第3戦【タカビシャな女】
放課後、家電量販店に用事があったことを思い出した総一郎は、その足で向かうことにした。
この頃には数学の宿題など、すっかり忘れてしまっている。
東京は自転車で行き来できる範囲になんでも揃っている。その点は便利で非常に助かる。
しかも昨今のEスポーツブームだ。ゲーム用品の専門コーナーなんて場所が大きく用意されている。田舎に住んでいる頃は、配信機器を揃えるときは全て通販頼りだ。
実際にマウスやキーボードの手触りを確認できることが、どれだけ有難いか。
総一郎のお求めの品はマウスパッドだ。この季節、湿気を吸い取ってすぐにダメになってしまう。マウスが滑らなくなると、どうにも落ち着かない。
「……マジかよ、マウスパッドだけでこんなに多くの種類を取り揃えてるなんて。流石東京、大都会万歳」
視野角30度の視界でマウスパッドを齧りつく様に吟味する総一郎。そんな彼に、背後から声をかける女性が1人。
「へえ、ウチの生徒でアタシ以外にこんな場所興味ある奴いるんだ」
「……ッ!?」
突然声をかけられて思わず振り返ると、そこには随分と肌の露出を強調したキレイ目な格好の女性が立っていた。髪の毛はほとんど金色に近い茶色、外国人のような瞳のカラコンにピアス、おまけにピンヒールときた。
(都会の女ってのを体現したって感じだな。俺と対極にいるような奴が、何の用だっていうんだ)
怪訝な目で見つめる総一郎に彼女はズカズカと近づき、遠慮もなく制服の襟元を掴んだ。グイッと襟を引っ張って、彼女は総一郎の顔を確認しようと試みたようだが、堪らず総一郎がその手を振り払う。
「なんだよいったい、乱暴な女だな。俺は今マウスパッドの選定で忙しいんだよ、用があるならさっさと言ってくれ」
「その制服、アタシと同じ学校だからねぇ。どんなツラしてるかと思ったら、残念。アタシの記憶の片隅にも残らない造形ね。アンタ何年よ?」
「へえ、東京って凄ぇや。俺より礼儀を知らない奴っているんだな。俺は2年1組、満足か?」
「1組? なに、アタシを揶揄っているつもりなの。いくらアンタみたいな有象無象でもクラスの男子の顔くらい覚えているわよ。次はないわ、さあ本当は何組?」
その女は、眉間に皺を作ってグイッと顔を近づけてきた。女優顔負けの目力だ。あまりの迫力に気圧されて一瞬言葉を失ったが、嘘もなにも本当のことだ。
「有象無象で悪かったな。生憎、今日転校してきたんだよ。お前こそクラスにいなかったぞ、こんな悪目立ちする奴がいたら嫌でも覚えてる」
「転校って……まあ信じてあげてもいいわ。それでなに、こんな場所でマウスパッドと睨めっこしてるってことは、アンタも相当なゲーム好きってことでいいのよね?」
「突然なんだよ」
(なんだコイツ、こんな格好している癖にゲーム好きなのか?)
困惑している総一郎に、彼女は意気揚々とある提案を持ちかけるのだった。
「ねえ、あそこに実機プレイのコーナーあるでしょ? あのゲーム、最近大流行だからアンタも触ったことくらいあるわよね。アタシと勝負するの、面白いと思わない?」
彼女が指差した方向には、2台のお試し用のゲームPC。勝手に座って遊んでいいように置かれた試遊機だ。
遊べるゲームは総一郎も馴染み深いどころか、昨夜も配信で大盛況だったFPS のバトルロワイヤル。
3人1組の部隊が20組の計60人で広い島に降り立ち、現地で武器を調達して戦い合う。最後まで生き残った部隊が勝利という具合だ。
彼女が持ち掛けたのは、1試合のうち、どちらがより多くのダメージを与えることができるかという勝負だった。
「なんで俺がそんなこと……」
「え、逃げんの? 女の子に負けるのが怖いんだ」
「は? やろうぜ。その代わり負けても恨むなよ」
彼女の安い挑発にまんまと乗せられてしまった。これが配信者の性か。
2人は隣同士マウスを握り合う。気だるげに付き合っている総一郎と対極に、彼女はニコニコと口角を上げて終始楽しそうだ。
(どこの誰か知らんが、こんな楽しそうな顔されちゃあ断る訳にはいかないよなぁ。生意気だし本気で捻り潰してやってもいいんだが、ここは穏便に済ませるのが吉だ。適当に負けて機嫌よく帰ってもらおう……)
