2020年
いもうとらぶっ! ~うちの妹がとんでもなくかわいい件について~
「ただいま、お姉ちゃ……」
「おかえりィィィィィッ! あっ、ああ、ちょっ、制服姿のらいらもかわいいィィィィィ」
「お姉ちゃんキモい」
「ごぶるぁッッ!」
というわけで、私はいま玄関で吐血しながら宙を舞っている。
なにもかも、この妹、らいらが可愛いからだ。罪深き天使…………ッ!
なんにしても、この妹がとにかく可愛すぎるのだ。
二つ結びにした栗色のさらさらした髪、端正でしかしあどけなさも残る可愛らしさ満開の顔、くりくりの黒い瞳は血塗れで倒れる私を半眼で睨み付け……
「……わたしをなめ回すように見ないでよ。すごくキモい」
……その口から放たれた言葉は、たとえ罵倒であってもわたしを癒すのであるッ!
「おかげで完全回復した」
「なんでさ」
冷静にツッコミを入れるらいら。そんなところすら可愛い。愛らしい。いとおしい。
「とりあえず、着替えてくる」
「うん。着替えてきな」
そうして部屋にいくらいらの後をつけようとすると。
「……着替え覗かないでよ」
釘を刺されたけど可愛いのでオールオーケーッ!
というわけで。
「はーテレビのねこちゃんかわいいでもらいらの方がもっとかわいいやばいいいにおいするはすはすくんかくんかぺろぺろ」
「お姉ちゃん邪魔。うるさい。キモい。どっか行って」
「ごめんゆるして」
べたべたくっついてたら怒られた。相変わらず猫みたいな娘だ。そこがいいんだけど。
「ていうか、お姉ちゃんなんで学校行かないの」
ぎくり。ピッチピチの17才なのに学校行ってないことが、女子中学生からはそんなに不思議に見えるのか……!?
こほん。わたしは咳払いして深呼吸してから弁明した。
「わたしは自宅警備という崇高な使命を帯びて」
「いじめが怖かったんだよね。知ってたよそのくらい」
ぎくぎくり。というか知ってて聞いたの……。いや、前に聞かせてたような。
わたしは溜め息をついて聞いてみる。
「もしかして、幻滅しちゃった?」
すると、らいらはクスクスと笑いながら答えた。
「そんなわけないでしょ。まったく……お姉ちゃんはいつもいつも……」
そうだよね。らいらはなんだかんだ、わたしのことを受け入れてくれる。
「そんならいらが大好きッ!」
「あ、幻滅したわ」
「ガーン!」
らいらは少し笑いながらわたしの言葉に返す。
それを受けて、わたしは大袈裟に落ち込んで見せた。
実はもはやお決まりの流れだったりもする。でも、そんなことすらも最高に楽しい。
やっぱり、この子は最高の妹なのだ。
そんなとき、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はーい」
わたしが応答する。ニートでもそのくらいは出来るもん。
「どちら様ですか」
うちにはインターフォンなんてものはないので、玄関の扉越しに呼び掛ける。
その扉の覗き穴の先には……イケメン。白髪で綺麗な顔立ちの。
「井沢らいらちゃんのクラスメイトですが」
ああ、そう。ちょっと察したわ。でも、確認のために一応聞いておく。
「それで、何の用ですか」
「お、教えられません」
顔を赤くして答えるイケメンくん。ふーん、やっぱりね。でも。
「ごめんね、入れるわけには」
「ならば力ずくで入るまで!」
「きゃあ!」
油断して扉を開けられた! というか鍵は……らいらが帰ってきたときに締め忘れてたらしい。
「どうしたのお姉ちゃん!」
「すまない、男に侵入を許してしまった」
「らいらさん!」
妹の名前を呼ぶ、顔だけはいい不届き者。
「あなた、だれ?」
「覚えてもいないんですか!? 僕ですよ! クラスメイトの」
「知らない……」
らいらは本気で怖がっているらしく、がたがたと震えている。
しかし、そんなことに気付かず、男は続ける。
「僕は、ずっとあなたのことを見てきました。雨の日も、風の日も、ずっと」
「ストーカーじゃない」
「黙れ!」
わたしの指摘に彼は叫ぶ。そして、一方的に言葉を告げた。
「僕と、付き合って……」
「も、もちろん、お断りします」
震えながらも屹然と告げるらいらに、男はなおも攻め寄る。
「どうしてですか!? 僕は、こんなにも貴女を愛しているというのに!」
「どんなによ! さっきから聞いててすっごく気持ち悪い!」
