冴えない男子高校生が美少女転校生に『旦那様』と呼ばれる理由〜実は最強ギルドの幹部で呪いを狩る天才剣士でした〜

三矢梨花

一章【毒婦】

第1話 旦那様。これで学校とやらでも一緒にいられますね

 羽衣百合芽はごろもゆりめという少女を語るにおいて、まず第一に挙げられる言葉。


 ソレは、度を越したである。


「おい、聞いてんのか!」


「――ひっ、ごめんなさい……」


「ごめんなさいじゃすまねぇんだよ。さっき俺にぶつかって来たことが、そんなチンケな謝罪程度で済むはずがねぇだろうがあぁん?」


 クォーターゆえに金髪碧眼、だが日本生まれ日本育ち不得意科目が英語の彼女は、どこに行っても不運な目に遭う運命とやらに、かねてより縛られていた。


 持ち前の不幸体質を活かしてしまったことで、中学から高校に上がって一年以上経過しようが変わらず彼女はいじめられっ子のまま。あらゆる生徒から当然のごとく虐げられていたのだ。


「そう……言われてもぉ……」


 今日も今日とてガラの悪い生徒に廊下でうっかりぶつかってしまった彼女は、人気の乏しい屋上手前の踊り場で、存分に悪意をもってして絡まれていた。


 元より小さい身体を、恐怖によってさらに窮屈に縮める百合芽。


「泣けば済むと思ってんなよブスが!!」


 その弱々しい態度が尚更ガラの悪い生徒達を苛つかせるらしく、三人の内のリーダー格と思しき少年が、足で近くのゴミ箱を乱雑に蹴飛ばした。


「ひっ――!」


 怯える百合芽にガラの悪い生徒達が追い打ちをかける、その前に。


「――あの……ちょっといいですか?」


 闖入者ちんにゅうしゃが現れる。


「何だよ、おまえ」


「別にあなた達に用事があるわけではないんです」


 黒髪に眼鏡の冴えない男だ。背はヒョロリと高いが、それ以外は特筆すべき点もないモブのごとき存在。


「ただ俺は屋上に行きたいので、そこで揉めてると邪魔だなーと、思いまして。だから……その、退いて頂けません?」


「メガネ君がよぉ。調子乗るのも大概にしろよえぇ?」


 取るに足りない男が因縁をつけてきた。


 その事実が、ガラの悪い生徒達の怒りを誘う。


「調子乗ってんのはてめぇらだろーがこの一般人共ぶっ殺すぞ」


「――は、?」


「えー、ゴホンゴホン。平和的! そう! ここは平和的解決と洒落込みましょう!」


 しかし何故だかモブであるはずの眼鏡の少年の側が、彼らとそう大差のない言葉遣いをこぼしたものの、違和感を押し流すかのように、言葉を次から次へと重ねていく。


「俺はここを通して欲しいし、彼女がこれ以上可哀想な目に遭うのは避けたい! ならば! あなた達はここから迅速に立ち去るべきなのです!」


「その一方的な提案を呑んで、俺達にどんなメリットがあるってんだ?」


「ところで――」


 口の端を吊り上げただけの笑顔で、眼鏡の少年は彼らを虫けらのように見据えた。


「――体調、悪くありません?」


 すると突然、ガラの悪い生徒達がめいめいに体調不良を実感し、訴え始める。


「急に、頭が」


「俺も……」


「何なんだよ……これ、おかしいだろ!?」


「ほら、早く休んだ方がいいですってば。ここで無駄な問答をしているよりはよっぽど有意義です」


 気遣っている風の語り口が、どこかおぞましさをはらんでいることに、今ここでようやく彼らは気付けたのである。







「あ……ありがとう! 転校生の御影君……だよね?」


「俺が何かをしたわけではありません。間に入りこそしましたが、彼らが偶然体調が悪くなって、逃げていっただけですから」


 ガラの悪い生徒達が突然の体調不良によって立ち去ったことで、百合芽は三ヶ月前に同じクラスに転校して来た少年――御影千里みかげせんりに助けられた形になる。


「それでも助けてもらったことは事実だから……。何かお礼をしたいけど、いったい私なんかがどうすれば……」


「だから、気にしないでください」


 お礼をしたい百合芽と、どうでもいいと主張し、首を横に振る千里。


「そうだ……」


 だが、百合芽はこれぞ妙案とばかりに、手と手を打ち合わせた後、ブレザーのボタンを外し始める。


「脱げば……いいよね?」


「よくねぇだろ痴女かおまえ」


 思わずツッコミをいれた千里の声音は、モブに相応しくない乱雑で粗野なモノであった。


「……あれ?」


「ゴホンゴホンッ!! それじゃあ俺はこれで失礼します!」


 ブレザーの前だけを宙ぶらりんにはだけさせたまま、コテンと首を傾げる百合芽を置いて、千里は屋上へと駆けていく。


 本来は学生が自由に出入り出来るはずもないそこへ千里が向かうことに、百合芽を含め誰も違和感を覚えることはなかった。







