高校一年 四月編

一般学生 白石優慈

 魔法なんて空想上のものだと思っていた。


 だって、そんなものが存在するはずがないだろう?


 子供の頃なら、テレビで映るようなヒーローに憧れたりもしたが、成長するにつれて現実を知り、そんなものはただの幻想なのだと思うようになった。

 自分に魔法のような力を使える能力なんてないし、ラノベでよく見る前世なんてもんは存在しない。

 なんの変哲もない、ごくごく普通の一般市民。

 それが俺だった。


 ……そう、思っていた。


 それが覆ったのは、本当につい最近。時間で言えば2年前のこと。


『ねぇ』


 満月を背に立つ絶世の美少女。

 そんな彼女は、既に事切れた馬鹿デカイ蜘蛛を踏みつけて俺を見下ろしていた。


――この時のことを、俺は忘れないだろう。


――この世には人を襲う空想の生物……『魔物』が存在していたということを。


――それに対抗する『異能』というものがあることを。


――そして……


『大丈夫?』


――月夜に立つ少女が、こんなにも綺麗だということを。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






『お…、………………の…』


『も………、…………………か』


『おい……、起…………ぞ』


「朝だと言っているだろうこの馬鹿息子!!」

「へぶっ!?」


 ひどく懐かしいようでそうでもなさそうな夢を見ていたと思ったら、誰かの声が耳元で大きく響き、かと思った直後、頭に強い衝撃が走る。

 ……ってか、馬鹿とはなんだ馬鹿とは! これでもそれなりの成績は残せているんだぞ!

 そう思いつつ、痛む頭を擦りながら目を開ければ、そこには仁王立ちしてこちらを見下ろす、御歳40代には全く見えないほど若々しい母……『茜』の姿があった。

 キリリとした目付きに、鼻筋の通った綺麗な顔をしており、俺と同じ茶色の髪を肩辺りまでのボブカットに切り揃えている。

 普通に美人どころかとんでもないくらいに美人でありながら、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでる、超モデル体型の自慢の母である。


「な、なんで母ちゃんが!?」


 俺がそう聞いてみると、母は呆れた表情を浮かべて口を開いた。


「……お前は、今が何時なのか分かって言っているのか?」

「何時かって……」


 そう言って、壁に掛けてあった時計を見る。

 その時計の針は、時針が7を、分針が6を指していた。

 つまり、7時半を表していることになる。


「7時半……こんな時間に起こしてどうしたんだよ? 今はまだ春休みだろ?」

「……はぁ、馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、お前は日付すら分からないほどの馬鹿なのか? それと、昨日の夜に明日は大事な日だから起こせと言ったのはお前だろう? カレンダーで今日の日付を見てみろ」

「大事な日……?」


 言われた通りに、部屋にある壁に掛けられたカレンダーへと視線を移す。

 すると、確かに赤いインクで何か書かれていた。

 よく見ると、それは「高校の入学式!」と書かれている。

 そこまで見て、俺は現実に追い付いた。


「入学式!?」

「やっと気づいたか馬鹿息子。ほら、とっとと着替えて朝食を食べろ。『光』は既に行ったぞ」


 そう言うなり、母はリビングの方へ向かっていった。

 俺は慌ててベッドから飛び起き、クローゼットを開け、中に入っている制服を手に取る。

 そして、急いでパジャマを脱ぎ捨て、新しいシャツを着て、ズボンを履いて、ブレザーを着た。

 最後にネクタイを結ぶ。

 これで服装は完璧。

 

