……本当だったんだ!」
甲高い声。ちょ、待って!
助けて、俺も燃えちゃう!!
わたわたして、しかし動けない俺を、誰かが拾い上げる。
大丈夫なのか、こんな火の中。そんな心配は無用だった。――水の魔法で全身を包んで守っているようだった。
「やったあ! ぼくの武器!!」
俺を拾ったのは、少年だった。
背丈は一メートルを少し超えた程度だろうか。俺を持つには少し小さめの、しかし優しげな丸い目をした、女の子のような可愛らしい少年だった。
周りが少し消化されて角がなくなった、それこそただの麺棒同然の俺を、少年は抱きしめてほおずりして、そして笑った。
朗らかなその笑み。何とも言えないような胸のざわめきは……もしかしたら、恋にも似たような、運命の予兆だったのかもしれない。
それと同時に俺は悟ったんだ。これからすべきことを。
――彼に、この少年に、俺は尽くしたい。
そうすれば、何かが動き出す。そんな曖昧な予感に突き動かされて。
*
「おはよう」
「ひゃあっ!」
飛び起きた少年。俺はその腕に抱えられていた。
左右を見てびくびくと怯える少年に、俺は「ここだよ、ここ」と優しく口にする。
どうやら、俺を装備している人には声が聞こえるみたいだな。軽く考察する。
「……棒、さん?」
「ああ、そうだよ。おめでとう、そしてありがとう。アリア、君は寝ている間に俺を無意識に『装備』してくれていたらしい」
――ここでいう装備は、アイテムスロット欄に追加されることを意味する。ただ持つだけじゃ保持状態にはなっても装備状態にはならないから注意だ。
この少年は、無意識に俺をアイテムスロットに装備してくれていたらしい。意識がはっきりしてきた頃にステータスを確認すると、もうすでに俺は少年――アリアくんの武器になっていた。
「へぇ……って、おしゃべりできるの!?」
驚愕する少年に、俺は「ああ。これからよろしくな」なんて軽々しく声をかける。
……まあ、驚くのも無理はねぇか。寝て起きたら拾ってきた武器がしゃべっているんだもの。
流石に常識外れの異世界とはいえ、喋る木の棒なんてあるわけがないもんな。
けれど、彼は。
「やった……やったあ! 初めてのおともだちだあ!!」
大手を上げて喜んでいた。
……友達の一人もいなかったのか。かわいそうに。
軽い同情。引きつった笑いを発する俺に、少年ははしゃぐのをやめてぽつりと口にした。
「……やっぱり頭おかしくなったかなぁ。武器というか棒がしゃべるだなんて……マンガじゃあるまいし……」
この世界にも漫画はあるんだ……。
少年は俯きがちに俺を抱きしめて。
「……でも、聞いてよ。ぼくの目標」
弱々しく呟いた。
「ぼくね、いつかあいつらをみかえしたいんだ」
――少年は、相当追い詰められているらしい。
俺を抱く身体は骨ばっていて、肉どころか筋肉もそこまでついていない。
「見ての通り、体もあまり強くないし……取り柄の魔力だって」
実はそこまで強いわけじゃない。おぼえた魔法の数は多彩だけど、それでも弱々しい魔法しか使えない。
「でも、俺を取り込んでたスライムを倒せたじゃないか」
「あれは運が良かっただけだよ。……ピンクスライムは燃えやすいから、ちっちゃい火で簡単に引火するんだ」
それで、それが初めて倒した魔物だったのだという。
「でも、これだけじゃあいつらはきっとからかってくる。……何も言い返せない」
――家は貧乏。なので学校にも通えない。だから、冒険者――言ってしまえば非正規雇用のなんでも屋として稼ぐしかない。
でも、魔物を倒すようなことはできないので、草むしりをするので精いっぱい。
草むしりで生きていられるほどここは甘くない。あまりにも報酬は少ないし、そんなことしかできない自称冒険者をいつまでも雇っていられるほど冒険者
いつ契約が解除され仕事が受けられなくなるともわからない恐怖におびえながらの生活しかできない。
それを、少年は仲間たちから日夜からかわれていた。言い返せないでいた。事実だから。
――この年にして彼の人生は詰んでいた。
「それでも、ちょっとでも強くなれば……少しはできる仕事も増えるはずだから」
だから、勇気を振り絞った。
だけど、得られたのはこの棒切れ一本。
「こんなもんだよ。人生なんて。わかってるけど。……わかってるけど、さぁ」
泣きそうな声で、少年は叶わない夢を告げる。
「……見返したいよ。できることなら、ぼくをばかにしたあいつらを」
できやしないんだけど。そう自虐的に告げて、少年はすすり泣いた。
早朝、朝日が昇る。
「なに言ってんだろ、ぼく。こんな、ただの棒に」
少年は伸びをして、いつも被ってきたのであろう大人びた仮面をまた被る。
