それぞれの思惑、崩壊する秩序

 セントラルホテルでの騒ぎは数日間の間、ニュースの話題を独り占めにした。何者かによって崩壊したホテル、伊集院家の闇と国内上流階級の悪事、乱入したテロリスト、再来した高速道路の怪物……情報過多でどれをとっても話題に欠かさないものばかりだった。コトネは学校を何日も休んだ。テレビでコトネがインタビューに答えているのを見てようやく実感が湧く。あの日の出来事は決してテレビの先でのフィクションではないと。弦は未だに行方知れずで足取りが掴めていない。伊集院家が匿っているのではないかという噂も流れたが、警察に協力的で事件の追求に全力であたるコトネの振る舞いに世論は少しずつ、伊集院家への非難から伊集院弦の凶行として認識されるようになっていった。むしろ伊集院家最後の娘というのが悲劇のヒロインのようで、マスコミもそちらの方が盛り上がると思ったのか路線を切り替えている。たくましいものだ。

 一連のニュースは当然、亡霊の目にも止まる。サドウたちは騒ぎを起こせば亡霊は必ず動き出すと言っていた。それに一縷の望みをかけて、直近でなにか動きはないか、ユーシーに相談に行こう。


 「あーあ、大ニュースになってるよ弦、見ろよお前の妹は悲劇のヒロインらしいぞ受ける。」

 とある屋敷の一室、ソファに座りテレビニュースを見ながらそれは軽々しい口調で弦を小突く。

 「驚いたな。伊集院家は終わりだと思ったが、見事な立ち回りだ。あれは俺よりも当主に向いている。経営手腕よりもああいう立ち回りができるほうが、大きくなりすぎた組織を取りまとめるには必要だ。」

 弦はワイングラスを片手にノートパソコンを叩いていた。

 「さっきからカタカタ何してんの没落貴族くん。」

 「時代はDXだよ。海外で運営しているベンチャー企業に指示をしている。安心したまえ似たような孤児院は他にもある。そもそも日本よりもああいうのは貧困国の方が収穫しやすいのだ。それに肌も白いのが売れやすい。まったく差別主義者にはうんざりするな。」

 そしてノートパソコンを閉じた。今日の業務は終了といったところだ。そしてあのホテルでついでに助けた男に視線を移す。

 「い、伊集院!貴様なぜあんなことをしていると伝えなかった!!あんなリスキーなことをしていては我が東郷家は支援を考え直さなくてはならないぞ。」

 東郷である。片腕となってむせび泣いていたのを助けてやった。彼は組織にとって利用価値がある。金もそうだがその社会的地位もだ。弦は来訪者からワカメを受け取り東郷に渡した。東郷はそれを黙って受け取り嬉しそうにワカメを食べる。

 「我々についてくれば、そのワカメはいつでも提供してあげよう、だが拒否すればワカメはもう今ので最後だ。」

 弦がそう冷たく言い放つと、東郷は震える手でしがみついた。それだけは勘弁してくれと。ワカメなしでは俺はもう生きていけないと懇願する。それを見て弦は微笑み頭を撫でた。

 「満足かな頭領殿、早く東郷くんの片腕を直してやってくれ。」

 頭領と呼ばれたそれは東郷の肩に触れた。すると肩から失われたはずの腕が生えてきた。

 「おぉ……!これは素晴らしい!しかしまさか頭領殿がまさかあなただったとは、知らぬとは言え無礼な態度をとってしまっていた。」

 東郷は頭領の顔を見てそう答えた。

 「良いってことさ。もう東郷は他の学校に転校したしな。むしろ未だに同じ学校だったら態度で俺の正体がバレるだろうし都合が良い。」

 東郷は再生した腕を愛おしげに擦りながら部屋から立ち去っていった。それを確認すると弦は頭領の隣に座り込む。

 「面白い人に出会ったよ、境野連という少年だ。君の友達とかいうが、それは彼が特別だからなのかな?」

 弦の問いかけに頭領は意外そうな表情を浮かべる。まさか境野の名前を彼から口にするとは……いや妹が同じクラスなのだから彼女経由で話題になるかもというのはあったが、どうも違う。珍しく弦個人が境野という男個人に関心を抱いているのだ。

 「残念ながら君の期待に応えられないな。彼は純粋に俺の友人、楽しい学園生活を彩るものさ。彼が何かしたのか?」

 ふむ……と弦はソファに身を委ねて天井を見上げた。頭領は嘘つきだが、どうも今の言葉に嘘はないようだ。本気で友人だと思っている。

 「強すぎるのだ、奴のアタッチメントは。レベル1……それはまぁ計測ミスだとしても。あれは学校でもトップクラスだろう。それにサドウが妙なことを口走っていた。"何もない人間"だと。いや考え過ぎだと良いのだがな。どうも言い回しが引っかかる。」

 ふむ……と頭領はアゴに手を当て考え込む。

 「境野連なら昔から知っているよ?目立ち始めたのは最近だけどね。きっと考えすぎなんじゃないか?苗字があいつと同じだからって何でも疑いに来るのは良くない。」

 「そうか……そうだな……。あの男、"境野仁"が隠しているもう一人の共犯者、その存在が俺の心をかき乱しているのかもしれない。」

 境野仁、我々の存在に勘付き計画を邪魔した男。ナイ神父ですら敵わないと判断し命を捨てて撃退しなければならないと判断した男。境野という性は珍しくはない。たまたま境野連は仁と苗字が同じだっただけなのだ。偶然といえばそこまでだし、不自然なことではない。ワイングラスに注がれたワインを弦は飲み干した。頭に湧いた杞憂を流し捨てるように。


