第9話:奥様とリーンカネタル国

※セクハラ発言がありますが、物語の中だと笑って流してください。




「どこの馬の骨だか知らないけど、サイラス様をだまして結婚した醜女しこめがこの会場に来るのよね」

 まだ王族が入場していないパーティーに、そんな声が響き渡った。

 しつこくサイラスに付き纏っていたパラボンナ公爵令嬢である。


 パラボンナ公爵令嬢。

 フルネームは、アナーリア・パラボンナという。

 公爵という身分を鼻にかけた、駄目な方の典型的な貴族である。

 ゴテゴテと飾り付けられた髪に、素顔が想像出来ない程の厚化粧。

 初夜では別人がベッドに居ても判らないと、男性陣に影で馬鹿にされている事を本人は知らない。


「あの胸も下からかなり詰め物で持ち上げてるらしいぞ」

「実際はあの半分だと」

「公爵家のメイドの中では、いかにかで給料が変わるらしいな」

 下品な話題だが、男性しか入れないサロン等での会話なので、女性陣の耳には入らない。

 そしてそんなパラボンナ公爵令嬢に執着されているサイラスは、皆からかなり同情されていた。



「サイラス・アーネスト・フィーズ・リーンカネタル様」

 サイラスの名が呼ばれる。扉の裏側でリリーアンヌが「なっが」と呟いて、サイラスに苦笑されている。

「リリーアンヌ・ド・ローセント・リーンカネタル様」

 リリーアンヌが自分の名前の長さにも驚き、横のサイラスを見上げた。


 王子妃教育どころか、この国の制度もまだ全然習っていないリリーアンヌは知らなかったが、この国の王族の妻には、婚姻前の名前に国名が付く決まりだ。

 生まれた子供には、母方の実家の名前が付くので、側妃などがいた場合に誰の子供かすぐに判る仕組みだ。

 因みに今の王に、側妃は居ない。

 王子の名前には『フィーズ・リーンカネタル』が全員付いていた。



 扉が開き、サイラスとリリーアンヌが会場へ入る。

 大きな拍手で迎えられ、リリーアンヌが綺麗なカーテシーをしてから顔を上げると、拍手がピタリと鳴り止んだ。

「え?嫌がらせ?」

 ボソリとリリーアンヌが呟くと、サイラスが「逆だと思う」と呟き返す。


 儚げな雰囲気が薄れ、人妻の色香が加わったリリーアンヌの美しさに、会場中が見惚れたのだった。

 前評判が『醜女』だったから、尚更驚いたのだろう。


 納得のいかないリリーアンヌを促して、サイラスは後へと道を開ける。

 王太子夫妻、国王夫妻と続き、本日の主役である第二王子夫妻が入場した。

 国王の挨拶、第二王子夫妻の紹介と王子の挨拶、第三王子夫妻の紹介と王子の挨拶、そして乾杯へとパーティーは進んだ。




「貴方のアナーリア・パラボンナ・リーンカネタルですわ、サイラス様」

 他の貴族と挨拶をしているのにも関わらず、声を掛けてきたパラボンナ公爵令嬢。

 振り向いてその姿を確認したリリーアンヌは、いつもの淑女の仮面をつい外してしまい、あからさまに顔をしかめてしまった。


「サイラス、趣味悪っ」

 結婚前に付き合っていた恋人だと思ったリリーアンヌは、パラボンナ公爵令嬢を上から下まで遠慮なく観察する。

 そして出て来た感想がソレだった。

「ちょ、リリー?勘弁してよ。パラボンナ公爵令嬢、なぜ貴女がリーンカネタルを名乗る?父の側妃にでもなったのか?」

 サイラスの言葉に、パラボンナ公爵令嬢はイヤイヤと首を振る。


 リリーアンヌがやったら可愛いかもしれないが、厚化粧の派手な女がやってもみっともないだけだった。

 しかも胸を強調したかったのか、脇を締めて体を捻ったから、無理矢理盛ったちちがズレた。


「あの、男性から指摘されたら可哀想だから言いますけど、無理矢理持ち上げたお胸がズレて、乳輪が見えてますよ。そこに乳首があるって事は、ドレスのお胸の先にあるのは詰め物?どんだけ貧乳!?」

 男性に指摘された方がマシだったかもしれない。

 同じ女性だからか、それともリリーアンヌだからか、容赦が無かった。



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