黒い空の星、おぞましく、禍々しき
「仁さん……?」
意外な場所で出会ったその男の名前を呼ぶ。これから向かおうと思っていたのに、まさか彼からこちらに来るなんて。
「よう、良い身分だな。」
仁はこちらに手を振って歩いてきた。まるで敵意はないが鋭い目つきはいつもどおりだ。高橋はともかく夢野は俺にしがみついてふるえている。
「女の子二人侍らして下校……たまらないな、お兄さんはちょっと妬けちゃうよ。あぁこれは冗談な?実のところガキには微塵も興味がない。」
おそらく自分の出す威圧感を自覚しているのだろう、わざわざ冗談と本音を笑いながら口で説明した。まだ日は出ている。何故か仁は夜にしか見かけないという印象があったので、こうして陽の光の下に立っている仁は何故か現実味を感じなかった。
「ん?なんだこの柄の悪そうな……レン、こいつとデートの約束でもしてたのか?」
仁はようやく自分が大柄で態度の悪い男、鉄向と境野の間にいることに気がつく。振り向き鉄向をじろりと見る。鉄向は負けじと仁を睨みつける。しばらくすると仁はニコリと笑った。
「悪いな色男、レンは俺と約束してんだ出直してこい。」
仁のその言葉を皮切りに鉄向の鉄拳が走った、仁は鉄拳をもろにくらいその場に立ち尽くす。
「おぉ、痛い痛い……無言で殴りかかってくるとか何お前……喧嘩売ってんのか?」
抑揚のない言葉だった。そこには怒りも憎しみもない。ただの事実確認のような、事務的な言葉だった。鉄向はすかさず距離をとった。数メートル、距離をとるにしてはやりすぎなくらい。仁は笑う。相手がただの向こう見ずなバカではないと分かったからだ。であるならば、確実にここでへし折ってやらなくては。こういう手合いは中途半端にやるとしつこいことがわかりきっている。
「はっはっはっ、何だお前……自分から吹っかけといて逃げ出すのか。おい見ろよそこのガキ、こいつ図体がでかいだけのチキンだぜ。」
仁の恐るべきところの一つとしてその観察眼にある。鉄向が一番腹の立つセリフと言い回しを選んで、敢えて言葉にする。鉄向はその誘いに乗り踏み込む。だが闇雲にではない、鉄向のアタッチメントは手で触れたものに自分に降り掛かったダメージを押し付けるもの。つまり何も知らずに鉄向の鉄拳に対して何か反撃をすると、鉄向の鉄拳と自身の攻撃、2倍のダメージが入るのだ。故に初見殺しのアタッチメント、彼はその力で多くの敵を打倒してきた。そして今日も、生意気な男が一人、餌食になろうとしている。
「さて、立ち話も何だ、喫茶店でも行って話をしようか。ファミレスじゃなくて喫茶店だぞ?それが大事だ。ちなみにチェーン店もNGだ。」
仁は振り返り、境野の方へと向かっていった。鉄向は動かない。
「せ、先輩!どうしたんすか!あんなヤツに何もしないで……!」
久枝が駆け寄った。彼こそが鉄向を境野に仕向けた張本人。久枝は動かない鉄向に触れる。すると鉄向の身体はバラバラになり砕け散った。
「ひ、ひぃぃぃ!!!」
サイコロステーキのようにバラバラになって血潮を撒き散らす鉄向だったものを見て久枝は悲鳴をあげた。目の前で人が無惨にも殺された。たったあれだけで、境野のやつ一体なんて奴と知り合いなんだ。先輩何かよりも遥かにやばい奴じゃないか。周りの人たちに声をかける。人が残酷に殺されたんだ、何でみんなは何も反応しないんだ。まるで人形のように自分を無視する連中に業を煮やして自分で警察に電話する。焦って中々電話が繋がらない。
───伊集院は見ていた。定期報告をしている最中、何気なく外を見た時に境野たちが男と話をして、突然叫びだすところまで、全てを。境野たちは何事もなかったかのように下校している。他の下校中の生徒もまるでその異常事態が何も無いかのように素通りしている。だが伊集院には理由は分からないが別のものが見えていた。突然意識を失うように倒れ込んだ大男と、それを見て発狂するように叫びだす男。男は今も叫び声をあげているが誰もそれを気にしていない。なぜだ?私だけが異常なのか?これは報告するべきなのか。
「君の報告は本当に有意義だよ。」
無線機から上機嫌な感じの声がした。繋がりっぱなしだったのか。
「あ、あれが何なのか分かるの……。」
「分からないね、有意義だと言っただけだよ。それでは次回の報告を楽しみにしている。」
無線は勝手に切れた。わけがわからない。ため息をついて無線機の箱を閉じた。脅迫されて無理やりされているスパイのような真似事……いつになったら解放されるのか、昼間夢野に話しかけられたことを思い出した。夢野に悪気がまったくなかったというのに冷たすぎたのかもしれない。あの時の夢野の表情が脳裏から離れない。憂鬱な気分で周りの目を気にしながら、教室を後にした。
