ロミオに転生した僕はジュリエットを好きになる呪縛から逃れられない

発芽

長い夢の始まり


「――おま……に、託し……い。俺は……りだ。あんなものはもう二度と、味わいたくない。お前なら、……を死なせず……。いや、好きにならずにいてくれるか? ジュリエットに会わず、別々の――」


 暗闇の中。夢の始まり。僕はとにかく息苦しく、あまり目をしっかり開けられずにいた。そこに途切れた声で、ぼんやりと照らされた姿の男が尋ねた。意識が混濁したなか、苦しみからの解放を求めて、あいまいに頷いたような気がする。伸ばした手は、取って貰えなかったけど。


 それからずっと夢のなかだ。幸い、苦しみは取り除かれたけど長い長い夢でも見てるのかと思っていた。寝ても起きても覚めることの無い、自分が住んでいたのとは違う町並みで、毎日毎日、生活が繰り返される世界。そこはかとない既視感。それでいて自分の本当の居場所はここじゃないという、腰を据えては生きられない気持ち。

 どこまでもリアルなこの夢は本物なんだろうか。




 


 ジュリエット。僕の耳によく馴染むその名前は、現代なら多くの人が知っている物語のヒロインだ。両家いがみ合う親の元で、出会ってその日にキスをし、その後結婚し、その翌日にはロミオは人を殺し、一方ジュリエットは命を張った危険な賭けに出る。伝達が行き届かなかった彼らのスピーディな五日間の恋愛は、二人の死を持って終わった。


 僕も幼い頃に映像作品で片手で数える程度、見た知識だけどこれくらいなら、まあまあ知っている。最近は物語自体忘れるくらいのものだったし、詳しい出来事は昔すぎて残念ながら覚えてない。だけどまさか、そのロミオに僕がなっているなんて思わないだろ?! 物心着いてから14世紀のイタリアの町並みや人の服装を見渡しながら、なんの冗談だと苦笑いを浮かべて十年ほど。僕にとっては、紀元後一世紀には完成したと言われる円形闘技場など、歴史あるものを目の当たりにして不思議な気持ちにもなったけど、それも当たり前になっていく。いくら夜寝て朝起きても覚めないから、今は半ばこの世界から出ることを諦めていた。

 しかしまぁ、イケメンに育ったもんだと我ながら思う。顔は良い。僕の力でもないけど。


 不意に聞こえてくるあの一族の一人娘がもうすぐ14歳になるという世間話という名のやっかみ。僕はと言えば、外見は16だけど中身は20だったかと思う。前世の〜ってやつか。だからまぁ、歳の差もあるし僕がジュリエットを好きになるのか約束はできない。夢の始まりで見た誰かの声はむしろ、ジュリエットを好きになることを止めて欲しそうにも見えた。僕としてもあんな苦しい結末が見えてるなら、ジュリエットに会わない、恋をしない。ついでに人から恨みを買わない。人を殺さないってあたりを意識しようって思った。


 とにかく、もうすぐ話の中ではロミオとジュリエットは出会ってしまう時期だと予感がした。よって、絶対に、なにがなんでも、仮面舞踏会には行かない。絶対にだ。


 


 

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