第4話 甘胡とレイモンド 後編

「ただいまー」

 まるで夜逃げのように慌ただしく荷造りをしてる。

「なにしてるん?」

 この家の荷物……?

 

「おっとー?」

「おっかー?」

「選別しないと間に合わないから甘胡も手伝いなさい」

 小さな頃おっかーから貰った私の宝物の綺麗な石。

「なんの選別?」

 よーく見たら皆私の荷物じゃないの?

「おっとーどういう事?」

「昨日レイモンドさんの使いの人がやってきた」

 おっとーは静かに話をしてくれた。

 レイモンドさんから私を生涯の伴侶に貰いたいという申し出。

 ご両親を心配されているから一緒にいかないかという申し出。

 それはとても有り難かったということ。

「なら……」


「甘胡、おっとーはおっかーと話し合った」

「世界と言うところは広いのだろうな……」

「そりゃーもう、だから……」

「甘胡」

 おっとーは私の台詞に被せるように少し語気を強めて言った。

「私達は、慣れ親しんだこの場所から動けない。夢よりもう安定をみてしまうのだよ」

「なら私も」


「甘胡!親が大切な子供の枷になどなるものではないよ」

 おっかーはおっとーの言葉をただ黙って聞いていた。

「行きなさい!お前の羽はまだまだ飛べるのだろう?出戻りのお前がまた幸せを手にするなど、私は二度とないと思っていたんだよ。幸せを願わぬ親などいるものか」

「私達も悩んだわ。行ってあげたいとも思ったわ。でも言葉もわからない場所で暮らす勇気はもう無かったの」


「だっ、……」



「甘胡、お前の長所は振り返らない事だろう。もし夢がかなってまた会えることがあるのなら、その時はお前の作った、そのケーキとやらを食べさせておくれ……」


「これ、おっかー、持っていっていい?」

 綺麗な石を手に私はただ涙が流れるのを止めなかった。

「最後に私が二人に何か作ってあげたい。なにが食べたい?」

 二人は顔を見合せ、にこりと微笑むと……最後のリクエストをした。

 

 

「幸せになる食べ物がいいわ」


 

「わかった……天ちゃんと隼人さんと考えて二人を招待してあげる」

 私はそのまま天ちゃんの知恵をかりることにした。


 天ちゃんはうちの調理場より絶対レイモンドのところがいいという。

 レイモンドが気にして来てくれたのをきっかけに船の調理場を借りることにした。


 隼人がおっとーとおっかーを浦賀沖の船まで連れてきてくれることになったから、私と天ちゃんは先に馬車で船まで行った。勿論馬車を出してくれたのはレイモンドだ。


「でっけーなぁー」

 素直な感想なんだろう。

「こちらへどうぞ」

「ここは?」

「食堂ですよ」

 二人はこれから娘を出す場所をしげしげと見つめた。


 からからからーん、音がした。

「どうしましたか?ハニー?」

「ハニー、ハニー」

「え?なに?レイモンド、大丈夫よ。ちょっとお盆落としただけ」

「ほんとーに?」

「心配しすぎ!まったくもー」

 ほっとした顔をする。こんなに心配してくれる人がいるなんて甘胡はなんて幸せなのだろう。

「レイモンド氏は心配性なのか?」

 隼人がそういうと彼は苦笑して言った。

「結婚したいと思う人ができたのが初めてなもので……なんか上手く出来なくて、心配しすぎだと怒られています」


 

「でっきたー。ちょっとすごくない?可愛いわ」

「最高や!ふわっふわ、これぞ幸せの味やな」


「ザ、女子って感じだな。二人とも男勝りの性格なのにな」

 外野はクスクス笑うしかない。


 甘胡は天ちゃんに一緒に運んで貰い、そのふわふわをダイニングテーブルに運んだ。


 そこに現れたのは、天使の食べ物かと思うような綺麗なパンケーキだった。8センチはあろうかという小さな円形のパンケーキ、白いクリームがポッテリと乗り赤いソースがトロトロとかかっている。


「赤い汁はソースっていうのよ。おっかー食べてみて」


 一口いれる。ふわふわで甘くて優しい味。


「甘胡、これ凄く美味しいよ……こんな凄いもの作れる様になったんだねー。あの世への土産話になったよ」

「おっかー変な事言わんといて!」

「レイモンドさん……」

 おっかーはレイモンド氏に向かいあいゆっくり意思のある目をむけた。

「はい」

「こん娘は出戻りです。世間じゃ傷物っていいます」


「お母さん……」

 

「ですが、我が娘はどこに出しても恥ずかしくない優しい良い娘です。私が保証します。よう働きます」

「私は彼女の真っ直ぐな目に惚れたのです。世間の目なんか興味はありません。必ず幸せにしてみせます」

 おっかーの前にグイッと体を割り込ませたおっとーが頭をさげた。そして今一度真っ向から見つめかえす。

「勘違いされたら困ります。レイモンドさん、私達は娘を幸せにして貰う為にそちらに差し上げるのではない」

「お父さん……」

「私の娘をなめて貰ったら困ります!うちの娘は一人でも十分幸せになれる力があります。むしろレイモンドさん、貴方を幸せにするために娘は共に海をわたるんだ!

 あなたは私達に約束できるのか!あなたは幸せになれるのか……」

「おっとー、やめて……」

「おじさん……」


「二人共黙ってろ」

 隼人が制止する。


 外は雨が振り出し窓に流れ落ちる雫はまるでカーテンのようだ。さっきまでのあたたかな日差しは一変して薄ら寒さすら漂う外気温だ。

「ご心配ありがとうございます。ですが私達は必ず幸せになります。ですから笑って送り出して下さい」


 皆で食べた、ふわふわの幸せになるパンケーキの味を、私は生涯忘れない。



 この日、甘胡の作った幸せのパンケーキは

 恋人同士の縁結びのパンケーキとして、一膳飯や【天天】で密かな話題になった。


 

 この7日後の夕方、浦賀沖から甘胡を乗せた船は遥か彼方を目指し、出港した。


「隼人――今  ボ――――――――って船が出る音が聞こえた気がしたんよ」

「そうか。幸せの音がしたんだな」

「行っておいで!カンチャン」


 


 

 

 

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