無貌、顔の無い男
二階堂は朝一番にクラスに来ることを日課にしていた。誰よりも早く登校し授業の準備を済ませ、教室の掃除をする。良き学び舎には良き環境が必要なのだ。そしていつもの調子で教室の戸を開けた。二階堂は見慣れぬものを見る。そう、教室には伊集院がいるのだ。彼女は呟きながら考え事をしている様子だ。どういうことか分からない。だが挨拶をしなくてはならない、それが二階堂の矜持なのだから。
「おはよう伊集院くん!今日は早いじゃないか、どうしたんだ?」
伊集院はチラリとこちらを見て、舌打ちをしてまたブツブツとつぶやき考え事を始めたようだ。登校時間以外はいつもどおりであるなと感じた。今日は掃除をするのはやめて授業の準備と予習をすることにしたのだった。
教室内が賑やかになり始めた。伊集院は教室に入る人たちを睨みつける。そして境野が戸を開けた時、答えが分かった。伊集院はそんな境野を見て息を荒くし震えながら更に何かをつぶやき続けていた。
「お、おい境野くん……伊集院くんに何かをしたのか?」
俺は伊集院を見た。両肩を抱えて息を荒くし頬を染めて目つきが怖い。
「いつもどおりなんじゃないかなぁ……。」
あまり関わりたくないので、俺は席に付き授業を受けた。結局その日は伊集院の視線がやたら気になり授業には集中できなかった。こうして放課後になると伊集院はまた俺にすぐ駆け寄りカラオケにいくことを提案してきた。昨日のことも話さないといけないし丁度いい。昨日と同じメンバーでカラオケへと向かった。
「それで昨日のことなんだが……。」
俺が開口一番に昨日のことを話そうとすると伊集院は待っていましたといわんばかりに身を乗り出して俺に詰め寄った。
「わ、分かってるわよ!そ、それでどれが良いのよ……このまま……?それとも体操服?水着?い、言っとくけど適当なのを選んできたわけでわたしの趣味じゃないから!」
伊集院はカバンの中から衣装を取り出した。夢野が珍しく「うわぁ……。」と伊集院の奇行に素直な感想を出している。
「なんだこれ、ほとんどヒモじゃないか……材質的に水着かこれ……?悪趣味だな。」
俺は伊集院が持ってきた衣装の中で目立つものをつまみ、率直な感想を述べた。それを見ると伊集院は待っていましたとばかりに食いついてくる。
「ま、マイクロビキニだなんてやっぱり想像以上の変態ね!!い、いいわ仕方ないですもの、約束は果たさないと……。」
服を脱ぎだす伊集院を俺たちは止めた。頭がおかしいのだろうか。
「伊集院、お前の趣味をとやかく言うつもりはないが、そういうのは同好の士と楽しんでくれないか。」
「ど、どこまでも私をばかにするのねあなたは……!そう仕向けているのは分かるんだから……いやらしい目で舐め回すように見て……本当は今すぐにでも凌辱したいと考えているんでしょう!!」
ヒートアップする伊集院を無視して話を続けることにした。昨夜のこと、このカラオケ店で高橋が狙われスーツ男の術中にハマったこと。そして刻印のようなものを与えられ、アタッチメントとは別の力を行使したことだ。
「つ、つまり……そのスーツの人は私達も狙いに来るってことですか……。」
夢野は怯えながらそう答えた。そのとおりだ。厳密には俺の周りの人物だが。巻き込んでしまったことは本当に悪いと思い、俺は夢野に謝罪をした。
「と、ともだちですから……そこはべつに気にしてないです……で、でも何で高橋様なんでしょう……わたしみたいなゴミムシは狙う価値もないってことでしょうか……。」
「ちげぇよ、あいつの口ぶりからするに誰でも良かったって感じだったぞ。たまたまあたしが狙われただけじゃねぇか?」
夢野は昨日ずっと俺の傍にいた。それが結果として自分の身を守ることにつながったのだろう。これからは一人で行動するときは気をつけなくてはならないということを意味するかもしれないが。
「なるほど、無線機であいつが驚いてたのは分身をその……境野ではない何か?に倒されたからなのね。とは言え境野本人がやたことに変わりはないわけだし……。」
伊集院はそう呟いて俺にすり寄ってきた。ボタンを外し服を崩す。
「あなたの考えは分かるわ、分身とはいえあいつを倒したのだからその身体を好きにさせろでしょう?いえ仕方ないわ。ケダモノの毒牙にかかるのは不本意だけど、約束は果たさないと……。」
チラリと高橋の方を見る。高橋は動かなかった。
「ど、どうしたのかしら……?いつもならあなたが止めに入るんじゃないの?い、いいのかしら……あなたの大事な人がとられても?」
「ふっ……そんな程度であたしは動揺しねぇよ。」
落ち着いた様子で高橋は腕を組んで答えた。余裕めいたその態度が伊集院をいらつかせたのか更に大胆に俺に迫ってくる。
「ふ、ふーん……な、ならこれはどうかしら。」
更にボタンを外し俺の手を握って自分の太ももに当てる。突然のことなので俺はなすがままに伊集院の太ももに触れていた。細いけど柔らかい……。
「そ、それがどうしたよ。」
高橋は目をそらしながらもチラチラとこちらを見ながら震え声で答えた。伊集院の行為は更にエスカレートしていき、俺の手を更に奥へと誘い、更に顔を近づけ……マイクが伊集院の頭部に直撃し「んごっ」と鈍い声を上げた。
