第12話 夏だ!避暑地だ!生物部強化合宿の謎(二日目)

僕は不意な物音で目を覚ました。

しまった!

これは、やられたかもしれない。身体を起こした時には、すでに幸次が勝利の笑みを浮かべ、枕元に立っていた。

「幸次ぃ、きさまぁ」

「油断したな。おれ達の恒例行事を」

「それをどうするつもりだ!」

「どうするだって?ハハハ、お前ならどうするよ、謙一」

不味い。このままでは!

「うるせぇ!お前ら!目覚ましなる前から、騒ぐんじゃねえ!」

あ、幾美が怒った。

「だって、幸次が僕の寝顔の写真撮って、麻琴に送るって言うから」

「す・で・に・お・く・っ・た・ぞ」

「早朝からメールとか迷惑を考えろ!」

「ふん、受け取れば怒る気も失せるさ」

「起きたんなら、出かける準備しろ、ボケども!」

と、再び幾美に怒られたわけだが、そんな中でも眠り続けるスリーピングブッディスト、崇がいた。

3人で黙って、崇の寝顔の写真を撮り、ムリョウさんにメールし、着替えが終わったころに崇の目覚ましアラームが鳴り、ムクリと起き上がる、ありがたい姿を拝んだ。

「ん…おまえら、早くね?」

「僕ら真面目だからさ」

「誰一人にも当てはまらない表現だな」

「朝から冴えてんな、崇。今日も頑張ろうぜ」

「お、おぅ」


                    ※


ようやく朝日が昇り始めた午前4時過ぎ。

僕たちは昨日、樹液を塗りたくった木の前にいた。

そこにはゾッとする数のコガネムシが群がっていた。

「なにこれ?」

「コガネムシの類だと思うが?」

「この量」

ひしめき合うというか、すでに巨大な塊だ。

「謙一の作った樹液がコガネムシ専用レシピだった、とか?」

「同じように作った去年はカブトもクワガタも来ましたぁ。そんな謎レシピ開発とかしていませんー」

とりあえず、記録用の写真だけ撮って、ノータッチを決めた。

度を過ぎたものは気持ち悪いからね。

次の木は、蛾だらけだった。

「おかしくね?ねぇ?幾美、部長ならこの謎を解け、この野郎」

「写真撮っとけよ謙一。次行くぞ」

スルーされた。

次の木は、お!バラエティに富んでいる!

と思ったら、カミキリムシとコクワガタだけだった。

「惜しいなぁ、もうちょっと、大きいやつ、をだな」

「写真撮っとけよ謙一。次行くぞ」

ルーティンワークか?なぁ?

