アイアンサイト!
オニイトマキエイ
第1章 転校編
第1戦【チクゼンニな男】
ここは高校の校長室。
新年度早々に青年、財津総一郎は苦渋の決断を突きつけられていた。
「聞こえなかったかい? 配信を辞めて学校に残るか、学校をやめて配信に専念するか。ふたつにひとつだ」
校長の落ち着いた声は、残酷なほど室内に行き渡る。
張本人である総一郎は、顔を青くして固まったままだ。頭が真っ白とはまさにこのことを言うのだろうな…などと感心していると、校長から追撃が来た。
「今すぐに決めるのは酷か。いいだろう、財津くん。猶予は明日だ、お母さんともよく相談するといい。君が配信することは結構。君のような人間に登録者が10 万人だって? 凄いことじゃないか」
含みのある言い方をしながら、校長は続ける。
「だがね財津くん。郷に入っては郷に従えという言葉があるだろう。この学校の生徒である限りは、そんな身勝手を許す訳にはいかないんだよ」
校長との話はそれだけだった。滞在時間はわずか10分。
だがそれは、総一郎の人生史上で最も長い10分だと言っても過言ではない。
「あのジジイ、俺がどれだけ苦労して今の登録者数に上り詰めたと思ってるんだ。高校も配信も、そんなすぐに手放せねえよ」
悪態をつきながら廊下を歩く総一郎。
傍から見ると、どこにでもいるような冴えない高校生。だが、彼には裏の顔がある。
それは、若者に大人気な大手動画投稿・配信サイトで10万人の登録者を擁する人気ゲーム配信者、『筑前煮キング』だ。彼がひとたび配信を開始すると、3000人程度の彼のファンが一挙に集結する。財津総一郎=筑前煮キングを認知しているのは、彼の両親のみ。視聴者ですら、筑前煮キングが高校生だという事実を知らない。
総一郎は幼少期からFPSのPCゲームに触れていた。
小学校からマウスを握り始め、高学年の頃には競技シーンで日本一に上り詰めた。
正確なエイム力、咄嗟の判断力、適応力、順応力、ゲームIQ ……どれをとってもずば抜けたセンスを持っていた。
FPS 人気が今よりまだまだ下火だった頃、一部の界隈だけではあるが、財津総一郎ことSou はこう称されていた。『神童 Sou』であると。
彼が競技シーンから身を引いたのは、家族からの支援が受けられなくなったからだ。
『普通』のレールから外れていった息子を危惧した母親が、半ば強制的に契約を打ち切った。
「どうせ今回の1件も母さんの仕業だ。俺が配信活動に勤しんでいるのを知っているのは母さんだけだからな」
自宅の玄関のドアを開けると、そこには総一郎の母親が腕を組んで待ち構えていた。
あまり感情を表に出すタイプではないので分かり辛いが、息子である総一郎にはビシビシと伝わってくる。
(コイツは……ヤバいときの母さんだな)
無言で脇を通り過ぎようとした彼の腕を、引っ掴んで先制攻撃を仕掛ける。
「あんたまさか、高校やめるつもりじゃないでしょうね?」
「なあんだ、やっぱり母さんか。てっきり、俺が有名過ぎてバレちゃったのかと思ったぜ」
「……ッあんたねぇ!」
母親を揶揄った総一郎の視線は、次の瞬間90度曲がっていた。
バチィン!と気持ちよく響いた平手打ち。彼女の振り抜いた掌が、しばらく空で硬直している。これには頭に血が上った総一郎だったが、食って掛かろうとした瞬間、母親が足元に縋りついて喚き始めた。
「どうして……あたしの言うこと聞いてくれないの!お母さんをこれ以上不安にさせるのはもうやめて!」
「……母さん、俺の人生なんだ。これ以上、干渉するのももうやめてくれ」
「……ッいつから育て方を間違えたのかしらね、この親不孝者が!配信を続けるっていうなら家を出ていきなさい!あんたの居場所はここにはないわ!」
ヒステリックに吠える母親を後ろに、総一郎はさっさと自室に向かう。
(出て行ってくれだって? 望むところだ)
母親の平手打ちが飛んできた時点で、彼の意思は固かった。
彼の活動は、これまで何度も母親に阻まれてきたのだ。
押し入れから引っ張り出してきたキャリーケースに必要最低限の荷物を詰めて、家を出る準備を始める。
「明日から早速出て行ってやる。あの校長のところにも寄らないといけないしな、ちょうどいい。さて、もうひとつ報告しないといけないことが……」
提供品の黒いゲーミングチェアに腰掛けると、配信ソフトの開始ボタンをクリックする。
すると瞬く間にリアルタイムの視聴者数が増えていき、目で追えない程の文字列が流れる。何度味わっても溜まらない。自分が必要とされている。普通じゃない自分が。
「ちょっと突然なんだけどさ、今日はリスナーの皆に大事な報告があるんだよ。申し訳ないんだけど、1カ月ほど配信を休止するかも。あ、いやでも心配しないでほしいんだ。体調悪いとかじゃなくて、引っ越しすることになっただけだから。そこんとこよろしく!」
【寂しいですけど復帰配信待ってます!】
【ゆっくり休んでください!】
【悪い報告じゃなくてよかった!】
【毎日動画出せ】
暖かいコメント欄。3000人もの人が肯定してくれる。
(母さん、悪いけどよ。俺はもう普通に戻る気はねえんだわ)
翌日、泣き叫ぶ母親を突き放して総一郎は家を出た。
私服で校長室に突入した時は校長も面食らっていたが、総一郎の只ならぬ覚悟に心を打たれたのか、少し表情が柔らかくなっていた。
「そうか、君は配信を選んだか。 そこまでの覚悟があるなら、きっと今より成功するだろうね。ただ財津くん、君はまだ16歳だ。勉学も疎かにしてはいけない」
「はい、分かってます。お金はあるんで、どこかの学校に編入とかできるんだったらいいなとか考えたりはしているんですけど」
「すまないね。ウチの学校は生徒を危険な目に遭わせたくないという方針から、芸能活動なんかは一切禁止しているんだ。まだ編入先の高校が決まっていないというなら私に案があるが聞いていくかね」
なんだ今さらと思ったが、総一郎は校長の話に耳を傾ける。
「君の活動名は『筑前煮キング』といったね。私の友人で東京の高校の校長をしている者がいるんだが、ソイツがどうも『筑前煮キング』のファンらしくてね。編入先の高校をもしかしたら……と頼んだら快く受けてくれたよ。勿論、筆記テストの合格は不可欠だけどね」
「いや……なんかありがとうございます。複雑だな」
「決まっていないならそこを頼るといい。慣れない東京で戸惑うだろうが、10代は人生で1度キリだからね。勿論他には誰にも他言していないから安心してくれたまえ、友人にもくれぐれも他言無用だと釘を刺している」
そんなこんなで、総一郎の東京行きが決定した。
編入先の高校は、校長から勧められた高校。学力も今の学校とそう変わらない。
それから編入テストはギリギリのラインでなんとか合格。
贅沢しない程度の新居を決めて、配信環境もバッチリ整えた。
編入先の高校へは、6月から登校することに決まった。それまでは配信三昧だ。
「ふう、この街にもようやく慣れてきたな。いよいよ明日から新しい高校生活の始まりか、気合い入れていかないとな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます