山の頂にて

「……勇者さま。勇者さま? おかしいですわ。勇者様と接触には成功している感触はあるのですがお返事が聞こえませんね。ああ、このふいごのような音は勇者さまの息遣いでしょうか? 申し訳ありません。お取り込み中でしたのね……。しばらくしたらまたお声がけします」


「勇者さま。もう落ち着かれましたか? 先ほどは失礼いたしました。切り立った断崖を登攀しているところだったとはつゆ知らず……。しかも怪鳥と死闘の最中にも関わらず、のんきにお声がけしてしまって。勇者さまの集中を乱してしまいなんとお詫びすればいいか。私の声が聞けて元気が出た? まるで天使のような声だなんて、お褒めの言葉が過ぎますわ。ちょっと恥ずかしいですが嬉しいです」


「声といえば、勇者さまのお声が少しかすれているような気がします。やはり空気が薄くて呼吸が辛い場所なのですね。……はい。私は寂寥の湖には以前に行ったことがあるのですが、隔絶の山には登ったことはありません。残念ですが足弱な私では無理ですわ。そうですか。植物の緑が一切見えず茶色い岩ばかりの世界なのですね。想像するだけでも気が遠くなりそう。ここ聖地ファーラも山中にありますが、花も咲き水のきれいな美しいところです。今はだいぶ様相が変わってしまいましたけれど……」


「勇者さまがお聞きになりたいことがあるのですか? 前から気になっていることがある? どうぞ何でもおっしゃってください。……ああ、古き祠のところの赤い実を四粒以上食べたらどうなったのかということですか? 確かに食事や飲み物を取らなくて済むのは便利だが、食べ過ぎると危ないもののように聞こえて不安だと仰るのですね?」


「……。そうですね。命に別条が出るような毒が含まれているわけではありません。はい。魔王軍との戦いにも支障がでるわけではないです。そういう面では問題はないのです。ええと、勇者さまは別に体に異常は感じていらっしゃらないのですよね。何かあれば、寂寥の湖にいるときにおっしゃっていたでしょうから。ですので、それほど気にされなくてもいいのではないでしょうか? ちゃんと言いつけは守ったが、もし守らなかったらどうなったかを、どうしてもお知りになりたいというのですね?」


「ええとですね。あの赤い実は豊穣の恵みという名前なんです。甘味と酸味が調和して美味しいですよね。それでですね……、一度に四粒以上食べてしまうと……口にした者は女性の体になってしまいます。口当たりが良かったから危うくもう一粒食べるところだったですって? そうですね。きちんと私が情報をお伝えできなかったのは申し訳ないです。でも、勇者さまが自制心を発揮して三粒で止められたので本当に良かった」


「疑問は解消されましたね? では、この話題はこれぐらいにして、次の試練のお話にします。とは言っても、今回も試練の中身を詳しくお伝えできるわけではないのですけれど。大地の精霊の試練は、受ける者の雄々しさや勇気が問われるものと伝わっています。勇者さまもかなりの成長を遂げられたご様子ですし、きっと問題はないですね。恐らく今では騎士隊長に匹敵するぐらいの実力は身につけていらっしゃるように感じます」


「あ。大地の精霊らしきものが見えました? そうです。人の背丈の三倍以上はあろうかという岩の巨人の姿をしています。試練を受ける準備は出来ているかと聞かれているのですね? 何か嫌な予感がするのですか? 勇者さま。私などが言うのはおこがましいのですが、迷いや怯えは心を弱くします。ただ、それが存在することを否定してはなりません。あるがままの存在として受け入れる一方で、捕らわれないようにしてください。生意気なことを言ってすいません。それではご武運を」

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