第8戦【ワンマンプレイ】
「嘘だろ!俺にSTREAMER カップの誘いだ!しかもあの萌依さんから」
スマホを持つ手が震えた。怖くなって頬を抓ってみた。しっかり痛い。どうやら夢を見ている訳ではなさそうだ。総一郎は迷惑を顧みず叫んだ。
昂った感情を制御できるほど、彼はまだ成熟していない。
「……やった!やったぞ、やった!」
ぐっと拳を握って喜びを噛みしめる。正式チームメンバーの発表は6月の末なので、しばらくこの話は筑前ズにはお預けだ。だが彼らの大きな期待を背負っていた分、良い報告ができると安堵した。
(本当に高校なんてどうでもよくなってきたな。こんなことなら配信者1本でやっていくべきだったか)
6月もいよいよ終盤に差し掛かり、梅雨に代わって夏が顔を出してきた。
一応、総一郎は律儀に高校に通ってはいるものの勉強にはまるで身が入っていなかった。それとなくクラスには馴染めてきたが、配信>高校生活なのは依然変わらない。
彼の今の頭の中は、STREAMERカップのことが漏れなく10割を占めている。
窓際の席から抜け殻のように外の景色を眺める総一郎。隣にはせっせと勉強に取り組む鉄仮面。それもそのハズ、もうすぐ期末テストの時期だ。
すると、瑞樹の席に2人の男女が駆け寄ってきた。
この2年1組を取り仕切る学級委員の2人だ。男の方は池辺、女の方は陽野という。
クラスのムードメーカー的存在であり中心人物だ。総一郎はにわかに嫌な予感がしたが、それは見事に的中した。
「瑞樹ちゃん、お願いがあるの!ウチに、ってかクラスの馬鹿たちに勉強を教えて欲しいの!」
唐突なお願いに、顔を上げた瑞樹は訳が分からないという感じで困惑していた。
だが、懇願する陽野の顔は真剣そのもの。決して揶揄っている訳ではなさそうだ。
陽野に代わって、今度は池辺が補足する。
「俺達さ、このクラスが大好きなんだよ。だから秋の文化祭は絶対に優勝して、忘れられない最高の思い出にしたいんだ。でもよ、知っての通りこのクラスの学力は最下位……って俺達が平均下げてるのが悪いんだけどな」
池辺が申し訳なさそうに照れながら頭を掻くと、更に続けた。
「あの担任のメガネが言うには、夏休みはクラスのほとんどの奴等が補習対象らしいんだ。でもよ、夏休みにどれだけ文化祭の準備に時間を注ぎ込めるかが勝利のカギだ。補習なんかに割いてる暇はない。だから交渉したんだよ、あのメガネと」
「ど、どんな交渉を……」
「クラス全員が期末テストで全教科赤点を回避すれば、全員夏休みの補習なしだ!」
池辺が自信満々で言い放つと、隣の陽野が拍手喝采した。そして食い気味で2人して瑞樹に頭を下げる。
「頼む!俺達に、皆に勉強を教えてやってくれ!全教科成績学年1位の杉本さんの力が、どうしても必要なんだ!」
そんな彼らの姿を横目に、総一郎は先ほど返却された英語と数学の小テストに視線を遣る。
(数学16点に英語が12点……。クソッ、1番大事な時に厄介なことになってきやがった)
頭を下げ続ける彼らに、瑞樹は総一郎に見せたことのない柔らかい笑顔で返事する。
「勉強を教えて欲しいと真っ直ぐぶつかってきた方を無下に突き返すような真似はできません。2人にはいつもクラスを引っ張ってもらってばかりですから、そういう事情なら今度は私が頑張る番ですね」
総一郎のいないところでトントン拍子で話が進んでいく。耳を塞ぎたい。
担任との約束では、クラスの誰かが1教科でも赤点を取ったら皆まとめて夏休み補習になってしまう。全員赤点回避の壁を突破する難易度は易くない。
陽野が四つ折りの紙を取り出して開くと、そこには5人の生徒の名前が記されていた。小テストの結果から、全教科赤点を取る恐れがある成績ワースト5だ。
「まずウチ、そしてコイツ池辺。それから前田くんに……」
陽野は読み上げながら、知らん顔をしていた総一郎の顔を指差した。
「財津くん」
「おい、ちょっと待て。俺は別に本気を出せば赤点なんか……」
総一郎はすかさず反論しようとするが、池辺にまあまあとたしなめられて丸め込まれてしまった。
「最後に1番の難関は……」
陽野の視線の先にあるのは、空いてしまった蓮花の席だった。一時的に何日か登校した後は、またしばらく不登校が続いている。だがそんなことにも動じず、池辺たちの瞳には希望が満ちていた。