喫茶店を案内しろと仁に言われたのでバロンに向かう。夢野は相変わらず俺にしがみつき、高橋はしきりに仁のことを見ながら大丈夫なのかよあいつと聞いてくる。信頼はあまりしていないのは事実だ。だからこれから喫茶店だって俺が選ぶし、仁に主導権は握らせない。それに一応、夢野もいるわけで、もし危険なことがあるなら真っ先に教えてくれるだろう。しがみつく夢野を見る。涙と鼻水を流しながら俺の学生服を濡らしている。多分大丈夫だ、多分……。
喫茶店につくとボックス席へと案内された。仁は気に入ったようで店内を頻繁に見回している。俺たちは席についた。四人用の席に三人で並んで。正面には仁が一人。
「おい根暗、お前ちょっと境野にくっつきすぎだろ……。」
流石に高橋も苦言を呈するが、逆効果になったのかまるで世界全てに絶望したような表情を高橋に向けて無言で更に身体を俺に擦り寄せてきてしがみついて来た。高橋はそれを見て呆れたように頭をかいて「分かったよ、もうそれで良いからせめて大人しくしてくれ」と呟いた。そんな姿を見て仁は含み笑いをしていた。原因は仁……自分なのを完全に自覚しているような笑い方だ。そしてポケットからタバコを取り出す。
「あ、タバコはやめたほうが……。」
「ん?ここに灰皿があるということは喫煙席ということだ、そして俺は未成年がいるからといってタバコを控えるようなことはしない。」
タバコに火を点けて思い切り吸い込む。
「ゲホッ!!ゴホッ!!おぇぇぇぇ!!ゴッッッ!!オ゛ッ!!!」
仁は咳き込んだ。
「おい境野、何なんだこいつは。」
すまない高橋、俺もよく知らないんだ……。
「お客様、当店は全席禁煙になっておりまして……。」
マスターがやってきた。そう、バロンは昨今のタバコパッシングに飲まれ全席禁煙となったのだ。席にも禁煙というプレートがあるし、外の看板にもメニューにもある。灰皿はただのインテリアだ。
「ゲホッゲホッ!なるほど゛、ではこちらに。」
胸ポケットから取り出す。ココアシガレットと箱にある。それを取り出して口にし思い切り吸い込む。
「ゴホッッッッ!!」
仁の口から飛び出たココアシガレットが俺の額に命中した。俺は無言で拾って仁に渡す。
「タバコ、吸わないのか?」
「ここ禁煙ですから……。」
俺と仁のやり取りを高橋は無言で見つめている。視線が痛い。
「ブラックコーヒーを頼もうか。」
仁はメニューも見ないで、そう言った。曰く探偵はブラックコーヒーとタバコが主食らしい。ちなみにブラックコーヒーというメニューはない。コーヒーをまず選んでそれにミルクも砂糖も入れないのがブラックなだけだ。メニューを見せてこの中から選ぶように教える。
「ふむ、ではカプチーノのブラックをいただこう。」
カプチーノにブラックはない。カプチーノとはコーヒーにミルクを混ぜたものなのだから。仁は指摘を受けると、なるほどと言いながらメニューを見直してブルーマウンテンを頼む。俺たちはソフトドリンクの適当なものを頼んだ。
「それで俺と話の続きをしたいと聞いたのだが……何を話せば良い?」
気になることはたくさんあるが、まずは『亡霊』についてだろうか。今朝の手形のこともあわせて話を聞いた。
仁の話だと『亡霊』とは組織の名前のことで俺たちとは因縁があるということだ。俺に覚えはないのだが記憶の欠落が原因なのだろうか。そして手形についてだが、これについてはよくわからないが亡霊の仕業かもしれないという曖昧な答えだった。
「今更だけど、あたしらが入ってて良いのか?」
高橋は疑問符をあげるが、それについても仁は丁寧に答えた。
「どちらかというと、お前たちも知ったほうが良いだろう。何故ならば───。」
カランコロンと音が鳴る。客が来たのだ。マスターの声が聞こえる。「お一人様ですか?」と。
「אני לבד, האם המושבים פנויים?」
奇妙な、音がした。振り向くと、そこには闇が立っていた。いや、違う。それは漆黒の男だった。漆黒の祭服に、肌は褐色、サングラスを付けていた。そして、俺たちの席を見つめ、ニヤリと笑った。白い歯を見せて。
「黒き三つ星のナイ神父か、これは大物だな。」
見知った顔のようで、それを見た仁はいつもと変わらない調子でそう答えた。
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