第7話、アデリーナとお客様
いつも通り、屋敷での仕事を終えたアデリーナは、エレンと一緒に町へ出た。
公爵夫人が町へ出るならと護衛の騎士が何名か志願したのだが、エレンが全てお断りした。なぜなら、エレンは優秀なメイドであり、護衛でもあるからだ。
町へ出て、さっそく『第二の職場』へ向かうアデリーナたち。
喫茶店へ到着すると、さっそく着替えをする。ウィッグで髪型を変え、薄く化粧をして、鏡の前でアデリーナはにっこり笑った。
「うん。今日もいい笑顔!! さ、お仕事お仕事!!」
「奥様。ではなくアディ……今日はお客様、何名来ますかね」
「そうねぇ……せめて、五人は来て欲しいわ」
「喫茶店をオープンして、未だにお客様は一名だけですからねぇ」
「うう……」
アデリーナはがっくり項垂れる。が、すぐに立ち直った。
そして、冷蔵庫を開ける。
「ね、サンドイッチ作っていい?」
「それ、お客様用の食材ですけど」
「もうすぐ痛んじゃうし……ダメ?」
「……ま、いいでしょう」
アデリーナは、サンドイッチの練習をかねて、調理に取り掛かった。
◇◇◇◇◇◇
完成したサンドイッチは、なかなかの出来だった。
エレンも「ほう、これはなかなか」とほめてくれた。そして、お返しにとコーヒーを淹れ、アデリーナはカウンター席で飲み始める。
「はー……もう少しお店っぽく、忙しいと思ったんだけどなぁ。ふぁ~あ」
コーヒーを飲んだのに、眠気が襲ってきた。
アデリーナはカウンターに突っ伏し、うつらうつらと目を閉じる。
大きな欠伸をして、いつの間にか目を閉じ……カランカランと、ドアが開いた。
アデリーナはバチっと目を開け、慌てて立ち上がり笑顔を作る。
「あ、いらっしゃいませ~」
「くっ……おい、寝ぐせ」
「ッ!!」
入ってくるなり、男はアデリーナの寝ぐせを指摘した。
アデリーナは赤面し、髪をバッと押さえ撫でつける。
「えっ……あ、あわわっ!! って、あなた以前に来た!!」
「暇だからと気を抜いてるからだ」
「……お席へどうぞ」
男は、喫茶店をオープンして最初のお客だった。
二人目の客が、はじめてのお客だった。
アデリーナは席へ案内し、笑顔を浮かべる。
「ご注文は?」
「コーヒー。それと、軽食を頼む。ああ、肉があれば嬉しい」
「かしこまりました。コーヒーは先にお出ししても?」
「食前、食後に一杯ずつ頼むぞ」
どうやら、コーヒー好きらしい。
肉が好きならと、ステーキを焼くことにした。ちょうど、いい肉が残っている。
ステーキを焼きながらコーヒーの用意を始めると、男が指摘する。
「おい、順番がめちゃくちゃだ。肉を焼く前に豆を挽け」
「う、うるさいわね。じゃなくて……お客様、お静かにお待ちくださいね~?」
男の言う通りだ。アデリーナはちょっとだけヘコむ。
いちいち指摘されるのはお客様でも腹が立つ。男はこちらを見てニヤニヤしているし……アデリーナは、ニヤリと笑い、豆を挽く。
普通よりもだいぶ豆が多いが、このくらいならいいだろう。
コーヒーを出すと、男は一口すすり、驚きに目を見開いた。
「素晴らしいな……オレ好みの味だ」
「え……」
「ふふ。やはりお前はコーヒーを淹れる才能がある」
「……ど、どうも」
どうやら、男の舌は死んでいるようだ。
ステーキを出すとペロリと平らげ、先程と同じくらい多く豆を使いコーヒーを淹れた。
せっかくなので、自分用にもコーヒーを淹れる。
「…………」
アデリーナは、コーヒーを飲みながら無言で男を見た。
若く、顔つきはかなりの美形だ。身体も相当鍛えているのかがっしりしている。頭のてっぺんから鉄の細い棒でも突き刺したように姿勢がいい。
「どうした?」
「あ、いえ。コーヒー苦くないのかな、って」
「苦いのは好きだ。それより……マスター、ここはお前だけでやっているのか?」
「いえ、お友達と一緒にやってるわ」
アデリーナは、考えておいた『設定』を話す。
意外と、話しやすい男だ。話せばちゃんと答えを返すし、こちらから質問しても答えてくれる。
ふと、アデリーナは気になった。
「お客様、結婚してるの?」
「いや、してな───……ああ、そういえばしていたな」
「え、なにそれ?」
「こっちの事情だ。いちおう、結婚はしている。そういうお前は?」
「私もしてる。まぁ……いろいろ面倒な相手だけどね」
「……面倒?」
「そ、大人の事情ってやつ」
「なんだそれは? 面倒……トラブルか? 問題があるなら、相談しても構わんぞ」
「あー……いいわよ。どうせ無理だし」
「む……」
「ま、旦那のおかげでこうやってお店できる、ってのもあるしね」
「…………」
「あなたも、奥さんのこと大事にしなさいよ?」
「…………む」
男は微妙な表情で頷き、コーヒーを飲み干した。
◇◇◇◇◇◇
男が帰り、今日は店じまいをすることにした。
掃除をしつつ、アデリーナは先程の会話を思い出す。
「奥さんのこと、大事にしなさいよ……か」
未だに、挨拶もしていない旦那を思うアデリーナ。
初夜どころか、顔も見ていないし会話もしていない。自分たちは一体、どういう夫婦なのか。
カルセイン・ルクシオン公爵は女にも妻にも興味がないのは確定、アデリーナはそう思った。
アデリーナは、店の奥で掃除をしているエレンに言う。
「はぁ~……ね、エレン。今日は少し、寄り道して帰らない?」
「構いませんが……どちらへ?」
「今日は外で夕飯食べちゃいましょ。どうせ旦那様は戻ってこないだろうしね」
「わかりました」
「あーあ。いい奥さんになんて、私には無理ねぇ」
アデリーナが公爵邸へ戻ると、カルセインはすでに休んでいた。
そして翌日の早朝、カルセインは公爵領へ。
アデリーナが起床したころには、すでに屋敷にはいなかったという。
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