俺は同情以上の深い何かを心に抱いた。
――それがなにかは、俺自身もよくわかりはしない。
ただ、話を聞いて俺は感じたのだ。
……俺と同じだ。俺と同じ思いをして、そのまま育とうとしている。
俺みたいにさせてたまるものか。……耐えて耐えて耐えて耐えて、心を殺して生かされるくらいなら。
「……見返そうぜ、一緒に」
口にせずにはいられなかった。
「え? でも――」
「できる。君なら、きっと。……まだ、取り返しはつくはずだ。俺は微力にしかならないかもしれないが、必ず、全力で――」
お前を、強くする。夢を叶えよう。
力強く宣言する俺を、少年は持ち上げて、軽く観察して。
「慰めてくれてありがと。……ちょっとだけ、元気出た」
微笑んでから、腰に携えたのだった。
そのときだった。誰かの声がこだまする。
「魔物だ……魔物が襲ってきたぞ――――――!!」
*
慌てて家を飛び出す少年。
――聞くところによると、この町はあまり大きくない。それに農村のような様相を呈していて、魔物の襲撃にはそこまで強くはない。それなのに魔物の多い地域と隣り合わせになっているらしく、度々こんな魔物の襲撃が起こるらしい。
そのために高ランク高レベルの冒険者が待機していたりもするらしいが、しかし。
「今回は大きすぎやしないか?」
ある冒険者が口にした。
俺たちのいた町の外縁部はスライムに浸食され始めていた。
高ランク冒険者が対処を始めているらしいが――「間に合わん。救援、救援を頼む!」と、ギルドに設置してある魔力式伝声器とやらが前線の声を伝えた。
――それが少年をいじめていた青年の声だと気付いたのは、しばらくしてからのことだった。
「おい、なにしに来たチビ!」
前線。男が叫んだ。
「僕も戦う!」
「なに言ってんだバカタレ! 帰れッ!」
沈黙する二人。歯を食いしばる少年。その目からは涙。
「……このくらいで泣いてるようじゃ、到底戦えねぇだろうが」
低い声で、普段少年をからかっているらしい青年は口にした。
「戦えるもん」
「んなわけないだろ」
「だって……だって、君も傷だらけじゃないか!」
負けじと叫んだ少年の言う通り、その青年も傷だらけでボロボロだった。
「前衛職はそういうもん……だっ!」
襲ってきたスライムを追い払いながら、青年は少年を睨む。
「早く帰れ。……弱いのが前線にいられると、邪魔なんだよ」
残念だが、一理あった。
「おい男。その言い方は――」
ないだろう。言おうとしたがしかし。
「……君の声はぼく以外には聞こえないんだろう」
はっとして、少し冷静になった。
――ボロボロと涙を流す少年を見て、胸が苦しくなった。
「ぼく、だって――」
弱弱しく火を放ちながら。
「――戦いたいよ。みんなを、守りたい……っ!」
「おい馬鹿待て!」
青年は止めようとするが、少年は俺を振りかぶって、駆けだして。
「うああああああああああああっ!」
叫びながら突撃した。しかし。
――打撃は、スライムの弾力で打ち消される。俺に刃はついていない。
まして最弱武器。それを装備した少年もひ弱。そんな弱さの二乗から放たれた攻撃は、当然スライムに有効打を与えられるはずがなかった。
俺たちはスライムにまとわりつかれる。
……俺は呼吸をしない。故にただ取り込まれただけで済む。しかし、少年は呼吸ができなくなれば――。
ひのきのぼうを振り回す少年。そこに、走る音。
「――
さっきの青年が、火炎を纏った剣でスライムを切り裂いた。
「これでわかっただろう」
そして俺たちを睨みつけながら、叫んだのだ。
「
そうして彼は少年を蹴飛ばして、スライムの海から放り飛ばしたのだった。
「うあっ」
簡単に飛ばされ地面に叩きつけられる少年。
彼のひ弱な体はもうすでに満身創痍だった。
――骨は折れていて、布の服は血まみれ。呼吸すらかろうじてといった様相。
ただ、それ以上に。
「……悔しい」
少年の呟き。ボロボロと溢れる涙。しゃくりあげながら、少年はつぶやいたのである。
「悔しいなぁ……。どれだけやったって、たどり着けないの……知ってる、くせに」
おそらくきっと、少年はいままで出来る限りの努力を続けてきたのだろう。
痛々しい身体の所々についた傷。そのいくつかは今ついたものではなかったようだった。
「隠してた、のか?」
「うん。……強くなるために、できることはやってた。だから……きみを見つけられた。でも……」
才能には限界がある。その兆候は最初から見えてくるものだ。
「ぼくは、いくら頑張ったって魔法使いにしかなれない。……戦士にはなれない。知ってるよ。でも……悔しい」
彼に並び立てないなんて。彼に追いつくことができないなんて。