うんうん。らいらの言う通り。一方的に愛していると言うだけで、相手のことなんて一切考えてないみたい。本当に、気色悪い。
これで流石に諦めるかと思いきや、彼は笑い出した。
ついにとち狂ったかな。いや、狂ってるのは最初からか。
とにかく、彼は狂ったかのように口角を上げた。
「ははははは! こんなに言って駄目だったら……いっそ、肉体関係を結んでしまえばいいッ!」
そう言ってらいらに襲い掛かるクズ男。
わたしは、咄嗟に男の背後から回し蹴りを入れた。
そのまま、ジャージのズボンに忍ばせたすりこぎ棒を取り出す。
「なんですか? あなた、らいらちゃんと僕の恋路を邪魔するつもりですか?」
「らいらが嫌がっているでしょうが! そんなの恋とは言わないわ! 愛の押し付けよ!」
「そうですか。なら、あなたを排除するまで!」
そう言ってこのクズは黒い棒のようなものを取り出す。
上に二本の短い金属棒が飛び出しているそれは……紛れもなく、ドラマでたまに見かけるスタンガンそのものだった。
……え? ウソ。
女の子相手にそんな武器使ってくるなんて反則よ反則。って、聞いてないか。
スタンガンを腰だめにそのままわたしの方に走る男。
スタンガンでちょっとびびったけど……口ほどにもなさそうね。
わたしは、少し口角を上げ……棒を構えた。そして。
「構えが…………甘いッ!」
棒を振るうと、男の手に直撃。黒いものが宙を舞い……キャッチ。
戸惑う男に、それの金属部分を当てて……スイッチを入れた。
「あばばばばばばばばばば」
痙攣するクズに、わたしは叫んだのである。
「今度妹に手を出したら、こんなもんじゃすまないわよ! わかったなら二度とここに来るな!」
「は、はい……」
そうして危機は去った。
「らいら、大丈夫?」
「うん、お姉ちゃんこそ……」
「わたしは全然平気! らいらが無事ならオールオーケーだよっ!」
笑顔で言ってみると、らいらは顔を赤くして言う。
「お、お姉ちゃん……助けてくれて……ありがと」
「ふふん! 妹を守るのはお姉ちゃんの義務だからね!」
したり顔で、当たり前のことをカッコつけて言ってみる。
らいらが珍しくその顔をほころばせて……はっとしてまた顔を赤くして振り向いて自室へと向かう。
そんな様子もめちゃくちゃ可愛い。最高に可愛い。抱き締めてしまいたい。
しかし、同時に、その笑顔を守れたという達成感と充実感が溢れるのだ。
「らいら……大好き」
一言だけ呟き、わたしは自分の部屋に戻ったのであった。
*
一方ここは、私ことらいらの自室である。
「はぁぁぁぁぁ。お姉ちゃん可愛かったぁぁぁぁぁ」
呟きながら、ベッドの前の壁に取り付けられたカーテンを開けた。
そこには……窓ではなく、壁いっぱいに貼り付けられたお姉ちゃんの写真。
小学生時代のお姉ちゃんから、中学生の制服を着たお姉ちゃん、さらには高校生になって授業に勤しむお姉ちゃん、引きこもるようになってからカッコつけと暇潰しを兼ねて独学で始めた殺陣の練習をするお姉ちゃん、私の写真でひとりえっちするお姉ちゃんまでぜーんぶ取り揃えてある。
家中にこっそり仕込んだ隠しカメラでお姉ちゃんのことを撮影して楽しむのが私の趣味だなんて、とてもじゃないけど言えない。
正直、これが私の最高の癒しなのである。
ボサボサのようで実は艶のある亜麻色の髪、けだるけな印象の黒い瞳に、ものすごいワガママボディ。平均的な体型の私とは大違い。
そして、何よりも私にしつこいほどくっついてくるのがなんとも可愛いッ!
外見の印象とは裏腹に、私にはよくなついた猫のようにくっついてくる。もうそのギャップが最高に可愛いの!
いつも恥ずかしくて、照れ隠しで酷いこと言っちゃうけど……それでちょっとしょぼんとするお姉ちゃんもまた可愛いんだよね!
それにしても、今日のお姉ちゃんはカッコよかったなぁ。
私を守るために、普段カッコつけで練習してた殺陣の技術なんて使って……。
極めつけは、お礼を言った後のあの言葉!
『妹を守るのはお姉ちゃんの義務だからね!』
か、カッコよすぎるよ……お姉ちゃん……。
なにはともあれ、とにかく言いたいのはひとつだけ。
「お姉ちゃん……好き……大好きぃ……」
本人の前では絶対に言えないけどね。
*
初出:2020/02/17 ノベルアッププラス
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