次の木…を眺めると、大き目で黒と黄色の警戒色が見えた。

「撤収」

部長命令だが、言われずとも帰るわ。

スズメバチしかいねえ。

「幸次、対スズメバチ用システマは?」

「習ってねぇし、そもそも、あるか、んなもの」

「成美さん、虫嫌いだから、秘伝の殺虫技とか知ってると思ったのに」

「あ!」

そこで崇が急に声をあげた。

「え?ついにやる気になったの?スズメバチと」

「違うわ!ほら木の根元に」

そこには、これから潜って眠ろうとしている、カブトムシ(オス)の姿が。

すばやく捕獲し、胸元の虫かごに放り込む幾美。

「謙一の樹液を避けて逃げてきたかのような」

「人聞きの悪い。来年は作らんぞ」

「うん、普通に歩いて探したほうがいいんじゃね?」

という崇の一言で、鳳凰学院高等部の生物部の伝統が一つ、姿を消すことになった

だいぶ朝日も高くなってきた。

帰りながら木の根元を重点的に見て行った結果、ミヤマクワガタ(オス)、ノコギリクワガタ(メス)、カブトムシ(メス)の追加捕獲に成功。

「カブト対ミヤマの戦いやる?」

「やらないぞ」

「ケチ部長」

「やかましい」


                    ※


別荘に帰り着いても、まだ朝の6時。

女子に動きはなさそうだ。

幾美は早速、小型の飼育ケースにカブトムシのペア、ノコギリクワガタ、ミヤマクワガタを分けて入れている。一緒にしちゃうと、無駄に王を決める戦いをしちゃうので。

「幸次」

「ん?」

「女子の寝顔撮影ドッキリはやらないのか?」

「死にたいのか?」

「生きたいな」

「そういうことだ」

「そういうことか。わかった」

僕はおとなしくテレビを点けて、朝の情報番組を観ることにした。


                    ※


朝8時。女子寮に鳴り響くデスメタルのデスボイス。4人とも飛び起きた。

「なに?」

「なんなの?」

「だれ?」

「ごめん、ボクのアラーム」

「もうちょっと普通のアラームで起きれないわけ?」

前代未聞の起こされ方だったのか、望さん不機嫌だよ。

わたしも楽しくないし、未来さんは再び布団を被ってる。

「あはは、これだと起きざるを得ないって言うか。まぁ、男子連中の朝ごはんと、昼の弁当?作るって約束だし、ごめん、望ちゃん、そんな睨まないで」

わたしは仕方なく、望さんのそばに行き、頭を撫でてあげた。

「はいはい、諦めよう。こういう世界に関わっちゃったんだから」

「イヤな慰めだけど、麻琴は好きぃ」

と、わたしの胸に顔をうずめグリグリしてくる。

「にゃん、ちょっとだめ」

「麻琴がエロい声出すようになったぁ、ケンチ殺すぅ」

「あ、望ズルい。あたしも」

「いいからちゃんと起きて!支度して、彼氏たちのとこ行く!謙一は殺さない!いい?」

「「はーい」」

成美さんは、いつの間にか洗面所に言って顔を洗っていた。


                    ※


男子寮に行くと、全員寝落ちしていた。

虫かごの前で部長。

布団でコージさんと和尚。

テレビの前で謙一。

「朝早いとは言っていたけど」

と携帯を見ると何か着信が…コージさんから…謙一の寝顔…夜明けにこんなことやってるから眠いんだろうな。

「ほら、謙一、そんなとこで寝ると体痛くなるよ。そろそろ起きて」

「んん…あ、麻琴だ」

とそのまま抱きしめられて押し倒された。

「にゃ、ちょっと謙一、こら」

「朝から麻琴がいる。幸せ」

そのまま、ウトウトし始める謙一。

「ほら、そこ盛ってると水かけるよ」

とキッチンで野菜を洗っている成美さんがニヤニヤしながら言う。

「盛ってない!もう謙一ってば」

あ、でもホントに幸せそうな寝顔。


                    ※


夜明けに3人から、それぞれ角度の違う崇の寝顔が送られてきていた。

これは後々楽しむとして、起こすか。こっちが起きたのに寝てられるのは何か許せないし。

「おっきろー!」

とフライングボディプレス。

実は今、寝巻代わりのトレーナーの下はノーブラなので、出血大サービスでもある。

「ぐはっ…み、未来っ?」

「はーい、未来さんですよぉ。堪能したら起きなさい」

「堪能って」

「ほい」

と、崇の手を取って、トレーナーの上から胸をタッチさせてあげた。

「こ、これ…」

「起きないと、無理矢理されたって、向こうに泣いて飛び出すよ」

「彼女のすることか!」

「旅は女を大胆にさせる、のよ」

「あのさ、おれの言えた義理じゃないけど、大概にしとけ」

あ、崇の隣にコージくん寝てるの忘れてた。


                    ※


みんな好き勝手やってるなぁ。

じゃあ、私もいいよね。

テーブルに突っ伏して寝てる幾美にそっと近づいて、

「お・き・な・さ・い」

と、幾美の頭に胸を思いっきり載せてみた。

成美さんがこっちを見ながら、その手があったか的な表情をしているが気にしない。

「ぐっ、重っ、え、望…胸かよ」

「胸かよとは、ずいぶんな言い方じゃない?大サービスしてるのに」

「朝から、もう…」

「普段から、こんな重いもん常につけて歩いてんだから尊敬してよ」

「はいはい、起きるし、尊敬するから、どかして」

「扱い雑じゃない?」

「自分がね」

それもそうかと、胸をどかす私。素直。


                    ※


「はいはい、女性陣は料理手伝って!ボクは朝飯やっつけるから、弁当やっつけて!」

「「「はーい」」」

「男性陣はいい加減、しゃっきり起きて!起きないとあらぬ方向に曲げるよ!」

「「「「なにをだよ!」」」」

今できない分、あとで幸次に襲い掛かろうと心に誓いつつ、ボクは8人分の調理を再開するのであった。


                    ※


そんなこんなで朝食を終え、まったり…する間もなく、本日の行動準備。基本的に「林道散策して野鳥観察&ピクニック」のはずだが。

幾美がふと思い立ったかのように立ち上がり、

「成美さん、車出してもらうのいいかな?」

「ん?いいよぉ。酒飲んでないし」

と許可をもらった。

「え?今日は歩きでピクニックじゃないの?」

「いや、天気いいし、ちょっと車で、牧場とかある山の上の方へ行ったら楽しいかと思ってな」

「どうしたんだ?判断がまともだぞ?」

「テンションおかしくなった結果、正常方向に振れたか?」

「彼女絡むとこうなるのか」

と各々が述べる感想を無言の圧力で封殺する幾美。

「え?ぼくじょー行くの?うし?うま?」

あ、頑張っておにぎりを握っている愛しのビーストテイマーのテンションが上がった。

「んじゃ、成美さん。ナビに行き先登録しちゃうから、一旦エンジンかけてもらっていい?」

「はいさほいさ」

変な返事をしつつ、軽い足取りで外に行く成美さん。付いていく幾美。

「あいつ、コースに関して相談なしか」

ムっとする幸次。

「良かった、元の幾美」だ

ホッとする僕。

「うんうん、って、良かあないんだよ」

ハッとする崇。


                    ※


「望、なんでアスパラに辛子塗りたくってんの?」

「ロシアンアスパラベーコン作ろうと思って」

「そっか…あたしも何か仕込もうかな」

「うん、いいんじゃない?盛り上がるし」

「ねえ、このお弁当って、初めて彼氏に振る舞う手料理じゃなかったの?二人とも」

「それはそれ、これはこれ」

と未来さんが七味唐辛子を手にした。

きっと皆に生物部(主に謙一)の毒が回ってるんだ。

「大自然の中での強烈な刺激。笑えるよね」

わたしには止められない。当たったらごめんね、謙一。


                    ※


結局、弁当作りが終わり、全員の着替えやらなんやらの準備が終わったのは昼近くだった。

「さぁ、出発だ」

などと、助手席で偉そうにふんぞり返っている幾美。

「こんなのんびりな出発時間のピクニック初めてだよ、ボクは」

「目的地まで30分程度だ。問題ないだろ」

確かにナビには到着まで30分程度と表示されている。

実際、綿密なタイムスケジュールがあるわけじゃないし、気にすることでもないのだが。このドライブも今日の思いつきだし。

別荘を出発するとやがてハイウェーという名の山麓ドライブコースへと入る。

黒い溶岩石だらけの山肌に突き抜けるような青い空。これが絶景というものです。

みんな車窓越しに携帯で写真を撮りまくっている。

「ズルい。ボクも撮りたいよ」

と運転しつつ、席で成美さんが跳ね始めた。

危険運転。

「んじゃ、その先に駐車できる広場があるから、そこで止めて記念撮影大会、だな」

こういう提案ばかりしてくれれば、誰も反対しないのに、普段の幾美はアレだからなぁ。

で、車を停めて撮影大会。基本、なんだか全員写真撮られ慣れしてたりするので、個々を撮ったり、カップルごとに撮ったり、全員で撮ったりとバリエーションには事欠かない。

ひとしきり撮影タイムが終わったので

「はい、出発」

と、目的地の牧場(だよな?ホントに)に向かって再出発。

「山の牧場か」

と、宝珠がボソッとつぶやいてニヤついているが、意味が分からないのでスルー。

成美さんが調子こいて、結構スピード出したので、10分くらいで目的地到着。

「そうそう、たまに今の道、警察がネズミ捕りしてるから気を付けて」

「…先に言え!」

と腕をひねり上げられる幾美であった。

ま、どっちもどっちだと思うんだ。


                    ※


「うーん、やはり、この香りだな、牧場と言えば」

と幾美が深呼吸してるので、

「宝珠!幾美は牛糞臭いのが好みだって」

「「あ?」」

僕は脱兎のごとく逃げ出した。


                    ※


なんで、わたしの彼氏はいらんこと言って、彼女たるわたしを置いて駆け回ってるんだろう。

そろそろ怒っていいのかな?