――これじゃ、見返して笑ってやるなんていつまでもできやしないじゃないか。
「知ってるよ。文句言ったところで、何も変わらないことくらい」
泣きながら、少年は息と共に、言葉を吐いた。
「……理不尽だよぉ……!」
叫ぶように、荒々しく、僕を握りしめて。
「もう嫌だよ。これ以上馬鹿にされるなんて。役立たずなんて嫌だ……ッ!」
唇を噛みながら、涙を流しながら。
「だから……力が、ほしい」
力なく、口にした。
そのとき、俺は光り輝いた。
――どういうことだ。
困惑する俺をよそに、勝手にステータス画面が開く。
スキル「共鳴」が発動していることが、直観でわかった。
使えないと思っていたスキル。その効果は。
――装備者と感情が一致したときに発動。ステータスを大幅に増強する。
数字で見ると、一目瞭然だった。
一桁だったステータス欄が、一気に二桁、それも後半の数値が並ぶようになっていた。
そして、その中でとびぬけたものがいくつか。……魔法関連のステータスと思しきものは、数百というとんでもない数値になっていた。
「……力が、湧き上がる」
俺は口にした。少年は驚いたように、輝く俺を見つめる。
この武器の数値は装備者のステータスに加算される。いまや少年は大魔導士だ。
……魔法という言葉を思い浮かべながら、思い出す。そういえば、三十歳まで童貞だと魔法使いになるって話があったような。
童貞のまま迎えた三十歳の誕生日――魔法使いになる日に、俺はこの棒になった。そして俺は魔法少女フェチだ。さらに、いま魔法関連のステータスが大幅に上昇している。これが偶然なはずがない。
ステータス画面。もう一つ、スキルとは別に「覚醒」というものがある。
ずっと灰色のままだったそれは、いまピンク色に輝いていた。アクティブ状態――きっといまなら、それが使える。
「覚醒、する」
呟いた俺。目を見開く少年。
俺は願った。
「……なんでもいい。なんだっていい。……俺たちの、プライドを、彼を思う人々を――守る力を――」
力を、ください。
そう呟いたとき、かっと俺は光り輝いた。
「さあ、呪文を唱えてごらん」
俺の意思は少年と溶け合う。
「でも……こわいよ」
「新しい世界に踏み出す時は、誰だってそうさ」
少しだけ怯える少年の声に、俺は優しく告げた。
「……俺たちはそれを超えて、強くなるんだ。だから――」
「……やってみる。ちょっと、恥ずかしいけど」
こうして少年は叫ぶ。俺、すなわちひのきのぼうだったもの――ファンシーなマジカルステッキを掲げ。
「ぷ……『ぷりぷり・プリティー・メタモルフォーゼ』――ッッ!!」
――スキル「変身」。覚醒によって発現したスキルで、「共鳴」が前提となる。
三分の時間制限と、装備固定。その代わりに、魔力をはじめとした様々なステータス上昇と無尽蔵の魔力リソースが装備者に付与される。
閃光が煌めいた。
――次の瞬間、そこには魔法少女としか形容できないような姿をした少年がいた。
幼くも均衡の取れたスレンダーで華奢な、あたかも少女のような身体。
それが纏うのは王侯貴族のドレスを彷彿とさせるような、しかしかろうじて戦闘服だということがわからなくもないようなスタイリッシュさを兼ね備えた、ピンクとフリルの多用された膝丈のミニドレス。
ショートボブの薄桃色の髪はツーサイドアップに結ばれ、風になびく。
フリル付きの二―ソックスと、白でヒールがついたブーツ。フリルの袖からすらっと伸びる細く白い腕、その先の腕に巻かれたピンクのフリルシュシュ。
そして手に持ったピンクのマジカルステッキ。先端の星型の宝石が煌めいた。
新生した少年。マジカルステッキを振りかざし。
「魔法少年・アリア、推参ッ!」
迫るスライムに向け、名乗った。
「これなら――」「ああ、いける」
少年は知識だけはあった魔法。
数多くの魔法を覚えた彼は、しかし己のリソースの少なさによって覚えた魔法を使えずに、また使えても弱いままでいた。
――そう、いままでは。
俺と少年は声をそろえた。
「
細いステッキの先から放たれた魔力で出来た火炎は、たちまちスライムを火の海に変え――それが消えるときには、もはやスライムは影も形もなくなっていた。
くるくると俺を回す少年。そして、俺たちは空へ飛んだ。
「時間もないし、一気にいこう」
少年の提案に。
「……俺が言うのもなんだが、いけるか?」
と一瞬訝しむ俺。少年は快調に笑った。
「いけるよ、きっと。だってぼくらは」
「最強のコンビ、だから?」
「そう!」
少年の嬉しそうな声に、眼下に見える冒険者たちの驚く顔に、俺はない口でにっと笑った。
「一緒に、いこう。新しい世界へ!