「――今日はみなさんにお知らせがあります」


 御影千里と羽衣百合芽の邂逅という名のイベントは、朝の始業前に勃発ぼっぱつした。


「何とこのB組に新しい仲間がまたも増えます。是非、歓迎してあげてくださいね」


 そうして迎えたホームルーム。


奈花都なはとさん。入って来ていいですよ」


 担任の主導によって、とある県立高校の二年B組の教室に、新たな転校生と思しき女子生徒が足を踏み入れたのだ。


「初めまして、人間の方々。奈花都なはとアリアと申します」


 長い黒髪をなびかせた人形のような美少女――奈花都アリアが教卓の前に立ち、深々と丁寧なお辞儀をした。


 彼女は顔を上げると同時、機械的に視線を巡らせていたものの、ある一点を見据えた途端、無表情を保ちながらも目を見開く。



 口の中で転がした言葉は小さ過ぎるあまり、約一名を除いてこの騒がしい教室の中では誰も聞いてはいない。


 その例外にあたる約一名――千里は、アリアの姿を目の当たりにするや否や、眼鏡の下で狼狽の表情を形作る。


「うわっ……、めっちゃ美人」


「胸はないが、他は文句なしだぜ」


「前の転校生と違って大当たりだろ。ここで今年の運を使い果たしたかもな」


「だな。冴えない上に情けない御影とは大違い」


 千里の内なる葛藤を知らぬ他の生徒達は、めいめいに雑音を吐き出す。


「そこの人間」


 されど、雑音をただの雑音と聞き流せなかった者が、一人の男子生徒の前に立ちはだかる。


「今、誰と私を比較し、あまつさえ侮辱に及びましたか?」


 千里の後釜たる転校生。人形のような美少女、奈花都アリアその当人であった。


「誰ってそこのいるかいないのかよく分からない御影のことだけど……」


 男子にも女子にも平等に虐げられている百合芽程ではないにせよ、千里とてスクールカーストは転校以来最底辺に位置しているのだ。よって男子生徒は当然のごとく、千里に対する侮蔑の態度を崩さない。


「愚かな人間よ。地に沈んで千年旦那様に侘び続けなさい」


 だがしかし、千里に向けられた侮辱を許容出来ず、転校早々拳を握りしめた女がここにはいた。


 このままではアリアの拳が男子生徒の顔へ直撃してしまう。


「あぁ身体が勝手に前へつんのめって机とかその上にある諸々全てを巻き込んで俺は倒れていくー!!」


 数秒先の惨状を予想した千里の行動は早かった。


 自ら失態を演じることで、鉄拳制裁に及ぼうとしていたアリアの手を強制的に止めさせることに成功。


「ちょっとやめてよ、御影」


「……最悪。こっちに物飛ばさないでくれる? まじキモい」


 女子生徒達の蔑みなど慣れたもの。また精神的ダメージのみならず肉体的ダメージもあるはずがない。受け身は的確にとっていたのだから。


「旦那様。お怪我はございませんか」


 だが、無表情の中に確かにある千里への心配心を滲ませて、アリアは彼の元へ駆け寄って来たのだ。


「奈花都さん」


「はい」


「俺達は初対面ですよね?」


「他の誰を忘れようとも、私が旦那様を忘却することは断じてありません」


「初めてここで会ったんですよね!!」


「あぁ」


 やっとのことで千里が言外に言わんとしていることを察したようだ。理解と納得の色がアリアの銀の瞳に浮かぶ。


「そうでした。私は夢の中で出会った理想の王子様に御影千里様をうっかり重ねていたようです。つまり一目見た瞬間にあなたを旦那様であると認識した。これぞ運命。何という奇跡。人間の方々、何やら揃って締まりなく珍妙な顔をされておられるようですが、今この時この瞬間、私が旦那様という存在に一目惚れしたとの理解でお願い申し上げます」


 淡々と嘘八百を並べたてるアリアの姿は胡散臭いにも程があるのだが、抜群なまでの端麗な容姿に誤魔化される者もまたこの教室に大勢いた。


「先生。ところで私の席はどちらでしょうか?」


「えぇと、御影君の横になるかな。丁度空いてるし」


 言い訳を終えたアリアが、置いてけぼりを食らっている担任教師に問いかけた。


「何と」


 そこで教室に入って初の笑顔を刻んだアリア。


「旦那様。これで学校とやらでも一緒にいられますね」


 彼女は千里がぶちまけた内の一つ、教科書を拾い上げ、輝きに満ちた表情で彼の顔を覗き込んだ。


「ソウデスネー」


 周囲の目がある以上、とりあえずは猫を被り続けた上で頷くより他はない。


 後の予定を脳内で組み立てながら、千里は棒読みでアリアに相づちを打った。

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