なんて考えていたら、わたしのお尻に何かが結構な勢いでぶつかってきた。

「ひゃん、にゃに?」

そこには仔ヤギがいた。テイムしてないのに。

どうやら、その仔ヤギに頭突きされたらしい。

「お、真理愛さん、そいつにライバル認定されたのか?隅に置けないな」

とコージさんに言われた。

「え?」

「頭突きは遊び兼順位決めだったりするから」

「うちのキングといい、ここのヤギといい、麻琴は特殊なフェロモン出してるんじゃないかと、あたしは思う」

「そうかも。麻琴、倒される前に逃げなさい」

という無責任な先輩2名。

ここで転ばされると、色々と悲劇的な状態になりそうなので、逃げよう。

と、小走りで建物内に避難。その間、仔ヤギにすっとロックオンされてたけど。

「あ、麻琴、ソフトクリーム食べる?」

いつの間にやら、中に逃げ込んでいたらしい謙一がいた。

「謙一、ちょっとわたしのお尻見て」

「こ、ここで」

「ばか、さっき仔ヤギに頭突きされたから、汚れてないかな?ってこと」

「そ、そっか…ん~…特に汚れてないよ。大丈夫」

「よかった。じゃあ、わたしを放っておいた罰にソフトクリームを与えなさい」

「はいはい。ミルクとワサビどっち?」

「ワサビ?」

「甘くてツンと来て癖になる上級者メニュー」

「初心者のミルクにして」

「りょーかい」

と、奥のソフトクリームコーナーに走っていった。

ワサビソフト。恐ろしいものを考える人がいるんだなぁ。しかも牧場関係ない気がするし。

「お待たせ」

謙一がソフトクリーム持って戻ってきた。

「はい、ミルク」

「で、謙一の持ってるその緑色の何かが点々と混在しているのは?」

「ワサビソフト。一口食べてみる?」

「ツンと来るんでしょ?」

「うん、少し」

信用するべきだろうか?ろくでもないことに手間暇惜しまないからなぁ、わたしの彼氏は。

「はい」

食べるとは言っていないのに、プラスチックの小さなスプーン一口取って突き出された。

「あむ」

と反射的に食べちゃうわたし。

「んんん」

とりあえず謙一をグーで連打して、自分のミルクソフトで中和。

「辛いよ!」

「あはははは、そうか、麻琴にはまだきついか」

余裕ぶって、この人は…って見ると、ほとんど食べ終わっていた。

「なんで、平気なの?」

「え?美味しいから」

「謙一の味覚が心配になってきた」

「僕は美味しいと感じるものの幅が広いだけ」

ああ言えばこう言うし。

「ほら、溶けてべとべとさんになる前に食べて」

べとべとさん?

釈然としないまま、私はソフトを平らげた。


                    ※


売店の中に入ると、ソフトクリームをがっつく麻琴ちゃん発見。

「麻琴ちゃん、幾美くんが牛の乳しぼり体験あるからおいでって」

なんか反射的に自分の胸を押さえている。停止スイッチの案件がトラウマになったかな…

「う・し・の、だから」

「なら、行く」

と、謙一くんの手を引っ張ってやってきた。

「仲のよろしいことで」

「成美さんもコージさんと仲いいでしょ?」

「そりゃまそうだけど、からかいたくなるのもわかってよん」

「わかってよん、と言われましても」

「率先してふざけてる謙一くんの意見は聞いてないから」

「ひでぇ。言うことまでバーサーカーかよ」

「そういうところだって言うの!」

キリがないな、もう。


                    ※


成美さんが疲れた顔で謙一と真理愛さんを連れて戻ってきた。

「ほら、女子!停止スイッチ押し合いがイヤになるくらい絞っとけよ」

「幾美、言い方」

「幸次、そもそも始まりはオマエだからな」

「あはは、そういやそうかもしれん」

うーん、女子がいなかった去年は粛々と淡々と合宿メニューこなしてたんだが、アホさが2乗されたなぁ。

俺も他人のこと言えた義理じゃないが。

係の人に教わりながら、おっかなびっくり牛の乳しぼりをする女子たち。

「ねえねえ、幾美」

体験を終え、つつっと傍に来た望が耳元で囁いた。

「ねぇ、私の絞り方、エロかった?」

俺の彼女も、がっちり染まっていることはよぉくわかった。


                    ※


そんな牧場を出発し、しばし車を走らせると、次の目的地、溶岩石観察園に到着。

視界いっぱいに広がる黒い溶岩石の間に遊歩道が作られ、その雄大とも奇怪ともいえる風景を満喫できる場所だ。そこの一部が広い芝生の空間になっており、観光客がお弁当を食べたり、小さな子供が走り回ったりしている。

