第04話


 ※ リエラとレイモンドの容姿を3話に加筆しました(真ん中らへん)。転載中に消しちゃったみたいで失礼しました。



 ◇



 第三王子、クライドは儚い雰囲気の美青年だ。

 細身の体躯、流れるような銀糸の髪に真っ青な瞳は美しく、女性と見まごうばかりの美貌。

 男女問わず人気が高いのも頷ける。


 彼は優秀ではあるものの、第一王子の地位が確固たる為、王位は確定していた。

 また、第二王子殿下とクライド殿下の臣籍降下も、公言しており、この国の王貴会は平和だなあとリエラは思っている。


(御歳は十九歳)


 昨年学園を卒業し、未だ婚約者はなし。

 そんな彼は未婚の令嬢たちの結婚相手として一番人気ともいえた。


 美貌と程よい権力を併せ持つ貴人。

 今も彼の婚約者の座を射とめんと、水面下では令嬢同士の牽制から、彼への猛攻が行われている。……知らない筈がない。リエラも一応妙齢の令嬢の一人なのだから。


(第一王子は政治的な意味で地盤が固い高位貴族との婚姻が義務付けられていたし……)


 第二王子は兄君の婚約者が確定してから、自身に相応しいお相手を選んだ。

(第三王子はまだ婚約者がいない状況だけど、兄二人よりは家格が低くても……いえ、むしろ兄君方の伴侶を見れば低い方がいいだろうと、令嬢全体の志気は上がっているのよね)

 貴族は下位貴族の方が人数が多いのだ。


 ただそこには第一第二王子の選考に漏れた優秀な方々も加わってくるから、どちらかというと状況はカオス。

 リエラのような平和な頭しか持たない者には、あの隙なく埋まる令嬢の合間に、どう割り込み目立つのだろうかと、不思議で仕方がない。


 まあそれを差し引いても彼と関わる気は全くない。……いや勿論あちらもないだろうけど、とにかくリエラにはそんな未来は皆無である。

(そうよ、今日だけなんだから)

 緊張を逃す為、リエラは小さく息を吐いた。


 取り敢えず今は、そんな第三王子のご尊顔を間近で見られただけで眼福と内心で両手を合わせておく。

 自分が彼に近寄る機会は今後得られる筈がないのだから。


 さて、


「リエラ嬢には本当に申し訳ない事をした。アッシュ──セドリー伯爵令息の話は聞いてはいたのだけど、伯爵から恋人とは別れさせたと言われていてね」


 クライド殿下の執務室。

 向かい合ったソファに腰を掛け、申し訳無さそうに眉を下げるクライドの瞳をじっと見た。

 リエラの隣には父──アロット伯爵。お前は立ってろと父に目で訴えられたレイモンドは壁に張り付いて直立不動状態だ。


「セドリー伯爵にどうしてもと粘られ、私もつい根負けしてしまってね。リエラ嬢には申し訳ない事をしてしまった」

「いいえ──」


 リエラは首を横に振った。

 セドリー伯爵令息はクライド殿下の従兄。お忙しい身では断り難かったというのも頷ける。

 ……しかし王家の親類に名を連ねる家門の、この失態はいただけないだろうな、とリエラはそっと考えを巡らす。


 第三王子クライドの名前を使い醜聞を広めた以上、きっとセドリー伯爵家のペナルティは回避できない。

(王家の名前は力強いけれど、同時に諸刃の刃という事ね)


「勿体無いお言葉でございます」

 リエラは丁寧に頭を下げた。

 明日は我が身。自分は被害者だからと礼儀を欠くのは頂けない。


 こうした場を設けて頂いている以上、我が家へのお咎めは無いという事だろう。

(良かった)

 リエラはホッと息を吐いた。

 きっと父の普段の行いが良いからに違いない。醜聞はクライドが収めてくれるのだろう。忙しいのに申し訳ないけれど。


「年頃の令嬢を縁戚の醜聞に巻き込んでしまった。この詫びは必ずする」

 殊勝な顔で謝罪を続けるクライドにリエラは慌てて首を横に振った。

「いいえ、そのお言葉だけで充分でございます。私の友人たちも心ない噂に怒ってくれましたの。ですから私はそれ程落ち込んでおりませんわ。それなのにこうして殿下に謝罪まで頂いてしまって、むしろ心苦しいくらいですのよ」


 明るく告げればクライドは安堵したように柔らかく微笑んだ。

 成る程、人気が高いのも頷ける。リエラは内心でうんうん頷いた。

「……そうか、そう言って貰えると助かるよ」

 それからクライドは父に顔を向ける。

「伯爵、この後少し時間を貰えるだろうか」

「はい殿下」


 きっとここから先は摂政の時間だろうとリエラが腰を浮かせれば、クライドがそれを制した。


「リエラ嬢、本当はこれから茶の席を用意したかったのだが、申し訳ない。時間が取れなくて……」

「そんな、お気になさらないで下さいませ。お忙しい中お時間を割いて頂いただけで、私には感謝しかございませんから」

 リエラはにっこりと首を横に振った。

 王族とお茶? そんなもの気持ちだけで充分だ。


 今だって父がいてくれなかったら、まともな受け答えだって怪しいくらいなのに。


「……ではせめてお土産を持たせよう。シェイド、用意してくれ」

 そう声を掛ける殿下の視線を辿れずリエラはそっと顔を俯けた。

「かしこまりました」


 返事と共に踵を返すのはシェイド・ウォーカー子爵令息。


 リエラの苦い初恋の相手だった。


 顔を俯けたまま、リエラは小さく唇を噛んだ。


(だから関わりたく無かったのに……)

 

 妙齢の令嬢がチャンスと浮かれるだろうこの場所も、第三王子にも、リエラは絶対に近付きたく無かった。


 ……彼に会うのが嫌だったから。

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