好きなひとがおむつっ子だった話

「……好きです、付き合ってください」

 木曜日。私の一世一代の告白だった。

 放課後、教室。好きなひとに告げたストレートな言葉。

 その答えも、実にシンプルだった。

「いいわよ」

 黒髪を長く伸ばした彼女は、素っ気なく口にした。

 私は心の中でガッツポーズをした。

 ――けれど、難しそうな顔をした彼女の答えが、その一言で終わるはずがなかった。

「わたしの、この秘密を受け入れてくれるなら、ね」

「秘密?」

 彼女は私を引っ張って。

 押し込まれたのは、女子トイレの個室。

「あなたが女の子でよかった。男には絶対に明かせないわ、こんなこと……」

「だから、秘密って――」

 驚きに喚く私の口は、彼女の人差し指にふさがれた。

「このことは、秘密にして」

 妖艶に顔を赤らめて、私の胸をひどく高鳴らせる彼女。そして、狭い個室の中、二人の鼓動が響きあう中、彼女は制服のスカートの下にはいたスパッツを脱ぎ始めた。

 な、なにを……。

 目を逸らそうとした私に、彼女は囁いた。


「……見て、わたしのひみつ」


 そして、私の手を引っ張って――触れたのは、柔らかく温かい感触。

 わかるはずのない温もり。延ばした方向的にきっと下腹部、けど、私のよく知る下着じゃない。

「きっと、見ないとわかんないから、ちゃんと見て」

 彼女の拗ねた声。ぼくはドキドキしながら、仕向けた目を彼女の下腹に向け――目を疑った。

 スカートが脱ぎ落されているのはもうこの際、気にすることじゃなかった。それよりも私が触れていた「下着」の正体だ。

 白く、もこもことしたもの。綿ともシルクとも違う、そもそも普通のショーツの形ですらない、彼女のへそまでもを覆う下着。

 ――クロッチの部分が黄色く垂れ下がっていた、紙おむつ。

「……もしかして漏れてたかしら」

 口にした彼女は、普段の凛々しい姿に比べて、非常に弱々しく見えた。

 私は理解した。彼女の「秘密」を。


 この少女、クラスメイトで学級委員長の姫宮 りんごさんは、まだおむつが外れていないらしい。


 凛としてかっこいい彼女の恥ずかしい秘密。あんなにかっこよかった彼女の、可愛らしく赤らめた顔。

 触れたその一面に、私は、ひどく興奮して。

「……すき、です」

 ぽつぽつと響く水音。足を伝うのは、己の出したもの。

 ああ、委員長も同じ失敗をしちゃうんだ。

 目を皿にした彼女。

「あっ、あっ……」

 声が出る。

「ちょ、あなた――水瀬さん!?」

 慌てたような声に、私はあの日のことを、目の前のあの人のことを好きになった日のことを思い出した。


    *


 あの日、入学式の日。

 私はおもらしした。

 緊張で我慢できずに……なんて。小学生ならともかく、高校生で許されるわけがない。

 周りのみんなはそこまで子供じゃない。泣いた私に突き付けられるのは、痛い視線。

 そんなとき、彼女は手を差し伸べた。


「大丈夫?」


 私の手を握って、たじろぐ教師に代わって指示を出す彼女。

 今まで見た誰よりもかっこよくて。

 私は、そのとき恋をした。


    *


「――はっ」

 目が覚める。

 知らない天井。

 そしてそばには――姫宮さん。

「あら、目が覚めた? 大丈夫?」

 心配そうに私の顔を覗き込む彼女。

「あ、はい!」

 私はベッドの上で起き上がり、精一杯元気を出して答えた。

「なら大丈夫ね」

 そう言ってドアを開けようとする彼女に「待って!」と叫ぶ。

「……なに?」

「っ……そ、の……さっきのは、ほんとなんですか?」

「さっきのって?」

 その一言を告げるのに一瞬だけ逡巡する。けれど、私は言わずにはいられなかった。

「……お……おむつ、のこと」

 夢だったらどうしよう。

 もしかしたら、さっき見た彼女の秘密そのものが夢で――。

 現実の彼女はそんな失敗なんてするはずがない。そう思いたかっただけかもしれない。

 けれど、目の前の、現実の彼女は。


 明らかに「その単語」に反応して、顔を赤くしていた。


「……そういえば、見せたのよね」

 見せた。私は確実に、見せられた。

 あの芳しい臭いも、垂れ下がったレモンイエローも、全部私の夢じゃなくて。

 現実だったんだ。

「ごめんなさい、あの事は忘れて」

「いいえ、忘れられません」