 俺たちは無明探偵事務所に来ていた。仁さんが生前、根城にしていた事務所に今はユーシーが住み着いている。

 中に入ると以前は資料が散乱しゴミも無造作に捨てられていた、いかにも独身男性らしい部屋が、小綺麗にまとめられ家具も心なしか輝いて見えた。思わず感嘆し声が漏れる。

 「ホテルの件は大変だったわね、まさかあんなに派手に暴れるのは予想外だけど。あ、ミルクがいるなら言って、砂糖はそこに置いてるから。」

 ユーシーは客人の俺たちにコーヒーを提供してくれた。彼女はブラック派らしく何も入れずにそのまま飲み込む。俺は角砂糖を三個ほど取ってコーヒーに投入した。

 「そんな砂糖を入れたらコーヒーの味がわからないわよ。」

 「甘い方が飲みやすくて個人的にはコーヒーが際立つんです。」

 その様子をユーシーは黙って見ていた。はっとした様子で立ち上がり棚へと向かいファイルを取り出して戻ってくる。ファイルの中身は報告書のようだが中国語で読めない。

 「この騒ぎに便乗して何か動いている組織がないか私個人で調べたものとハオユに調べさせたものよ。」

 報告書を読むが、内容はこの騒ぎに便乗して起きた模倣犯や軽犯罪が増えただけで、特にこれといった話はなかった。その犯罪を起こした人たちにも、わざわざ一人ずつ尋問した記録が残っており、何もないことが分かる。

 「亡霊が学校にいるのは仁が言っていたのでしょう?今回の騒ぎで学校の中で変わった動きをした者はいなかったの?」

 学校では確かに騒ぎにはなっていた。ただそれは同じクラスの伊集院コトネに関することだからであって、特別何かあったとは思えない。結局亡霊の情報は得られず手詰まりということだ。

 「そういえば話は変わるけどワイルドハントって組織は知ってる?」

 一連の騒動に絡んでいた亡霊とは違う組織、シンカの言っていた言葉が気になりユーシーにそのことを尋ねた。ユーシーは覚えがあるようで「どこでそのことを?」と尋ねてきたのでシンカたちのことを話した。

 「あのチンピラ、ワイルドハントだったのね。概ね理解は合っているわ。彼らは亡霊と敵対する組織。でも手を組むのはやめたほうが良いわ。連中は亡霊を倒すためなら何だってする。それこそ亡霊打倒に繋がるなら裏切りも平気でする。」

 つまりこれからも亡霊を追いかけていくとワイルドハントにも絡まれる可能性があるということだ。協力関係とまではいかなくても相互不可侵的な関係で行きたいのだが、その提案は無理だと即ユーシーに却下される。ワイルドハントはブレーキの壊れた暴走汽車のようなもの。関われば無駄に労力がかかるだけという。

 「それよりも私が気になるのはあのホテルの惨状よ。あれあなたがやったの?」

 じっとユーシーが見つめる。あれというのは……倒壊したホテルのことだろう。俺がやったのは間違いない。だが……一つ言い忘れていたことがあったのを思い出した。

 「伊集院弦、彼と協力してサドウ……ワイルドハントの一人を倒したんだ。ホテルを半壊させたのも彼の協力があってのことではあるな。」

 そして弦の能力について話す。彼は自身の血液を操作しホテルに駆け巡らせ、俺はその血液で支えられたホテルの上層部を武器としたのだと。

 「それ、おかしいわ。」

 ユーシーは俺の説明に対して疑問を出す。おかしいと言われても実際起こしたことなのだから仕方ないのだが。

 「あぁ、あなたのしたことではなく、伊集院弦のしたことよ。彼が貴方に協力して血液を操作しホテル上半分を支えて、貴方はそれを持ち上げた。それは分かるわ、ただ……。」

 何故、彼はそんなことができたのに"高速道路の怪物"の殺戮を黙認したのか、何故サドウと戦わず避難を優先したのか。何故囮になると言いながら階段を下りていたのか。何故能力を使わず当初は素手で戦ったのか。

 「私の知る伊集院弦は合理性の塊のような男よ。だというのに貴方の話す伊集院弦は合理性から程遠い。いやもしかして"そうしなくてはならない理由"があったとしたら……?」

 ユーシーは一人ブツブツと呟き始め物思いにふける。

 「人前で戦うことができなかった……?見せたくないものがあるから……?」

 ユーシーは突然立ち上がりデスクへと向かった。

 「ごめんなさい、しばらく伊集院弦の周りを調べることにするわ。逃走中の足取りもだけど、彼の事業に関わった組織についても。あなたも彼の妹と知り合いなら状況をたまに聞いてみてみらえないかしら。」

 俺たちは事務所を後にした。ユーシーは伊集院弦が亡霊であると疑っているのだろう。実際のところ彼が本当に亡霊であるかは分からないが、となると俺たちの身近に亡霊が二人もいるということだ。未だ正体のつかめない、学校にいるとされる亡霊……今回の事件も何食わぬ顔で眺め、また俺たちの日常に溶け込んでいるのだろう。

 そして日が過ぎ、ホテル事件の騒ぎが落ち着いたころにクラス対抗戦が始まろうとしていた。

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