第1話 期待

 小柄だが活発で人懐こい性格の赤羽雁斗あかばねがんとは地元公立中学校へ通う2年生。いつもと同じように授業終了のチャイムが鳴り、帰り支度を始めるが、雁斗の顔はいつもより活き活きとしたものだった。

 期待を宿した眼差しで急ぎ早に下駄箱で靴を履き替えていると仲良しの幼馴染、蒼井照司あおいしょうじがやってきた。


「よう雁斗!一緒に帰ろうぜ!」


 近所に住む照司は小学生からの友達で、公園で遊ぶのもゲームをするのもいつも一緒だった。特に共通するのは、おもちゃの銃が昔から好きで輪ゴム鉄砲や水鉄砲で打ち合いをするのが二人にとってこの上ない遊びだった。中学の入学祝いで手に入れたゲーム機でFPSゲームを始めると、夢中で競い合ったものだ。その腕前は今や二人とも強豪プレイヤーからも一目置かれる程である。


「照司くん!うん、一緒に帰ろう。」


 照司はあからさまに上機嫌な雁斗を見て、つい自分も気持ちが高揚する。


「なんか今日はやけに嬉しそうじゃないか?」


「へへーん!ついに!ついに今日で貯金が貯まるんだよ!中学に入ってからずっと買い食いも我慢して貯め続けた小遣いが今日で目標額に達するんだ!」


「お、ってことはついにあれを買うのか!?」


「そう、待ちに待った念願のX4A1電動アサルトライフル! 14歳になったし、憧れのハイパワーガンがとうとう今日買えるんだよぉぉ!!」


「それは楽しみだな!俺のスナイパーライフルも遊び相手がいなくて寂しい思いしてるよ。」


「ちぇ、お前はいいよな。俺より先に年食ってさ。しかも親に買ってもらえるなんてどんだけ甘やかされてんだよ。」


「まぁそんなにうらやましがるなって。俺は俺でうるさい親の小言を聞きながらいい子にしてるんだぜ。で、今日買いに行くのか?」


「うん、家に帰って母さんに今月分の小遣いをもらったらね。」


 雁斗の言う通り、必死だった。中学生になって少し増額してもらった月々の小遣いを、あらゆる誘惑に耐え貯め続けた。それもこれも、全ては欲しかったトイガンのために。小学生時代から照司と共にトイショップへ足を運んでは年齢制限もあってお金だけでは買えないその商品を羨望の眼差しで見つめ、いつかこれを自分の物にするのだと心に誓っていた。

 照司がお目当てのトイガンを先月の誕生日に親からプレゼントされたと聞いた時には、羨ましさも去ることながら余計に楽しみが増した。

 照司も待ち遠しかった。


「じゃ、その後遊ぶか!?俺のライフルも持ってくから公園で待ち合わせようぜ!」


「うん! そうしよう!」


 照司と別れ、駆け足で家に戻る雁斗。

 足取りは軽い。






「ただいまー!」


 雁斗が勇んで自宅へ戻ると母の優美ゆみが出迎える。


「おかえり雁斗。何をそんなに慌ててるの。」


「かあさん!小遣い!」


「はいはい、用意してあるわよ。そんなに急がなくても。まずは着替えてきなさい。」


「はーい。へへへっ。」


 急ぎ二階の自室へ着替えに向かう雁斗。服のボタンも締め終える前に階段を駆け下りてくる。そこへ姉の弓香ゆみかが帰ってきた。


 姉の弓香は年子の中学3年生。雁斗とは違う中高一貫の女学園に通う。弓道部在籍。頭脳明晰、容姿端麗。心身ともに優美ゆうびな女学生である。


「ただいまー。」


 玄関先で雁斗と鉢合わせる。


「うわ、アンタちゃんとズボンはきなさいよ。部活で疲れて帰ってきて最初に見るのがアンタのパンツだなんて…、目が腐るわ。」


「へん、ねーちゃんだってその袴だか知らねーけど、はだけてブラが見えてるぜ!」


「え!ちょっとやだ!見てんじゃないわよ!」


「ふん、こっちの目が腐るわい!」


 姉弟仲は良い。出来の良い姉弟を持つ片方が嫉妬心を抱くことも理だが、雁斗にとっては好意がそれを上回る。一見したところ冷たそうにも思える弓香の物言いにはどことなく愛情が滲んでいるのである。ふざけあった言い合いも、どこか心地良い。

 母親も出迎えた。


「おかえり弓香。今日は早いわね。」


「授業は午前で終わったからね。ほとんど部活。はー、疲れた…。」


 そんな姉と母のやり取りには耳を貸さずリビングのテーブルの上に用意された小遣いの封筒を手にすると、竜巻の如く二人の間をすり抜け玄関に向かう。


「じゃ遊びに行ってくる! 小遣いサンキュー!」


 颯爽と家を飛び出す雁斗。溌溂としたその後姿を見やり弓香が言う。


「どしたの雁斗。やけに嬉しそうだけど。」


「あれでしょ。ずっと欲しがってたオモチャを買いに行くんじゃない?無駄遣いせずせっせと貯めてたもんね。」


「あー、おもちゃのピストルね。私にはぜーんぜん興味ないけど。まだそんなオモチャが好きなのね。」


「父さんに似たのね、きっと。」






 雁斗は胸を弾ませてトイショップの扉を開けた。モデルガンの品揃えは域内でもトップクラスの有名店だ。ここへは何度も足を運んできたが、陳列されている様々なモデルガンを眺めて心踊らせてはみても、ショーケースの前に立ち鏡花水月の如く憧れの目を向けるのが関の山だった。


 しかし今日は違う。


 値札に貼られたその数字は今、この手にしっかりと握りしめられている。


「すみません、これください!」


 バンダナにサングラス。ガタイの良い上半身に着る黒いTシャツは子供用に見え、太い迷彩柄のワークパンツを身に着けるその風貌は、この場に見事フィットするまさに傭兵のような店員がレジで応対した。


「はいよ、毎度!あれ?君、いつもモデルガンを見に来ていた子だね?欲しそうにしては毎回寂しそうに去っていくんだもんな、忘れられないよ。ついに買える日が来たんだね。おめでとう。これは店からのプレゼントだ。」


 そう言って店員は品物と共にBB弾と充電済みのバッテリーを袋に入れる。


「えー!ありがとうございます!!!」


 満面の笑みを浮かべる雁斗。

 風貌からは想像のつかない爽やかな口調で店員が続ける。


「玩具とはいえ、ガンには手入れが必要だ。何かあればいつでもウチに来るといい。待ってるよ。」


「はい!そうします!」


 これまでと違う颯爽とした後ろ姿を残して立ち去る雁斗を温かく見つめる店員。


 照司と遊ぶために公園へ向けて歩き出した雁斗はふと思う。


「あれ?俺、これを買うためにお金を貯めたけど、それだけだとBB弾もバッテリーも買えなかったんだ…。くぅー!あの店員さん神様かよ!!」


 足取りは一層軽くなった。




 第1話 了


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