第36話 緑と駄賃のソフトクリーム

「所持金千円と小銭がじゃらじゃら。結局無駄な出費になってしまったなあ……」

 少し寂しくなった財布を閉じて、店を出る。

 赤上の言うようにバイトを始めるべきなのだろうか、けど社会性も社交性もない己が労働できるとは思えない。

 大人しく小遣いで頑張るしかないか。

 

 日差しを手で覆い、睨むように眼を細くする。

 効き過ぎた冷房の反動で、体は焼けるように熱くなった。

 早くこの暑さが終わればいいのに。

 さっそく出てきた汗を拭い、ふと視線を横にずらす。

「あ」

 隣にはソフトクリームを舐める緑色の小さな毛玉が一つ。

 それは気だるげな視線をこちらに向ける緑色だった。

 片手には紙袋が持たれ、すっかり夏使用の洋服に身を包んでいる。

 あのうっとおしそうな長い髪はゆるくおさげにされていて、元古本屋で見た時よりも涼しそうだ。

「フラれたの?」

「断じてフラれてない!あれは布石だ、これから芽吹く種なんだよ……というか告ってもない!」

「ふうん」

 緑色はこちらの主張をなんとも思っていなさげにアイスを舐める。

 

「で、なんで緑ちゃんはここにいるの?」

「この喫茶店は私の行きつけの店。マスターとも友人関係。むしろあこくがここを訪れたのが驚き」

「……そうかい」

 黄色の話を思い出す。

 緑色はコネやツテを多分に持ち自在に操る権能だという。

 彼女の言葉の裏を汲むならば、『マスターも権能の圏内であり、入店情報を得て、こちらに向かった』ということではないか。

 だったら僕の目的も既に知っているか。


「緑ちゃんに問うが、花火は屋台か?」

「急ね」

「知ってるんだろ。なんでこの店に来て、何話してたか」

「もちろん」

「じゃあ決めてくれ。こっちもそれで方針が決まる」

「……もし自力で花火で上げられたのならそれで勝ちで構わない」

「えっいいのか」

「話を聞く限り、不可能に近い。許可なく個人で打ち上げられた花火を見ることなんて人生に一度あるかないか。見れるのなら、見てみたい」 

 緑色はなんでもなさそうな顔をして言う。


「それに、」

「それに?」

「私、あこくに勝ってほしい。手は抜かないけど」

「変なことを言う。負けたいのか勝ちたいのかはっきりしろ」

「負けたい。あおに仕組まれた勝負だし、あこくと本の話しているほうがよっぽど有意義。勝ちたい。別の私があこくに負けたままなのは矜持が許さない。矛盾してる?」

「してないなあ……八百長で勝てるのならそれが何よりなんだが」

 頭をかき、現実の上手くいかなさを嘆く。


「あなたには矜持はないのね。八百長で飲む勝利の美酒は美味しい?」

「美酒て、また小賢しい言い方を……嘘は男のアクセサリーだ。別になんとも思わないよ」

「あなたは峰不二子か何か?」

「ただの一般高校生だ。探偵も泥棒も始めた覚えはないね」

 「私探偵なんて言っていない」と緑色は頬を膨らませ、不貞腐れ、不機嫌の行き場をソフトクリームにぶつけるように、勢いよく舐めている。

 ルパンは分かって、コナンは知らないと来たか。

 古本屋で生活しているだけでは説明しきれない知識幅の狭さ古さがある。

 他の式彩と違い、高校生時代の記憶を受け継いでいないところからも彼女が特別製であることがうかがえるな。


「……ずっと気になってたんだけど、その紙袋なに?」

「マスターの喫茶店へ行くならと、老人より彼所望の古本を持たされ受け渡しをしてきた。この中身はマスターが既に読み終えた小説。報酬でこのアイスクリームを貰った、いいだろう」

 誇らしげに胸を張る。

「つまりおつかいをしてきて、お駄賃にアイスもらったってことか」

「お駄賃ではない。報酬だ」

「はいはい報酬ね、えらいえらい」

「えへへー」

 褒められて、嬉しそうににへらと笑う。

 自分が雑な扱いを受けていることに気が付いていないのだろうか……心が痛む。


「……そうだ」

 自分の財布を開き、今一度中身の確認する。

 所持金、二千百八円。

 家に貯金箱なんてものはなく、銀行口座すら持たない僕にとってこれが有り金全てだ。

 いやあ、こんな使い方をするのは気が引けるなあ……でも思い立ったのにこのまま何も思わなかった振りをするのは後々後悔しそうだ。

 まあ先ほどの惨敗っぷり、散財っぷりよりかはましな使い方だろう。

 そう思い込み、財布を閉じた。

「緑ちゃん、本屋行かない?」

「本屋?」

 白々しく首を傾げる彼女の目は輝いていた。

 くそうこいつ、僕の考えていること読んでるな。

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