そこで僕たちも昼食タイムと相成った。

弁当箱登場。中身は共通だが、おかず毎に調理人が違うらしい。付随するおにぎりは彼氏用に各々握ったものとの事。なんだか恭しく男子の前に一つずつ置かれる弁当箱。

「「「「召し上がれ」」」」

圧の籠った女子たちの言葉。

おそらく、幸次以外は、僕も含めて初の彼女の手料理。

下手なリアクションは今後の関係に大きく響く。

「いただきます」

大きなおにぎりが2つ。ソーセージ、ベーコンポテト、プチトマト、アスパラベーコンに卵焼き、それに…これはピーマンのおひたし、か。

バランス、彩りよし。とりあえず、サムズアップして応える。

相好を崩す麻琴。

「まずは、おにぎりだ。うん、固すぎず、柔らかすぎず、絶妙な握り加減。具は肉?なるほど、これは昨日のBBQの残りを細かく刻んだのか。当然米に合うし、美味い。何より残り物を無駄にしないところもいい。そして、次はやはり気になるコイツ、ピーマンのおひたしだ。なるほど、ごま油で炒めてから、出汁醤油で和えたのか。すりごまの風味も良し。極上品だ」

「あの、謙一」

気が付くと麻琴が、顔を真っ赤にしてうつむいていた。

「ん?」

「あの、喜んでくれて嬉しいんだけど、グルメ漫画みたいに滔々と声に出して感想を述べられるのは…」

「ダメだった?」

「いや、恥ずかしいから、その」

見事に麻琴担当の料理ばかり、感想を述べていたようだ。愛ゆえに?

「謙一、俺たちが感想言いづらくなるから、止めろ」

あれ?幾美からも止められてしまった。

「幾美は弁が立つ部長さんなんだから、私の手料理の感想、ケンチなんかよりも、素晴らしい言葉で言ってくれるのよね?」

ケンチなんかって、酷いね宝珠は。言い返すの怖いから黙っておくけど。

「崇、グルメ法話、やって」

「は?」

ムリョウさん、また謎のマウントの取り合いを。

「幸次も言って」

「あぁ美味い。こいつぁ美味しいな。いやこりゃ絶品だ」

「1ヶ月くらい点滴で生きる?」

相変わらず、暴力で解決しようとする成美さん。

「ぐぁ!くそ!辛子だと?」

「私のロシアンアスパラベーコン。幾美、流石ね」

「辛ぇぇぇ、なんだよ、卵焼きに唐辛子って!」

「あたしのロシアン卵焼き。崇、カッコイイ!」

「「褒められてもうれしくないわ!!」」

もちろん、全員きちんとお残しせずに食べましたよ。


                    ※


「幾美、今日の最終目的地はここなのか?」

と、幸次がわざわざ確認しなくちゃいけないレベルの秘密主義は、ほんと止めてほしい。

「あと、一か所だ。ご希望ならば、さらにマシマシ可能だ」

「増すな。それじゃ、集合写真何パターンか撮って、いったん解散して30分後再集結でどうだ?」

「いいんじゃないか」

どうせ勢いだけで、細かいこと決めてないんだから、そりゃいいよな。

「謙一、言いたいことあるなら言え」

「え?イヤだなぁ、宝珠の力、感染した?」

「そうかもな」

あらイヤだ。ホントなの?