 部屋を飛び出し、階段を駆け降り、リビングへと入った。

 起こしてくれた母さんはソファーに座りテレビを見ているが、父さんや妹の姿が見えないため、俺はほんとうに寝坊してしまったのだと分かってしまった。


「あ~、悪い母ちゃん。完全に寝過ごしたわ」

「ん? ああ、別にいいさ。お前が寝坊することなんて今に始まったことではないからな」

「そっか。なら良かったよ。それで? 父さん達は?」

「もう仕事に向かった。『光』が寂しがってたぞ? お前と一緒に登校できないとな」

「了解。じゃあ飯食ってくるよ」


 そう言い、椅子に座って用意されていたハムエッグトーストを口に放り込み、牛乳を一気飲みする。

 そんな時、ふと母さんが見ていたテレビから、こんなニュースが流れた。


『速報です。昨日未明に、某県華山市の住宅街にて、20代の男性と思われる遺体が複数発見されました』

「……物騒な世の中になったものだ」


 そんな母さんの呟きを聞きながら、俺も同意するように首肯した。


『遺体で発見された男性達の中には、頭部が欠損している者も存在し、警察は猟奇的殺人事件として捜査を進めています』


 ……うん。

 某県の華山市ってここじゃん。

 てか、テレビに映ってる場所ってここから結構近いところだし……。

 いやまぁ、今はそんなことは置いておこう。

 俺は今、遅刻するかしないかの瀬戸際なんだ。

 正直言って、を知ってる身からしたら、こういう物騒なことは極力起きないでほしいのだ。


「……ま、大丈夫だろ」


 そう自分に言い聞かせるように、俺は口にパンを詰め込んだ。

 急いで洗面台へと向かい、歯磨きをして、顔も洗い、玄関へと向かう。

 靴箱を開けると、そこには真新しい黒のローファーが一足入っていた。

 それを履く。サイズはピッタリだった。


 そして、鞄を持って外に出ようとすると、母さんから声をかけられる。


「おい『優慈』」

「ん?」


 引き留められて振り返ると、母さんは何とも言えないような表情を浮かべて言った。


「……いってらっしゃい」

「……おう! いってきます!!」


 それだけ言葉を交わし、俺――『白石しらいし優慈ゆうじ』は勢いよく家を出た。

 ……にしても、母さんにあんな表情をされたのは初めてかもしれない。

 何だかんだで心配してくれているのだろうか?


「……よしっ!」


 そう思いつつ、俺は中学の頃から使っていた自転車にまたがり、学校へと向かっていった。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






「……ん?」


 家を飛び出してから数分後。

 目の前には見覚えのある後ろ姿があった。

 その人物は俺が乗っている自転車の音に気づいたのか、こちらを振り返る。


「おはよう、『元三』のおっちゃん」

「よう優慈。朝っぱらから元気だねぇ」


 そこにいたのは、真っ白な髪に口髭、顎鬚を蓄えた、ダンディズム溢れる初老の男。

 この人は、ご近所さんである『元三』のおっちゃん。

 そして、この辺りでは有名な大工職人で、昔から色々と世話になっている。

 そんな元三じいさんは、とある人だかりの前で立ち往生していた。


「どうかしたの? 元三のおっちゃんは、いつもだったらここら辺は通ってないよな?」

「まぁ、ニュースでちっとばかし気になることがあってな……」


 そう言うと、元三のおっちゃんは人混みの中へと視線を向ける。

 人混みの前には、「立ち入り禁止」と書かれた規制線が張られており、その向こう側では大勢の警察が行き来している。


「何かあったのか?」

「さっきまで、そこで死体が発見されたらしくてな。それも3つほど。警察も来てるみたいだから、俺らみたいな一般人は入れてもらえなくて困ってんだよ。ったく、散歩をしようと思ってたら嫌なもん見ちまったぜ」

「へぇ、そうなんだ。でも、それってやっぱり猟奇的な事件なのか?」

「さぁ? そこまで詳しいことは知らん。ただ言えるとしたら、近頃物騒だってことだ」

「確かに……」


 そんな会話をしていると、規制線の向こう側では回りの作業服すがたの人達とは違い、茶色のコートを着た男性が一人、バインダーを手に持った現場検証の人と話をしていた。


「ありゃ、警察の中でもお偉いさんじゃねぇのか? こんな事件が起きたとはいえ、流石に捜査会議なんて早く終わらねぇだろうな」

「え? そうなのか?」

「ああ。それに、昨日の今日だ。犯人がまだ捕まってないとなれば、余計に時間がかかるかもな」

「うわ~、そりゃ最悪だよ。俺今日から学校、それも高校の入学式なんだぜ?せっかくの晴れ舞台なのに気分が下がるよ。まぁ、俺のせいじゃないけど」


 そう言いながら、俺は

 途端、自分の耳に届く音が二つ増えた。


『――調べてみたところ、燃料の類は検出されませんでした。やはり突然燃え出したとしか言えません。肉体の欠損も凶器によって引き裂かれたというにはどうにも……』

『そうか……近くにいた人は?』

『それが……目撃した人は皆、周囲のマンションに居たということしか……』

『ふ~む、奇妙すぎるな……』

「……なるほどねぇ」


 それは紛れもなく、目線の先にいる茶色コートの男性と、その横にいるバインダーを持った人のものだった。

 しかし、ように調整された音だ。おそらく、規制線のこちら側にいる皆には聞こえていないはずだ。


「どうした? 何か分かったか?」

「ああいや、何でもない。そろそろ行くわ。んじゃ」

「おう。気をつけて行ってこいよ~」


 俺は自転車を漕ぎ出し、その場を離れた。


「……」


 そして、先程の現場にチラッと視線を向ける。

 警察の人達が調査した結果、分かったのは複数の人間が何かしらの手段で火だるまになったということと、その発火元となった燃料らしきものは発見されなかったということ。

  そして、目撃した人は全員マンションに居て、そういった道具も見つからなかったということもあった。

 こっからわかるのは、「何もわからない」ってことだけ。

 だけど、あの人たちじゃわからないことだということは分かった。


 なぜなら、



――使

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