第21話

 



『っがぁ!!…レオ、ゴフッ……っ逃げろぉ!!』


『うっ……あぁぁぁぁ!!!!』


 僕は逃げた、逃げて、逃げて……自分が今、何処にいるのか分からない。


 僕は彷徨い続けた。


 ふらふら、ふらふら、ふらふら…ただ歩いた。


 例え木の根っこに足が引っかかりこけようが、目の前が植物で見えなくても…僕は逃げるように、あの場から離れるように歩き続けた。そして――



 ■



「ぐっ……はっ!…あぐっ……はぁ、はぁ」


 目が覚める。永遠と続くような、深い霧の中からようやく抜け出せた気分だった。でも、その気分もズキズキと痛い頭痛によって余韻に浸る事なくかき消された。


「っレオ、大丈夫!?」


「…かなり辛いね……」


「今、回復魔法を」


 頭痛が微かに和らぐ…


「…ありがとう、ミルア」


 頭痛を我慢しながらゆっくりと体を起こす。


「ごめんなさい…私が、私があんな事を聞いたから」


 そう言うミルアの目尻には涙が溜まっていた。それは今にもこぼれ落ちそうだ。


「…そんなことないよ。あれは僕だって予想外だった…仕方のない事だ。予想できるわけがない、それこそ未来予知をしない限りね」


「でも、私のせいでレオは苦しんだ」


「痛みには慣れてるから。ねぇミルア、そんなに自分を責めなくていいよ」


 僕はミルアをそっと抱きしめて優しく背中を撫でる。ミルアはガシッと僕に抱きついて背中の服を握った。


「……」


「むしろ僕は感謝を伝えたいくらいだからね。今まで気にした事もなかった事だから、僕が逃げたあとにどんな生活を送ってきたのか、本人の僕でも分からなった、疑問を持たなかったからね。それに気付かさせてくれたミルアには感謝してるんだよ」


「…」


「僕はさっきのに意図的な何か、人為的かもね?どちらかが絡んでると思う。ただ疑問を持っただけで気絶するほどの頭痛がするわけがないからね。

 失われた記憶と言った方がいいのかな?僕の過去の記憶がいったいなんなのか、いずれ見つけ出さないとね。ごめんね?なんかよく分かんない事を言っちゃって、上手く纏められなくて…」


 一言一句優しく告げる。


「たしかに僕は頭痛で苦しんだ。その苦しみも和らいできてる。でも、ミルアは今も苦しんでるだろ?

 その苦しみ、僕で和らげることは出来ないのかな?」


「っ!」


「言葉だけでは何も和らげられない、むしろ苛立つかもしれないけどミルアの苦しみをレオとしてではなく夫としてなんとかしてあげたい気持ちは本当なんだ。これ以上、奥さんが自分を責めて苦しむ姿は見たくないんだ」


「うっ…うぅ、レオぉぉぉ…わ、わたし…」


 ミルアの抱きしめてくる力が強まる。それと同時に我慢していた涙が一気に流れた。そして、ミルアがその小さな声で大きく慟哭を上げた。


 僕はその間、優しく、赤子をあやすようにミルアの背中を撫で続けた。




 ◆◆◆◆◆





「…すぅ、すぅ」


 寝ました。


「おやすみ、ミルア」


 僕はミルアを起こさないように最早抱きつきから拘束へと変化したミルアのロックをそっと外して先程まで僕が横になっていた場所にミルアを寝かす。そして、僕は立ち上がり軽く伸びをする。

 頭痛は既に治まっている。


「……しっかし、僕の過去に、あの後にいったい何があったのだろうか」


 あの時はまだ子供だ。戦う以前に世界のことや常識も何かとかも知らなかった…そんな状態の僕が一人で生きられるわけがない。誰かが僕を助けた可能性がある…いや、可能性が高い。だとしたら何故その時の記憶がない?

 奴隷になっていたという可能性もある、いや…その場合、今も奴隷だろう。

 何処かの組織にでも保護された?そして、記憶を消された…なんて可能性もなくはない。


 …だが、一番可能性が高いのは最初の誰かが僕を助けた、だ。


「調べなきゃいけないことがさらに増えたな」


 ミスリル冒険者の特権を使って王都アルフィリアにある図書館にでも行って調べてみようか。…でも、記憶関連の書物となると禁忌指定されてる可能性が高い。うぅむ……まぁ、この依頼が無事に終わったら行ってみるか。


「…火が消えそうだ。新たに薪を焚べないと」


 適当に細長い小枝を半分に折って焚き火に放り投げる。


「……火は嫌いだけど美しいな」


 僕にとって火はあの日を思い出させる。火が大きければ大きいほど…


 でも、焚き火の火は美しく感じる。いつまでも見ていられる。


「僕もそろそろ寝ないと明日に支障が出そうだ」


 焚き火の火をそのままに、僕は毛布を一枚取り出す。それを身に纏ってミルアのすぐそばで横になって目を閉じた。すぐさま睡魔が襲いかかってきたので抵抗することなく身を委ねた。



 ◆



 チチチチチ



「ん……くぁぁ、よく寝れた」


 久しぶりの野宿とはいえ…熟睡してしまったな。


「ミルアは…寝てるな」


 すやすや寝ており全く起きる気配がない。


「うぅーーん、ふぅ」


 伸びをするとポキパキと骨が鳴る。ついでに首を左右に曲げるとバキッと音が鳴った。


「焚き火も完全に消えてる。…荷物も大丈夫、盗られてない」


 荷物だけを盗む盗賊もいるらしいからね。ちゃんと見ておかないとね。


「うーん、焚き火も再び付ける必要はないし…ミルアが起きるまでゆっくりと、ミルアの寝顔でも見ておこう」



 それからミルアが起きるまでずっと見ていた。それをミルアが起きてから伝えたら墓夜の森までの道中、完全に無視されたのは別の話……ちゃんと怒ってました。




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