まぁ、そんな戯言はともかくとして、

「はいはい、みんな集まって!集合写真撮るよ。全員パターンと女子だけのアリバイ用」

その辺くらい、きちんとしないとね。今後のためにも。

日付入りの看板がある、観光客向けの集合写真撮影場所みたいなところで撮りました。


                    ※


何だか未来がオレの腕にしがみついて離れない。

「ど、どしたの?」

「いや、地元に戻ったら、中々こういうことも出来ないかな、と思って」

「謙一のとことかは、普通にやりそうだけど」

「あたしは…やっぱ、恥ずかしいっていうか、知ってる人に見られて噂されたりとか怖いかなって」

「オレみたいな年下男連れてんのとか、やっぱハズい?」

「ち、ち、違うよ、ごめん、そんな風に取れちゃうよね。あ~あたしバカ」

目に見えて落ち込む未来。

「あ、オレこそゴメン。卑下し過ぎだな」

「ううん、そんなことない。あたしね、学校じゃお姉さまキャラ?的なふるまいしたりしてるから、さ。男に興味ないチックに」

「あぁ、初めて会った時って、そんな感じしてたな」

「だよね。今じゃ、このメンバーだと素でいられるって言うか、キャラ付け不要なんだよね。特に、崇に惹かれてからは、そう」

「さ、左様で」

「ん?こういうの弱いんだ。そっかそっか」

抜群の笑顔で、こういう事言われても喜んでいいのか…


                    ※


「こういうさ、ぶわーっと黒い溶岩石が広がってる感じって、荒涼としてていいよね」

望が両手を大きく広げて叫んだ。

容姿が容姿だけに異様に人目を惹くのでやめて欲しくあるのだが。

「高校生女子の感想とも思えん」

「ん?二人して地獄に落ちたみたいで燃えない?」

「望って、破滅願望でもあるのか?」

「え?幾美と二人して地獄から脱出するの、燃えるよね」

「その前に行きたくないんだが」

「確かに、大変だけどね」

行ったことある前提で話すのも、怖いからやめて欲しい。

やめて欲しいことは多々あれど、お付き合いはやめたくならないから困るんだよな。


                    ※


珍しく成美が黙って、おれの横を歩いている。おれも黙って成美の手を握る。

淡々と溶岩石の間の遊歩道を歩く。

目の前に広がる、空の青、雲の白、溶岩石の黒のコントラストが、綺麗だ。

たまにはこんなのもいいかと歩いていると

「幸次ヤバい」

「何が?」

「あと、5分で集合時間」

「20分以上かけて歩いてきた道を5分で帰れってか?」

「ボーっと歩いてたのは幸次も同じじゃん」

さぁ、全力ダッシュ開始だ。


                    ※


「ねえ謙一」

「ん?」

「あの岩の上でかっこいいポーズやって」

「急な無茶ぶり」

「だめ?」

「だめ以前に無理だから。運動神経無いし、そもそも登るの禁止って書いてあるし」

「けち」

「え?僕が悪いの?」

「そうなの。謙一は悪い子なの。わたしを放って、はしゃぎまくる悪い子なの」

あぁ、そういうことか。

「じゃあ、これからずっとベッタリしてていいの?」

「それが役目」

「わかった、ごめんね」

「うん、わかってくれたならいい」

こういう好意を異性から向けられるのが初めてなんで、どうも駄目だな、僕。

では、きちんと手を恋人繋ぎしまして、

「大好きだよ麻琴」

「えへへ、素直でよろしい」

こういうの、人前でやると弱いのに、二人きりだと強いな、麻琴は。


                    ※


集合時間なわけでだが、幸次・成美カップルが遥か向こうからダッシュしてくるのが見えた。

「遅刻したヤツは置いていくか」

と幾美が言うが

「今走ってるのが運転手だぞ」

と突っ込んだら、舌打ちされた。


                    ※


息も荒くハンドルを握る運転手に不安を覚えつつ、車は最終目的地に向けて走り始めた。

「最終目的地は白絹の滝。マイナスイオン溢れる癒しの地だ」

と、幾美がおっしゃるが、幾美なので、皆が何か裏があるのでは?という疑いの眼差しを向けている。

宝珠にさえ、そんな目を向けられてるのに動じていない様子なのが、逆に怖い。

15分ほどで、最終目的地、白絹の滝に到着。

崖が続く中、突如として崖の一部が大きく抉られたかのように奥の方へと道が続いている。その先に高低差はさほどではないが、幅広く、まさに白い絹が滔々と流れ落ちてくるかのような滝があった。