マッチングの準備中、束の間の沈黙をも破って、おもむろに彼女は語り始める。
「アタシ、ゲームが好きでさ。高校もあんまり行ってないんだよね、今日もサボリ。学校行っても面白くないから、話が合う人もいないしさ。単にゲーム好きな人なら何人か知っているんだけど、それじゃあてんでダメ。アタシより弱い男にはこれっぽっちも惹かれないのよね」
「へぇ、FPS 上手いんだ?」
「伊達に何百時間も費やしてないわ。ただ、アンタには期待してる。マウスパッドをあんなに長時間厳選してる人が弱いハズないもの」
「それは大した偏見だな。ただのマウスパッド愛好家だったらどうする」
「ダメよ、手加減なんかしてもすぐに分かるんだから」
そうこうしているうちに、部隊の降下が始まった。
ダメージを稼ぐには、なんとしてでも生き続けることが重要だ。ただ、隠れるだけではダメージが入らない。これがバトルロワイヤルの難しさ。
「ルールはダメージを出せた人がとにかく勝ち!分かりやすいでしょ?」
「あぁ、助かる。気遣わなくたって、スナイパーでもなんでも好きなの使っていいぞ?」
「そんな姑息な真似しなくたってアンタに勝つくらい訳ないわよ」
初めて組んだ割には2人の息はピッタリ。両者持ち前のFPS センスと阿吽の呼吸の連携で、向かって来る部隊を次々と薙ぎ倒していく。あっという間に残り5部隊だ。
「ねぇ、アンタいまダメージいくつよ」
「さあな、教えたら面白くないだろ。最後の楽しみにとっとけ」
プロ時代に培った司令塔としての的確な指示出し、敵を嗅ぎつける嗅覚に、競技シーンで培った戦場での勘。
総一郎はそれらを全て遺憾なく発揮し、このマッチで見事に最後の1部隊へと導いたのだった。
「やったやった!チャンピオンじゃんアタシ達」
「お前のおかげだよ。口だけじゃなくて本当に上手いんだな、さあて問題のダメージ数は……」
「アタシが7キル2600ダメージ」
「俺が6キル2300ダメージで野良の人が2キル400ダメージか。おいおい嘘だろ、俺の負けかよ」
この時、平静を装っていたが、総一郎は地団駄を踏みたい気分だっだ。手は抜いたが、かなり真剣にプレイした方だ。
まさか負けるとは思っていなかった。今すぐにでもこの場から立ち去りたい衝動に駆られる。
これにはどんな煽りをかまされるのかと恐る恐る彼女の顔色を窺ってみた。すると、ニコニコと眩しい笑顔で大層上機嫌だ。
「はーい、アタシの勝ち!アタシに勝てないようじゃ、やっぱりアンタとも仲良くする必要なんてないわ。学校も行かなくていいや~って思った……けどッ!」
「なんだよ、騒がしいな」
「アンタとゲームするの、凄く楽しかったわ。涌井 蓮花、この名前覚えておきなさい。ねぇ、あんた名前は」
「は? 名前?」
「アンタみたいな有象無象の名前をこのアタシが覚えてやるって言ってんのよ。さっさと教えなさい」
「……ッ、財津、総一郎」
「財津ね、覚えたわ。アンタ1組なんでしょ? じゃあ学校行けばすぐ会えるってことね。リベンジマッチは受けてやるから、いつでも挑んできなさい。じゃっ」
そう言い残して蓮花は立ち上がると、毅然とした姿勢で颯爽と立ち去って行った。フローラルな香水の香りを残して。
この1時間ほどで嵐の如く強烈な印象を植え付けた彼女は、それからしばらく総一郎の脳内を支配していた。
「なんなんだよ、アイツ」
そしてそれは総一郎だけでなく、彼女にとっても同じことだった。
「あのバカ、アタシが気付かないとでも思ったのかしら。マッチ中、ピストルしか使ってなかったじゃない。手加減されて300ダメージ差……ムカつくわ」
家電量販店を出た蓮花は、短く楽しかったひとときを思い出しながら、ひとり微かに笑みを笑みを浮かべた。
「だいたい、あんな完璧な指示出せる人間がアタシよりダメージ低いなんてあり得ないのよ。ああ……今になってイライラしてきたわ。明日頬でも引っ叩いてやらないと気が済まないんだから」
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