第3章 ④心揺れる30歳
楓と樹は30歳という微妙な年齢になった。といっても微妙と思っているのは楓だけだろう。2人が付き合ってから12年もの月日が流れ、楓はこの先のことなどふと考えるようになった。
そして樹にとって自分は特別なのか、どういう存在なのか、いまだに確信が持てなかった。干支をぐるっと1周もしたのにだ。樹の存在は近くなったけれど(そりゃこんなに長く付き合っていれば近くなるだろう)、それでも樹の心を未だに掴んだ気がしないのだ。それどころかますますわからないのだ。追いかけても追いかけても樹を捉えた気がしない。セロファンみたいに薄いけど、いまだに壁がある気がするのだ。
27歳のときに楓も家を出て、会社からも樹のマンションからも電車で20分程度の距離にあるマンションで一人暮らしを始めた。それから楓が樹の部屋に行くより樹が楓の部屋に来ることの方が多くなった。樹はいつも適当に楓の部屋にやってくる。仕事で遅くなった深夜とか、仕事仲間と飲んでいた帰りとかにふらりとやってきて、「疲れた」とか「楓のところに帰りたくなった」とか甘えるように言う。そして本当に疲れた様子で勝手にシャワーを浴びて、楓がドキドキしているのにキス&ハグをするとお休みとベッドにもぐりこみ、すぐ寝息を立てるときもあれば、楓のうなじに唇を押しつけてソファに倒れこむときもある。
楓はいつも受け身だ。先が読めない樹と過ごす夜にいつもドキドキときめきすべてを受け入れる。別にセックスをしなくても、キスされたり骨ばった指で髪を撫でられたり、樹の腕に顔をうずめて寝たりするだけで楓は満足だった。いつでもいつまででもときめいた。
ユーゴはりか子によほど懲りたのか、それともまだ未練があるのか、相変わらず彼女を作らず、ことあるごとに樹と楓を誘ってくる。樹が一緒のときもあれば楓だけのときもある。これも相変わらずだ。
「彼女が自分の従弟としょっちゅうデートしているって気にならない?」と樹に聞いたことがある。樹はちらりと楓を見て「気なることしてるの?」と言うので「してないけど」と答えると「じゃあ、気にならない」と笑った。
「ねえ、言っておくけど私は樹が他の女性とデートするのすごく気になるよ」
「気になることしていなくても?」
「心が狭いからね、気になる」
そうなんだと、なぜか樹は嬉しそうにまた笑った。
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