早速、滝つぼの方へ崇を叩きこもうとしていた幸次がバーサーカーに仕置きされていた。

僕はさっき、麻琴に言われたから、麻琴の手を握って大人しくしています。

で、お約束の集合写真を数パターン撮って、カップル毎にばらけた。

霧状となった水しぶきが、麻琴の髪にまとわりつき、丁度光の加減で銀色に光って見えたので、すかさず写真撮影。

「どうしたの、慌てて」

「ほら」

と撮った写真を見せる。

「すごい。銀髪になった」

「こういうキャラも似合うんだろうな。銀髪キャラを探して、銀髪ウィッグ被って!」

「髪色だけでキャラ指定なしのコス要求?難易度高いよ」

「そりゃそうか。でも綺麗で似合うから」

麻琴は無言で赤面してうつむいてしまった。

「ただ、これ以上ここにいると、びしょ濡れになりそうだから、退散」

「わかっ、にゃあっ」

うん、足元も滑って危ないしね。手を握っててよかった。

その後も、にゃっ、にゃっ、にゃっと、微妙に滑りながら危うい歩きをする麻琴。

駐車場にあるお土産屋さんを覗くと幾美と宝珠が先にいた。

「退散早いな、そちらは」

「ん?水辺は良くも悪くも色々あるから」

との宝珠の言葉には突っ込まないでおこう。なんで怖いこと言うかな。

「ねぇねぇ」

と、麻琴に手を引かれて着いていくと

「食べよ?」

店の外ではイワナやニジマスを串に刺して焼かれていた。

「麻琴ちゃんはさっき、ご飯を食べましたよ」

「謙一にいっぱいあげたから、わたしはそんなに食べてないもん」

と、あからさまな嘘をつかれたが、仕方がない。ビーストテイマーのエンゲル係数は高いのだ。

イワナの方を一尾買い与えた。

すると、イワナを咥えて

「にゃ」

とか、行儀の悪い、くそ可愛いことをしてくるので写真を撮った。

気づくと僕の隣で宝珠も写真を撮っていた。

「やるな」

「逃すわけにはいかないでしょ?」

「ね、ねぇ、もう食べてもいい?」

「「よし」」

僕と宝珠の声が揃ったが、ペット扱いされたことに気が付いたのか、麻琴に睨まれた。しかしイワナを黙々と食べながらなので、迫力は皆無だ。

「まだ食べる、だと…?」

戻ってきて目にした光景に、驚愕する成美さん。

「まぁた、ケンチも餌付けのし甲斐あるよね」

慣れっこのムリョウさん。

苦笑いで返すことしかできん。

「もう、どんだけ食べても、付かない伸びないだもんね」

「未来さん、うるさい。わたしだって、少しは育ってるから」

「ほぉ、どこが何センチか、夜にでもゆっくり尋問しよう。そうだ、お風呂で測ろうか」

「うぅ、誰と入っても危険な気がするし…」

「じゃあ、ケンチと入っちゃえば?」

「え?いいの?」

「いいわけないでしょ!」

反射的に乗ったら、速攻麻琴に怒られた。

「謙一くん、大丈夫。そのうち、入りたがるようになるから」

「マジっすか、成美パイセン」

「マジマジ。ボクもね、最初はさぁ…」

「成美さんは謙一に変なこと吹き込まないで!」

お怒りの麻琴だが、口の周りにイワナに付いてた塩が付いてたり、片手にはイワナの頭と骨がキレイに残った串を持ってるわ、迫力が逆ベクトル。

「はい、麻琴、あっち行こうね」

「う、うん」

「お口の塩を掃おうね」

「みゅ、うん」

「食べ終わった串を捨てようね」

「うん」

「お手洗いで、手を洗っておいで」

「はい」

テテテ、と小走りで手洗いに向かっていった。

「独特だな、おまえらは」

と、呆れたように崇が言うので

「南阿弥陀な、おまえは」

「どんな返しだよ!」

とりあえず、なんでもイイ。疲れたから帰りたい。

そんな思いが心をよぎった。


                    ※


我らが宿泊地に帰投すると、もう陽がだいぶ傾いていた。

「はい、男性陣は無駄に早起きしてるんだから、先にお風呂入っちゃって」

「幾美、成美パイセンからのお達しだ。湯を張れ」

「お前に命じられる覚えはない」

と、頭部をグーで殴られた。

「謙一くん」

「はい、パイセン」

「夕飯はボクが作っちゃっていいの?」

「すまぬが、お願いいたしまする」

「はいよぉ。元からそのつもりで来てるんだし」

頼もしいパイセンだ。バーサーカーモードにさえならなければ。

「麻琴たち呼んでくる?」

3人娘は女子寮に行ったきり、戻ってこない。

「こっち来ないってことは、何か3人で話したいんでしょ。放っておいていいよ。謙一くんも過干渉はダメだぞ」

「はーい」

仕方がないから、可愛い麻琴の写真でも見て時間をつぶそうと思ったら、メールが来てた。

恭ちゃんからだ。

わざわざハワイから近況報告?しかも写真つき。

【あろはー!みんな元気で合宿しちゃってる?俺ちゃんはワイハー満喫。そしてリア充生活も満喫さ】

なんだこれ?と写真を見ると

金髪ツインテールの水着女子と腕を組んだツーショットの写真が画面に表示された。

海越えて、何してんの、あいつ。

しかも金髪ツインテってベタな…。

さて、全員に共有しなくちゃ。


                    ※


というわけで、恭ちゃんの近況報告を男子で共有。

「ちょっと、ミーティングしてまーす」

と、成美さんに告げて、和室にこもる男子4人。

「とりあえず、こっちも楽しくやってるって、今日の集合写真は送っておいた」

「それにしても金髪ツインテ貧乳とか、これでツンデレじゃなかったら嘘なキャラだな」

腕組みをしてうなずきながら言うほどの分析じゃないぞ崇。

「恭ちゃん、大きいのが好きだと思ってたんだけど」

「来る者は拒まないだろ?あいつ」

「そだね」

「で、夏コミエで締め上げるのか?俺は構わんが」

「構えよ。部長が部員を積極的に締め上げるな」

「あのさ、僕たち全員彼女いるんだからさ。唯一いなかった奴に相手が出来たから制裁すんの無茶苦茶じゃね?」

「ほら、謙一がまともなことを言い出したぞ。どうしてくれるんだ幾美」

「僕の扱い!」

「真理愛さんに叱られるくらいふざけまわってるくせに、扱いがどうこう言うんじゃない」

「いいじゃん、テンション高いくらい。みんなそうじゃん」

「うっとおしい」

吐き捨てるように言われた!

以前より、幾美の僕に対する扱いが惨い気がする。

「あ、恭ちゃんからメール」

【彼女、リリーナっていうんだけど、夏コミエ参加するってさ】

「「「「するってさ、じゃねぇ!」」」」

しかし、女子メンバーが増えるなら、女子にも報告しなければならないわけで。

「とりあえず、麻琴にメールだ」

恭ちゃんの写真を添付して、女子メンバーが増えることになりそうだとメールを送信。


                    ※


あ、携帯にメール着信音。

この音は謙一からだ。

「望さん、メール来たから携帯とって」

「えーどうしよっかなぁ」

「急に意地悪し始めないで!」

「こら麻琴、動くな!修正中は危ないって言ったでしょ」

「うぅぅぅ」

「望もいらんことしないで、携帯渡して」

「はいはい」

と渡された携帯のメール画面。

「にゃっ!なんですと!」

「どした?ついに成美さんにケンチが殺された?」

「そうならないように止めてある!じゃなくて、キョウジさんにハワイで彼女が出来て、夏コミエでお披露目だって」

「ふーん」

どうでもよさそうな未来さん。

「あぁん?」

何か気に入らなそうな望さん。

「金髪ツインテひ、貧乳、だって」

「あははははは」

未来さん爆笑。危ないんじゃなかったのかな?いまわたし危険?

