距離

 それから、彩夏は深彗に手紙を書いたが返事はこなかった。

 彩夏が書いた手紙が戻ってこないということは、深彗のもとに届いたと信じて返事を待つことにした。

 彩夏は高校三年生に進級し、深彗のいない新学期を迎えていた。友達もでき以前に比べ明るく活発になった彩夏だった。

 まだ深彗からの手紙は届くことはなかった。それでも彩夏は深彗との約束を守り手紙を書き続けた。




 深彗がアメリカに帰国してから四年以上の月日が経過していた。

 アメリカの大学に通う深彗は夏休みに入り実家へ帰省していた。

 深彗は母に依頼された自宅の模様替えの手伝いをしているとあるものを見つけた。

 ――どうしてこれがここに……

 それは一括りにされた大量のエアメール。深彗が彩夏宛てに書いたものだった。


『あら深彗手紙を書いたの?私が投函してあげるから預かるわ』

『じゃあ、お願い』


 よく見ると、深彗宛ての束になった日本からのエアメールも見つかり愕然とした。

 ――彩夏?君なのか?

 深彗は逸る気持ちを抑えて手紙を開封し内容を改める。彩夏は深彗が帰国した翌朝に覚醒したことを今になり知った。

 どうしてこんなことになったのかと、やるせない気持ちが込みあげてきた。

「母さん、これは一体どういうことだ!」

 深彗は母親を問い詰めた。

「あんな碌でもない子、あなたには相応しくない。もっと自分に見合った人とお付き合いしなさい」

「どういう意味?」

「あの子はあなたを事故に巻き込んだ。それにあの子虐待を受けていたでしょ。日本人も野蛮になったものだわ」

「どうしてそのことを母さんが知っている?」

「妹に調べさせたのよ。そんな野蛮な家の子と縁が切れてよかったわ」

「母さん、そんな理由で僕の手紙を投函しなかったの?なんてことをしてくれたんだ!」

「そうよ、すべてあなたのためよ、分かってちょうだい」

「彼女からの大切な手紙を隠すなんて、母さん最低だ!あなたを軽蔑する!」

「どうやらあの子も諦めてくれたようね。それより今の彼女とはどうなの?」

「……もうやめてくれ……」

 深彗は壁を拳で殴りつけた。




 深彗は、彩夏の自宅に何度か国際電話をかけたが繋がらなかった。

 手紙を書いたところで、それが彩夏のもとに届くとも思えなかった。

 深彗は居ても立っても居られずとうとう日本を訪れることにした。

 あれから四年以上の月日が経ち、彩夏が今どうしているのか全くわからなかった。

 日本に到着すると彩夏の自宅を訪れたが、再会を果たせなかった。

 彩夏の祖母から彼女は今東京の大学に通っていることを教えてもらい、その日のうちに大学を訪れた。

 深彗は、サプライズで感動の再会を果たそうと連絡をとらずに彼女の大学キャンパス内でこっそり待ち伏せしその時を待った。

 四年ぶりの再会に深彗は胸が高鳴っていた。暫くキャンパス内を散策していると、彩夏らしき女性の姿を見つけた。

 深彗の心臓はドキリと音をたて、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 もともと容姿端麗の彩夏は大人になった今、以前にも増して周囲から目を引くほど美しく成長していた。手足が長く華奢ですらりとした体系の彩夏は、透通る白い肌、琥珀のような艶やかな美しい髪は毛先が緩く巻かれていて、今日本で流行りのファッションに身を包み、知性や上品さを感じさせる雰囲気を纏う彼女は洗練された都会の大人の女性に変貌していた。その美しい姿に深彗は心を鷲掴みにされた。

「彩夏~ちょっと待って~!」

 友達だろうか。活発な印象の女性が彩夏を追いかけてきた。彩夏はその女性を見るとひまわりみたいに微笑んでいた。

 ――君が笑っている……

 彩夏は、女性と肩を並べて歩き出しその間ずっと微笑んでいた。

 深彗は愛でるような眼差しで彩夏を見つめた。

 そこへ二人の男性がやってきて彩夏たちに話しかけていた。彩夏は困惑の表情を浮かべ俯き、もう一人の女性は首を横に振っていた。

 彩夏が気のない男性にする態度だと深彗にはすぐに分かった。昔から変わることのない彼女に安堵した深彗だった。

 それでも男たちは彩夏にしつこく詰め寄ると、彩夏は両手のバッグを握りしめながら後ろにじりじりと下がり始めた。彼女は完全に男たちを警戒しているようだった。

 深彗は彩夏を助けようとした刹那、その足が止まった。

「彩夏!」

 彼女を呼び捨てする体育会系の大柄な男が彩夏の元まで駆けてきた。

 彩夏はその男の背後に身を隠すように回り込み、その男を見上げていた。

 すると、二人の男たちは諦めた様子でその場を去っていった。

 彩夏は男に頭を下げると、男は恥ずかしそうに顔を赤らめ彩夏を見つめていた。

 男は彩夏が女性と会話している間もずっと彩夏に視線を注ぎ、彩夏しか見えていないようだった。男が彩夏に気があることは見て分かった。では、彩夏は?

 男はさり気なく彩夏の手から荷物を持つと、彼女もそれを許しているようだった。

 ――つき合っているのか?

 深彗の心臓が鈍い痛みを覚えた。

 あの日以来連絡を取り合うことができなかった。四年の月日は、二人の間に大きな溝を作り上げていた。

 深彗は、彩夏に会うことなくキャンパスを後にした。

「あれ?どこ行ったのかな?」

「どうしたの?」

「さっきからずっとこっちを見ているイケメン外国人がいたけど、いなくなっちゃった」

「そんな人いた?どんな人?髪は何色?背は?顔は?」

「珍しく彩夏にしては凄い食いつき。髪はシルバー、背がすごく高くて、色白で、顔はとにかくめちゃめちゃカッコイイ、なんかモデルみたいな……」

「……まさか、居るわけないよね……」

「彩夏、その人と知り合いなのか?」

「たぶん、人違いだと思う……」

 彩夏は辺りを見渡すがそのような人は見当たらなかった。

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