ごうっ、と拡散する火焔。
それは辺り一面のスライムたちを焼き尽くし――爆裂した。
*
「……すまなかったな、チビ。まさか、あんな力があるとは」
変身が解除され空中から落っこちた俺たち二人を受け止め、男は言った。
「ふふん、でしょでしょ! あと、ぼくにはアリアって名前があるんだから――」
自慢する少年に、男はぽかりと頭を叩いた。
「調子乗りすぎだバカ」
「ふえぇ……」
「……そもそもだ」
――少年曰く「ぼくをからかってイジメてきた」男はため息を吐いて、言った。
「後衛職の癖に、前に出てくんなバカタレ。……ったく、てめー守るのにどんだけの力がいると思ってる」
「……え?」
「だいたいな。魔法使いには魔法使いの戦い方があるもんだ。この街には少ないがな、魔法使いってのはな、俺たちに守られながら後ろで魔法で決定打を狙うって相場が決まってんだろうが」
……どうやら、素直になれないだけらしい。
「まあ、こういうのは癪だが……さっきは助かったぜ、アリア」
照れくさそうに言った青年に、少年はにっと微笑んで。
「やった、ようやく名前呼んでくれたー!」
「うっせバーカ! もう二度と呼ばねーよ!」
まあ、そんなこんなで数年後にはすっかり仲良し(?)の相棒同士になってたりするのだが、それはまた別の話。
「……アイツ、実はけっこうぼくの事考えてくれてたんだね」
「そーだな」
少年はあの男と離れてからそんなことを言い出した。
「言い方はとんでもなく悪いけどさ。……でも、僕を守ってくれてた」
頬を染めて、少年は息を吐く。
「……いままでやなヤツとしか思ってなかったけど……反省、しなきゃな」
そんな感傷に満ちた言葉に、俺はただ俺を抱く少年の肌のぬくもりを感じるのみだった。
――ひのきのぼうの姿で。
スキル「共鳴」が解除されたら元の姿に戻るらしく、またひのきのぼうに戻っていた。
あーあ、マジカルステッキのままが良かったなー。無性に興奮したもん、あれ。
魔法を出した瞬間のことを思い出しながらため息を吐いた俺に、少年は話しかける。
「ねえねえ、君は何か夢ってある?」
その言葉が俺に向けてのものだと気付いたのは、数秒経ってからだった。
「……俺に聞いてるのかい?」
「うん、そうだよ」
そんな返しに、少し面食らって。
俺はまた息を吐くと、ぼそりと告げた。
「元の世界に帰りたいなぁ」
「え?」
「俺、別の世界から来たんだ。そこではたくさんの面白いアニメがやっててな――」
そうして、俺は故郷というべき世界の、主に女児アニメの話をした。
目を輝かせるアリアに、俺はジワリと心が温かくなったような気がした。
――俺の趣味も、悪くはなかったんだな。
「それでそれで?」
「ああ、あとはな……うーん、すまない、忘れちまった」
「えー!」
こうしてひとしきり話し終えると、少年は言った。
「……その世界、楽しそうだね」
「楽しいことだけじゃないさ」
「でも、ぼくは行ってみたいな。それで、いっぱいアニメ見たい。……もちろん、きみと一緒に」
俺に微笑みかける少年。
「ああ、もちろんだ」
二人の夢は見つかったな。そう俺は、ない顔で笑った。
俺たちの運命はこうして動き出した。
動き出す運命をよそに、異世界の夜は更けていった。
Fin.
*
入れ忘れた一幕。
「ところで、君のことなんて呼べばいいかな」
「……そういえば、名前無かったな」
「じゃあ、師匠ってのはどう?」
「それはやめとけ。それだと今期アニメ放送中の類似作品と被っちゃうから」
「えー……じゃあもう『棒さん』でいい?」
「面倒だからもうそれでいいよ。こほん。改めてよろしくな、アリア」
「うん。よろしく、棒さん!」
めでたしめでたし。
*
初出:2022/10/9 小説家になろう・pixiv・ノベルアッププラス「雑多掌編集」・アルファポリス「雑多掌編集v2」・カクヨム「雑多掌編集γ」
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