「よかったね、麻琴」

「何がよかったの、かな?かな?未来さん」

「そっか、じゃあ、いっか」

「何がいっか、なのかな?かな?望さん」

…二人とも黙り込んだ。

「もう!」

「麻琴、あたし、実は今、詰めてた胸の部分、少し広げる作業をしてるんだ」

「え?麻琴マジで育ってたの?」

「だ、だから申し上げましたでしょ?わたしだって少し育ってるって」

「事実に動揺して言葉遣いがおかしいと、私は思いますわ、麻琴さん」

「あたしは、さっきのはハッタリだと気づいておりましたわ」

そのまま爆笑する二人。

「もう、未来さんは早く作業終わらせて」

「はいはい、もうちょっとね。でも、ケンチのおかげかなぁ」

「そりゃそうでしょ」

「え?謙一は、その」

「恋する女はキレイになるって言うでしょ?実際、幸福感でホルモン分泌変わるらしいよ」

「そ、そうなの?」

「お、食いついたな。私もサイズ少し違ってたでしょ、未来?」

「そうね、おっきくなりやがってましたね」

「僻まないでよ、立派なものをお持ちの分際で。そういう未来だって変化あったでしょ?」

「多少ね」

「あぁ、はっきりしたの、ここに来てからだもんね。もう少しかかるか」

恋ってすごい。

「麻琴はさらに、だもんね」

「え?」

「先に進んだでしょ?それも影響してくるってこと」

そ、そうなんだ…そっか。

「はい、終わり。なんとか間に合ったね。麻琴、一回クルっとターンしてみて?」

「こ、こぉ?」

ぎこちなく回転するわたし。

「うん、キレイに広がるね。成功」

「恥ずかしいよぉ」

「ここでだけのスペシャルだから」

「本番はショートスパッツは履くから問題ない。照れるな。ケンチを魅了するんでしょ?」

「充分、デレデレだけどね、ケンチ」

「うー」

「あぁ、もう麻琴可愛すぎ」

と未来さんに抱きしめられて、しかも首筋にキスされた。

「ひゃぁうん…や、だめ」

思わず変な声出ちゃった。

「あ、あたし、麻琴でもいいかもしんない」

「わ、私も今の声聞いたら、そう思った」

「やーめーろー!」

百合展開禁止。


                    ※


「向こうの建物から楽しげな雰囲気がする」

と、謎の感知能力を発動する成美さん。

「混ざりに行ったら?」

「女子高生のわちゃわちゃに混ざれないよぉ」

「え?キモ」

とつぶやいた幸次のおでこに、茄子のへたが直撃した。

よかった、同じこと言わなくて。

恭ちゃんのことで盛り上がり、時間を食い、ようやく、幾美と幸次が風呂から上がり、今は崇が入っている。ジャンケンで負けた僕は最後&風呂掃除だ。

「男子も一緒に入ればいいじゃん。女子みたいにさ」

「いや、さすがに野郎同士だと狭いし…あ、明日温泉行くってのもありか」

「生物部に活動って初日だけだよね?」

僕の当然の疑問に、幾美はニヤリと笑って答えた。

「謙一がまだまだ樹液塗り足りないなら、やっていいぞ」

「もう、デートプラン考える以外に頭使ってないよね?」

「ん?虫取り留守番するか?」

「パイセーン、部長がいじわるするー!」

「ボクにチクるな!」


                    ※


オレが風呂から上がると

「幾美のバーカ!ザトウムシの大群に包まれてしまえ!」

と、物凄くイヤなことを言いながら、謙一が風呂に行った。

「また、謙一弄ったのか?」

「俺なりにあいつの心を鍛えてるだけだ」

「あ、そ」

いつものことで、謙一も本気で傷ついたり嫌がったりしてるわけじゃないのは承知のなので、いいけど。

「男子の熱い友情にボクのハートは萌え萌えさ」

なんて、成美さんがニヤつきながらこっちを見ながら言う。

「謙一くんの毒舌も大概だと思うけど、ほんと、仲いいね」

「アイツは学校じゃ居場所がないから、おれ達が居場所になってやるのさ、成美」

「それが、あの不安定さの原因か」

「真理愛さんも苦労してるな、きっと」

「麻琴ちゃん?あの娘の母性は半端ないよ。うん」

あの小動物が?とオレを含め、幾美も幸次も思ったことだろう。

「崇くんも頑張りな。未来ちゃん、甘えんぼだよ、ホントは」

とばっちりだなぁ。

「うん、なんとなくわかってる」

「なら良し」

そういえば、年上のお姉さんだったな、成美さん。


                    ※


風呂から上がり、成美さんの作った夕食を堪能し、皆でお茶をすする時間。麻琴だけは目の前にビックリフルーツティーが置かれ、フリーズしている。購入者責任と言われたようだ。

「さて、皆の衆、明日の予定を発表します」

幾美が立ち上がり宣言。

皆、意味もなく拍手するし。

「明日は観光&お土産買い出しがメイン。昼と夜は外食しようと思っている」

「贅沢だな」

僕がぼそりとつぶやくと

「通常、ソフトクリームやらイワナやらに無駄遣いしてないから、明日はちょい贅沢出来る」

麻琴がビックリフルーツティーのボトルを幾美に投げつけようとしていたので、目で制しておく。

「今日も十分観光だった気がするが?」

と、崇が突っ込むがスルーされる芸を披露。

「明日は街中メイン。ランチを食べてから腹ごなしに散策と買い物。そのあとは温泉を堪能してからディナー。そんな感じ」

「へぇ、温泉あるんだ」

とムリョウさん、期待顔。

「一応、山の中のリゾート地だからな。ちなみに混浴は無いぞ」

え?という顔を成美さんがした気がするがスルーしておこう。

「さて、この後は自由時間ではあるが…」

「あ、女子はお風呂や内緒話で忙しいんで、女子寮に戻ります」

との宝珠のセリフに、見るからに落胆する男子(僕も含む)。

「その落胆っぷりにボクは萌えざるを得ない」

「パイセン、特殊性癖のアビリティもあるんすか?ぱないっすね」

「あ?」

「すいません、なんでもないです」

夜叉のごとき顔で睨まれたので、前言を撤回しました。


                    ※


さて、男子だけ残されました。

「ボードゲームでもやるか?」

なんていう幾美の提案。

「え?何か置いてあるのか?」

「ほら、去年、恭が持ってきたやつ」

「やだよ、あれ。3時間やっても誰一人アガリにならないから、途中で投げ出したクソゲーじゃん」

崇の悲痛な叫びに、僕たちはルーレットを回してコマを進め、指示カードを引いてを延々繰り返した地獄を思い出し、一斉に顔を曇らせた。

「んじゃ、丁度落ち着いてるし、学校に提出する活動レポート、仕上げちまうか」

「あまりに部長らしくて、幾美らしからぬ素晴らしい提案」

「謙一は何か言わずにはいられないのかな?」

「えーと、静かにしてます」

幾美の笑顔が怖かったので、僕は素直に謝って、リビングの隅に体育座りをしつつ携帯で恭ちゃんに送るメールを打つことにした。

「いや、手伝えや」

「僕は例年通り、樹液作って布張って樹液塗っただけなので。撮った写真も共有したでしょ?」

「わかったわかった、こっちで書くから、いじけた目で見るな」

わかればよろしい。

さて、恭ちゃんに送るメールPART2だ。

麻琴だらけの写真の中から、さっき送っていなかった白絹の滝での集合写真を探してピックアップ。

【こっちはこっちで楽しくやってます。今度、ワイハー少女テンプレちゃんを紹介してください】

と。…送信。

あ、時差考えると、向こうは深夜じゃん。

まぁ、いいか。恭ちゃんだし。

あ、速攻返信来た。起きてんのかよ。

【リリーナが謙ちゃんの付けた呼び名が気になっていて、日本で話をつけようと言っています。がんばれ。彼女、日本語読み書き会話、普通にできるから、コミュニケーションは心配しないで】

