第31話 フレデリカは思春期
弱々しく開く瞼。ぼんやりとした頭で、フレデリカは目覚めた。
朧気な意識の中で、フレデリカはゆっくりと辺りを見る。
自分の部屋…そのベットの上にいるのだと半覚醒状態の脳が理解する。
「フレデリカ…」
疲れ切った弱々しい声にフレデリカの意識が向く。
「ジェルマンお祖父様…」
ジェルマンが彼女の手を握り、やつれた顔をベットの縁に掛け、浅い眠りにつきながら、己の名を呟いていた。
痛々しいその姿に、長い時間不眠不休でここに居たのだと察し、フレデリカの胸中に暖かい温もりと同時に、十四歳という年頃の乙女特有の羞恥心が湧き上がる。
「触んじゃないわよ!!クソジジイっ!!」
感謝や温もりを羞恥心が超えたフレデリカは、そう怒鳴って、ジェルマンによって優しく握られた己の手を勢い良く振り払った。
「な、なんじゃぁ!?…おお!!フレデリカっ!!儂の可愛いフレデリカ!!」
手を払われたことで目覚めたジェルマンは、元気に怒鳴る玄孫の姿に感涙を浮かべ抱きしめようとした。
「お、乙女の…フレデリカ様の部屋に入ってんじゃないわよっ!!クソジジイ!!」
そんなジェルマンを強烈に足蹴りし、部屋から叩き出す。
追い出されたジェルマンは、しょんぼりとしながらも、愛しい玄孫が無事に目覚めたことに喜びを隠さずに仕事に向かった。
「変態ジジイ…デリカシーの無いクソジジイ!!」
一方、部屋の扉を押さえながら、悪態づくフレデリカ。しかし、その顔には微かに朱が差していた。
「クソジジイ…本気大っ嫌い!!」
ジェルマンの気配が無くなったのを察し、ベットに飛び込み、枕に顔を埋めながら不機嫌そうに叫ぶフレデリカ。
「ありがと…」
枕で声を押し殺し、囁いた。
フレデリカの伝えられない言葉、その言葉をそのまま伝えられたら、ジェルマンは歓喜のあまり死んでしまうかもしれない。
だから伝えない。そう言い訳してフレデリカは枕に向かって囁き続けるのであった。
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「一週間近く眠っていたってことね…」
そんな風に目覚めたフレデリカ。彼女が食事と入浴を終えた夜更けに、一通の封書が届く。
開けずとも分かる。
一級魔導士認定試験、その一次試験の合否判定通知である。
「一喜一憂する必要も無いわね。」
彼女の言葉通り、入っていたのは合格の通知。
「二次試験は明後日で、会場はブルゴンニュ…随分遠方ね。おまけに暗号まで…まあ、そこも含めての試験ってことでしょうけど。」
合格通知と別に同封されたもう一枚の書類に目を通し、フレデリカは呟いた。
彼女の言葉通り、試験会場に間に合うことも審査の内容に含まれている。更に、到着後に暗号術式によって閉ざされた会場を開けねばならない。
それを瞬時に察知したフレデリカは、身を雷と変え、一筋の光となって会場へと向かった。
フレデリカの練度では、その速度を維持するのは困難であるが、時間に余裕はある。
結局、フレデリカは試験開始の半日前に到着し、一瞬で暗号を解き、最速の会場入りを果たした。
「微温いわね。」
高地に設けられた会場。そこへ入ることに四苦八苦する者たちを見下し、フレデリカは試験会場で試験官を椅子にしながらそう言って彼らを待つのであった。
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「お師匠様…お暇なら、私の願いを聞き入れて欲しいのですが?」
長い銀髪を垂らしてハンモックに横たわる女に、セラフィマが不機嫌そうに言う。
「暇なものか。私は忙しいのだ。だが安心しろ、貴様の願いは叶えてやる。それが師としての務めだからな。」
ふー、と長い溜息を吐いてから女がそう答える。
「とてもお忙しい様に見えないのですが…具体的にはいつ頃、私の願いは叶うのでしょう?」
そんな返答にムスッ、としてセラフィマは返す。
「よいかセラフィマ、私が忙しいと言ったなら忙しいのだ。して、貴様の願いだが…そうだな、早くて百年…長く見積もってたったの五百年だな。」
あっという間だな、そう言って笑う女に、セラフィマの頬が引き攣る。
たった五百年。五百年という長い年月を『たった』という、僅かな時間だと表現する師に、セラフィマは改めて呆れと畏敬の念を抱いた。
現在この世で最も長く生きている『最果て』の魔女はセラフィマである。
正確な年数は彼女自身曖昧になっているが、同じ『最果て』の魔女であるサロメの倍以上、既に一万年近い、気の遠くなる年月を生きている。
そんな彼女の長い生涯でさえ、目の前の師にとっては僅かな時間であるのだという事実に、己の師が、自身の届かなかった『終わり』の魔女であると再認識させられる。
自分は堪えられない。
既に限界なのだから。
「『終わり』を望むなら、後釜が育つのを待つか、貴様が育てろ。それが条件だ。ダスピルクエットの様にな…」
師の言葉に、セラフィマは苦い表情をした。
「姉さんの名前を出すのは狡いですよ…」
呟く様にセラフィマは師に言葉を返す。
「ふん、ダスピルクエットだけでは無い。これまで、私の弟子となった者は全員そうであった。お前も待つか、育てるか選べ。」
ツンとした物言いの師。本で隠れたその顔から、一筋の涙が溢れているのをセラフィマは見逃さなかった。
「しかし、特別にもう一つ提案してやる。私と共に育ててみるか?…私を殺せるかもしれぬ存在を。」
「メヌエール・ド・サン・フレデリカのことですか?確かに彼女は優れていますが…」
師の提案に、セラフィマは少し不安そうに言葉を止めた。
「だから育てるのだ。アレなら私を殺せるかもしれぬ。アレは折れなかった。私の使い魔の圧を受けてもな。」
ゴーシュ魔法協会の一級魔導士認定試験、その一次試験の会場と、フレデリカの前に現れたのは女の姿を模した使い魔から得た情報から、女はそう結論付けた。
「まあ、所詮簡易な使い魔であるから、私本来の力からすれば僅かな力ではあるが、それでも、私に弟子入りする前のサロメが泣きじゃくって小便を垂れる程度の力はあるわけだ。」
貴様より少し強い程度だな。そう言って笑う師に、セラフィマは呆れ様に溜息を漏らす。
「本当に殺されたいと願っているんですか?」
セラフィマには、ヒルメとサロメという二人の妹弟子がいる。そんな二人を同時に相手にしても勝てる確証があるし、二人もそれを自覚している程度には強いという自負がある。
そんな自分よりも強い使い魔を容易に創り、使役する彼女の望みは嘘っぱちナノではないかと思ってしまう。
「願っているから、こうやって何万、何十万という年月、弟子を育て続けているのだ。どいつもこいつも師匠孝行もせずに『終わり』を望んだがな!!」
怒った様に言っているが、その声に怒りは無く、あるのは悲しみだけだった。
「すみません…でも…」
辛そうに言葉を紡ぐセラフィマ。
「黙れ!!聞きたくない…もう聞きたくないのだ…もう弟子が消えていくのは嫌なのだ…」
涙混じりの悲痛な声に、セラフィマも静かに涙を流した。
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