「や、やっぱ駄目だ!お前やりすぎだろ馬鹿!!」
高橋がマイクを伊集院に投げつけていた。
「さ、境野はそんなんじゃねぇだろ!お前表情をよく見ろ!!」
その言葉に伊集院は俺の表情を冷静になって見つめた。鼻の下を伸ばして下劣なことを考えている変態そのもの……ではなく心底迷惑そうに困惑していた。
「ちょ、ちょっと何なのよ!あなた私の身体目当てじゃないの!?変態趣味なんだから喜びなさいよ!わたしにこんな下着まで付けさせて……!ま、まさかこの姿で私が辱められているのを見て興奮……へ、変態!!」
確かによく見ると崩した服から派手な色の下着が見えていた。気づかなかった。誘惑するにも伊集院は貧相な身体というか……単純に細いからそういうのには向いていないと俺は率直な感想を抱く。
「いや、伊集院……お前は無理だから諦めろって。」
いい加減、誤解を解かないとマトモに話が進まないので、正直に思ったことを伝えた。伊集院はその言葉を聞くと身体を震わせる。
「ふ、ふ、ふざけないでよ!私に欲情しないっていうの!!?欲情しなさいよ!!!なに!?華の女子高生よ!!!?胸がないのがそんなに悪いの!!??わ、分かったわ賢者タイムなのね!?あのあとわたしと別れたあとにこの二人とやることやったんでしょう!?翌日に響くくらい激しく!!!」
なに言ってんだお前と否定しようとしたが昨日のことを思い出す。高橋と目が合った。俺は「あっ、いや……。」と少し頬を染めた。伊集院はそれを見逃さなかった。
「は、はぁぁぁぁぁ!!?なにそのアイコンタクト!!?ふ、ふざけんな!!」
発狂し、伊集院は俺を無理やり押し倒し、あの不良よりもわたしの虜になりなさいよと意味不明なことを言いながらセクハラをしてくるが、高橋に取り押さえられて、体力を使い果たすまで暴れまわった。
「はぁはぁ……わ、わかったわよ……今日のところは勘弁してあげる……。」
伊集院は捨て台詞を吐いて衣服を整え、出していた衣装もカバンの中に収めて呼吸を落ち着かせる。
「無線機……スーツの男が姿を現してそれを迎撃したってことは境野、少なくともあなたに脅威を抱いているはずよ。本来なら姿を隠しそうだけど高橋に顔を見せてるということは早めに対処してくると思うの。つまり……また狙いに来る可能性が高いわね。今度は本体が確実に始末しに。」
先程の頭がおかしい態度からうって変わって冷静な分析を伊集院は始めた。そもそも容姿は良いんだから普段からこんな態度なら男子にもモテるだろうに……。俺はそんな伊集院を黙ってみてると「何、意見があるの?」と尋ねてくるのでおれは「いや……。」と答えた。その佇まいからは理知的なものを感じ取れ、もしかすると彼女の本当の顔はこちらでスーツ男に出会ったことで狂ってしまったのではないかと錯覚してしまう。
「いや、自分を美少女というのはやはりないか。」
俺はつい呟いてしまったのが伊集院に聞こえてしまったのか、また発狂したかのように俺は詰め寄られた。
「でもだからってどうすれば良いんだ?」
高橋の疑問に伊集院はまず確認するかのように俺に問いかけた。
「境野、あなた本当にスーツ男と戦う覚悟がある?わたし達の中の……あるいは全員が同時に襲われても守りきれる自信があるのかしら?」
凛とした表情で俺の目を見つめ伊集院は問いかけた。その只ならぬ雰囲気に俺は圧倒されかけたが、勿論だと答える。
「ふふ、一応確認だけどね。高橋、答えは簡単よ。私を誰だと思ってるの?」
おもむろに伊集院は自分の腕をナイフで傷つけた。そして血が流れ出す。彼女の能力は血液に触れたものを操作する能力……それは血液自身にも当てはまり、血液が動き出す。そしてそれは姿形を変えて俺たちの背後にピタリと貼り付いた。
「もしスーツ男が襲ってきたらこの血液が連絡をするようにするわ。ああ、時間のことなら気にしないでいいわ。24時間操るのは確かに大変だけどあいつを倒せるのは問題ないから。それに……。」
含みをもたせた目で俺の方を向いた。いつもと違う表情に悔しいがドキリとしてしまう。
「き、昨日……あ、あなたに滅茶苦茶にされることを考えて一睡もできなかったことに比べたら大したことないから……!!」
前言撤回したい……。気味悪い笑みを浮かべて俺を見る伊集院を見て心底そう思った。
こうしてその日は解散することとなった。俺は一人、帰路につく。そういえば昨日はこのあたりまで高橋がついてきたんだったなと昨日のことを思い出した。
「なるほど、伊集院くんの傍には君がいたのか。いやはや、やはり分身に任せてはいけないな。」
雑踏の中、何故か透き通るように声が聞こえた。あたりを見回す。周囲には人、人、人……誰が喋ったのか特定できない。
「そんな慌てないでくれ、私はここにいるよ。」
後ろを振り向く。するとそこにはスーツ姿の何の特徴も感じられない平凡な男がいた。
「こうして顔を突き合わせるのははじめまして、だよね。伊集院くんから話は聞いているだろう?私が無線機の男───ヴィシャ、ヴィシャ・アズールだよ。」
ヴィシャと名乗る男はシニカルな笑みを浮かべて握手を求めてきた。
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