深夜に彼女と一緒にいるらしい。

そういうことになっていても、何もおかしくない男だし、そこは気にしないでおくんだけど、話をつけないといけないらしいのが怖いです。

「なんで、携帯じゃなく、お前がバイブしてんの、謙一?」

と、いらぬ的確なツッコミを崇からいただくことに。

「僕は新たなバーサーカーを召喚してしまったかもしれない」

「成美みたいのが他にもいる、だと?」

幸次が不安そうにつぶやいた。いや、君の彼女だろ。

「説明しろ、謙一。場合によっては処刑だ」

「え?場合によりそうだからやだ。おとなしくレポート書いててよ」

「ほぅ」

あ、怖い目をしてる。


                    ※


「ねぇ、ボクもやらなきゃダメ?かなり恥ずかしいんだけど」

「コージだけ、放っとくの可哀そうでしょ?」

「いや、別にボクは放っておくとかそういうことを言ってるんじゃなくてね」

「いいから、観念して。夏コミエでもやるんでしょ、どうせ。そもそもバイトで全員タイツ着まくってるんだし」

「おかしな性癖かのように言わないで」

成美さんは未来さんに捕獲されてトルソー状態。

わたしと望さんは、自分の分のウィッグのセット中。

女子からのサプライズ企画故、成美さんも当然巻き込まれている。

「どんな感じ?」

「うーん。まだ胸がきつい、かな」

「え?鍋シャツ持ってこなかったなぁ。ウィッグでごまかす方向で、背中開けるしかないか」

「キャ、キャストオフしない?」

「成美さんの停止スイッチ次第だね」

「いやすぎる。不安すぎる」

なんか、わたしには縁遠いことで悩んでいるのでスルーしよう。

「ねぇ麻琴」

「なに、望さん」

「これでケンチとすることあったら、感想教えてね」

「これで、する…し、しないよ!」

「えぇ?ケンチが強く希望したら断らないでしょ?」

「そ、そういう話は望さんたちにはしない!」

「えー、けちぃ」

「なんで、そんな聞きたがるの!」

「だぁって、やっぱり、先越されてると不安あるじゃない?仕方がないんだけど、ほら、幾美だって努力してくれてるし」

「知らない聞かない何も言わない」

わたしは望さんに背を向けて作業再開。

そりゃ、謙一がどうしてもって言うなら考えなくもないけど。

危ない。こういう思考を望さんは読む。

あ、謙一からメールだ。

【こっち来れる?処刑されそう】

わたしの彼氏は、何故しょっちゅうピンチになるんだろう?

「よし」

わたしは、ほぼ作業完了したウィッグを置いて立ち上がった。

「ちょっと謙一が殺されそうだから、あっちに行ってくる」

「わかった。面白そうだから、私も行く」

「望さん呼ばれてないよ」

「私は殺す側に回らないから、ね?」

どんな理由だか。

「勝手にしなさい」

「はーい。未来、成美さん、行ってきまーす」

「大概にすんだよ、望」

「麻琴が怖いから、大概にする」

大概以前に来なくていいんだけどなぁ。


                    ※


「人が人して在るということは、その根本的なものであって、後からの影響によっての変化は微々たるものだと思うんだ」

「それは自己否定につながるだけだ。撤回しろ」

「わかった。撤回する」

「ならば、認めろ。虎の尾を踏んだ、と」

「まだ、虎であるとは限らない。猫やネズミなのかもしれない。今ここで、虎と仮定するのはシュレディンガーの猫だ」

「シュレディンガーを持ち出すならば、当然箱を開けて観測者となるのは、謙一、お前だぞ」

「送ったのはコイツです、と崇を指さすくらいは出来る」

「巻き込むな、馬鹿タレども」

「馬鹿タレども、となると俺も含まれるわけだが、どういうつもりで俺を馬鹿扱いしているのかな?」

「謙一のくだらないやらかしを小難しく議論してるからだろ?」

「ほぉ、幸次、お前も敵に回るか」

「馬鹿タレどもという表現に意見した。ただそれだけだ」

なんていう話が玄関まで聞こえてきて、わたしは中に入るべきか悩んでいる状態。

「麻琴、心配いらないよ、あいつら遊んでるだけだから」

「そうなの?」

「さぁ、戻ろう。巻き込まれる方がめんどくさいから」

「望さん、もう、勝手に着いて来て、勝手に決める」

望さんに引きずられて、玄関を出るわたし。

「麻琴一人で来てたら、あのやりとりに強制参加だよ。付いていけないでしょ?」

「でも謙一が処刑されるって」

「あいつらが、謙一に危害加えるわけないでしょ?やるとしても何かケンチの恥ずかしい秘密を麻琴にバラすくらいだから、放っておきなさい」

うっ、それは興味がないと言えば嘘になる話。

「興味ある?そういうネタなら私でもケンチから聞き出せるよ。飴と鞭がいるけど」

「嫌な予感しかしない!望さんが何かしらのエロでケンチを駄目にしそうだから駄目」

「私をどんな目で見てんの?」

「手段のためなら目的を選ばない怖いお姉さん?」

「わかった。麻琴の停止スイッチ100回揉む」

「にゃぁぁぁぁぁぁ」


                    ※


外からおかしな悲鳴が聞こえる。多分麻琴だろうけど、助けを求めただけで、何で悲鳴をあげさせられる側になってるんだ?

「謙一、夜にうるさいから、黙らせろ」

「うぃーっす」

さて、誰だ?愛しの麻琴に悲鳴を上げさせているのは?


                    ※


「言わんこっちゃない。怒られる前に、早く中に入んなさい、あんたら」

と、わたしと望さんは、未来さんに強制的に女子寮に引き戻されました。


                    ※


僕が外に出ると、誰もいなかった。

空には雲がかかり、あたりは真っ暗だ

え?なに?凄く怖い体験真っただ中なんですけど。


                    ※


「ほら、もう静かにしないと、夜なんだし。家主に叱られるよ」

「はーい」

「望、真面目に反省しないと、成美さんと二人で停止スイッチ責めだよ」

「やめて、ごめんなさい」


                    ※


「幾美、麻琴じゃない!バンシーだよ!おわかりいただけただろうか!」

「バンシー?」

「ほら、死期の近い人の家の外に来て、物凄い声で泣き叫ぶ妖精」

「知るかそんなの、就寝時間だ。寝ろ」

言い返しても仕方がないので、恐怖は自分の中に抑え込む。

それにしても、彼女連れで泊りがけの旅行来てて、夜は男女に分かれて何かしてるって健全過ぎない?

いや、不健全推奨じゃないけど、少しはさ。


つづく

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