 残念ながら、私の脳裏には強く刻まれてしまった。いまも凛としておしとやかな彼女の、恥ずかしい秘密。

「……ならお願い、誰にも言わないで……」

 普段は見せない彼女の泣きそうな顔。紅潮した頬に、流れ出す涙。

 私は彼女に駆け寄り、肩を抱いた。

「わかった、言わないです。……代わりに、私だけのものになってください、姫宮さん」

「なんでもする……なんでもしますからぁ……」

 ボロボロとこぼれた涙。

 ああ、なんて可愛らしいんだろう。

 内なる嗜虐心が、まぶたをさすり、目を覚ます。

「わかったです、りんごちゃん」

 彼女の名前を呼ぶと、呼ばれた少女は私の胸に埋めていた顔を上げて、蚊の鳴くような声で「なに?」と言った。

「私は、りんごちゃんが大好きです。おもらしっ子でおむつっ子でも、むしろそれがかわいくて好きです」

「……ほんと?」

 赤ん坊のようにぐずっているようで、しかしどこか恍惚としたような顔で、彼女は私を見つめる。

 そんな彼女が愛おしくて。

「うん。ほんと。……だから」

 私はより一層、彼女を強く抱いた。

「だから、私の愛を受け入れてください。どんなあなたでも愛しますから……こんな私を、愛してください」

 ぴちょぴちょと水音が響く。

 ……また出ちゃった。

 けど、私たちを包む匂いは、私のだけじゃなくて。

 りんごちゃんも、漏れちゃったみたい。

 二人の太ももを伝う液体は、ひとつの小さな湖を作り出す。

 その中心で、彼女は問いに答えた。無言で、唇を差し出して。

 香水ですら敵わないほど甘い香りが、私たちを包み込んだ。


 長い、一度だけの、拙いキスだった。

 

    *


「……水瀬さん、おしっこ大丈夫?」

 夏の気配が近づく昼休み。

 聞いてきたのは、姫宮 りんごちゃん。私の彼女。

 みんなに優しくて、凛としておしとやかな、カッコいい学級委員長。

 けど、その秘密は私だけが知っている。

「りんごちゃんこそ、どうなの?」

 私の軽い言葉に、しかし呼ばれた彼女はかあっと顔を赤くして。

「いじわる。わかんないの、知ってるくせに」

 むっと頬を膨らませた。


 あの女子トイレ。

「じゃあ、脱いで」

「うん」

 スパッツを脱ぐと、微かに独特などこか甘いような匂い。

 ……私も、すっかり我慢できなくなっちゃったなぁ。

 彼女とお揃いの、たっぷり吸水した下着を触りながらそんなことを思った。

 おむつの横を破ると、甘い匂いが二人を包む。

「早く替えなさいな」

「やだ、替えて」

「もう、しょうがないわね」

 新しいおむつはりんごちゃんに手渡して、はかせてもらうことにした。

 右足、左足。片足ずつ上げて、腰まで引き上げてもらって。

「……これだとお世話というか介護みたいね」

 りんごちゃんは苦笑した。呆れるようにくすくすと。

「いいの! ……りんごちゃんと一緒にいれるなら」

 答えるように私も笑った。幸せそうに声を上げ。

「じゃあ、りんごちゃんも替えようねー」

「私はひとりで替えられるわよ?」

「そういってこの前おむつ替え中におしっこしちゃったのは誰ですかー?」

「もう、いじわる」

 かわいく頬を膨らませる彼女。

 私だけに見せる顔に、胸が温まった。


 そういえば、私が告白したあの日は、おむつの日と語呂合わせがついていたらしい。

 もしかしたら、このおむつが縁をつないでくれたのかもしれない。

 恋は止まらない。好きの気持ちが、膨らんでいく。おしっこを吸いこむおむつのように。

 彼女のおむつを脱がせると、むわっと少し甘酸っぱい香りが鼻をついた。

 頬を染めた彼女に、私はたまらずキスをした。

 驚いたように、むずがゆいように、彼女は目を細める。

 鼻腔をくすぐる二人の香り。心音のハーモニー。

 静かな時間に私は照れ臭くなって、唇を離した。


 不意にチャイムが鳴った。

「サボっちゃう?」

 私の言葉にりんごちゃんは、学級委員長らしくない悪戯っぽい微笑みで答えた。

「……どうしようかな」


 Fin.


    *


 初出:2022/06/02 小説家になろう・pixiv・ノベルアッププラス「雑多掌編集」・アルファポリス「雑多掌編集v2」

(pixivFANBOXにて先行公開)

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