「涌井さんには俺からなんとか説得してみるよ。涌井さんも含めて2年1組だ。誰か欠けることなく全員で必ず赤点回避して、最高の思い出作ろうぜ」
「はい!私も気合い入れて皆さんに教えさせていただきます!」
「ようし、じゃあ決まり!今日から毎日、放課後は瑞樹先生による勉強会ね。期末テストまで気合い入れていくわよ」
こうして本日から2週間弱、瑞樹による勉強会が発足されることになった。クラスの皆は学級委員2人の熱い気持ちに心を打たれて、勉強にかなり協力的だった。ただ1人の男を除いては。
放課後。池辺に陽野、そしてナルシスト前田、そして講師役の瑞樹の他数名の生徒が教室に居残りする雰囲気を醸し出していた。
そんな彼らの視線から逃れるべく気配を殺して忍び足で帰ろうとする総一郎だったが、努力虚しく呆気なく見つかってしまった。
「おいおい財津くん、どこに行くんだい。キミだって僕たちと同じく成績が良くない同士だろ? 才色兼備の杉本さんから勉強を教えてもらえるなんて、こんな機会滅多にないと思わないかい?」
前田に捕まってモタモタしているところに、総一郎の天敵がやってきた。
「勉強会の参加は自由です。私は、杉本さんに勉強を教えて欲しいとお願いしてくれた方にだけお教えします。ご希望なら、あなたにだって≪特別に≫教えてあげますよ?池辺くんたちに免じて」
勝ち誇ったような顔で煽る瑞樹の顔は、悪い笑みを浮かべていた。意地っ張りな総一郎が、ここまで言われて「はいお願いします」と素直に頭を下げる訳がない。元々、勉強に気乗りしていなかったが、彼女との確執が更に意欲を遠ざけた。
総一郎は瑞樹の顔の間近で静かに中指を立てて、言いたいことは全て表情に出したら無言で教室を後にする。
待てよ……? 期末テストとSTREAMERカップの日程、もろ被りじゃ……?
総一郎の背中に冷たいナニカがゾクッと走った。
彼も別にクラスの連中が嫌いな訳ではない。ただこれは自分の人生。なにを優先するかは自分が決める。総一郎は何度も言い聞かせた。
(配信者として成功するのが俺の夢だ。それを、期末テストや文化祭なんかに邪魔される訳には……)
「あ、あれ?杉本さんって財津くんとあんまり仲がよろしくない感じ?」
「ウチらの知らないところで相当根深い溝ができていたみたいね」
焦る学級委員たちの気持ちはいざ知らず、瑞樹は張り切って授業を開始した。
実際に彼女の授業は分かりやすく、授業で躓いていた点を彼らのレベルに合わせて解説してくれる。不明な点があっても、聖母のような優しさで理解できるまで何度も付き合ってくれるのだ。
この空間における彼女への需要は凄まじいものだった。
瑞樹はこの勉強会を通じて、より2年1組に打ち解けることに成功した。
今までは我関せずという感じで黙々と勉強し、極力他人とコミュニケーションを取ることを避けてきた。他人には興味がない風なオーラをバシバシと放っていた為、杉本瑞樹という人間像が誤解されやすかった。
しかし、彼女の本心はそうではなかった。
「私、今日は皆と沢山お話しできて楽しかったです。私を……私なんかを頼っていただき、本当にありがとうございます」
日が暮れて外が薄暗くなった頃、皆で校門で別れを告げる際に瑞樹が切り出した。
彼女の潤んだ瞳をクラスメイト達は見逃さなかったが、野暮なことを言う者はいなかった。
「ウチらの方こそお礼しなきゃだよ、ね!瑞樹ちゃんの教え方って凄く丁寧で分かりやすいしさ。何より、瑞樹ちゃんと仲良くできてよかった」
太陽のように眩しい笑顔ではにかむ陽野。
瑞樹が池辺たちの顔を見回すと、皆揃って満開の笑顔で親指を立てていた。
「明日からも、どうしようもない俺達を頼むぜ杉本先生」
「この前田、恥ずかしながら勉強だけは苦手でした。しかし、杉本さんに教えを乞うた今、名実ともにパーフェクトな存在に!」
「杉本さん!」
「瑞樹ちゃん!」
「ありがとう……ございます。私も、2年1組の皆が大好きです。皆で赤点回避して……文化祭で最高の思い出作りましょうね」
瑞樹の瞳から溢れ出した涙が、紅潮した頬をつたっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます