第29話 見習い卒業

「メヌエール・ド・サン・フレデリカ。貴殿の見習い期間の修了と、魔法使いとして正式に認可されたことをここに証明する。」

 フレデリカの胸が不自然な急成長を遂げてから数ヶ月が経ち、フレデリカにとっても、エミールにとっても長かった一年が終わり、フレデリカは見習いを卒業し、正式に魔法使いとなった。


「これからどうするつもりなんだ?」

 エミールは、魔法使いの証である青色の紋章を受け取ったフレデリカに問う。

 魔法使いは紋章でその地位を表す。

 見習いは白。魔法使いは青色で五級魔導士が緑色。四級が黄色で三級が橙色、二級で赤色、一級は紫色となる。

 それ以上…つまり、魔女や大魔導士なら銀色で、『果て』に到った者は金色となる。

 因みに、『最果て』に到ったら紋章の色は黒になる。

 尤も、現在『最果て』に到った三人の魔女の全員が公の場以外で紋章を付けていない。

 『最果て』には紋章の着用義務が無いからだ。


 紫の紋章を着けたエミールの問いに、フレデリカは当然の様に答える。

「一級魔導士試験を受けるわ。実績も十分だし。」

 普通の師であれば、身の程知らずだと叱責するのだろう。

 しかし、その一級魔導士であるエミールは確信に近いものを抱き、言葉を伝える。

「お前なら余裕で合格だ。俺よりも遥かに強いしな…」

 自虐的に言うエミール。

「当然でしょ。アンタは確かに雑魚だけど、自分で思っているよりはマシな部類だったわよ。まあ、比較する相手が、完全無欠な完璧主義超人の、超絶美少女フレデリカ様だったから仕方ないけど。」

 フフン!と偽乳を張るフレデリカに、小さく笑うエミール。

「ああ、そうだな…相手が悪かった。」

 散々な目に合った記憶しか無いが、これで別れとなると、なんだか妙にもの悲しくなる。

 エミールは、フレデリカは嫌いだが、見た目だけなら好みのタイプだった。あわよくば、と最初の最初は思っていた。

 尤も、そんな考えは出会って一瞬で消し飛んだが…

 

「まあ、一応世話になったわ。謝礼金よ。」

 フレデリカから渡された大きめの革袋。

 エミールの年収以上の金貨がパンパンに詰まっている。

「これ…」

 言葉を失うエミールに、フレデリカは照れくさそうに言う。

「約束通り、一年で見習い期間が終わったわ。その報酬…私の実力なら当然だから、お小遣い一月ひとつき分よ。まあ、アンタの働きなんてそんなもんよ。」

 革袋を渡すと、興味を無くした様に歩き出すフレデリカ。

 そんなフレデリカに、エミールは震える声で問う。

「こ、これが小遣い一月分…」

 エミールには信じられない言葉だった。願わくば、この高慢で傲慢な我儘娘が見せた最後のデレであって欲しいと願った。


「何よ!!フレデリカ様からの有難い報酬が不服だって言うの!!がめついったらないわね!!フレデリカ様のお小遣い一月分で足りないって言うなら!!その身体に叩き込んであげるわ!!」

 ゴゴゴ!と雷雲がエミールの上空に集まり始める。

 それでエミールは察する。

 ああ…本当に一月分なんだ、と。

「このブルジョアがぁーッ!!」

 この日、初めてエミールはフレデリカと全力の戦いに身を投じた。


 雷と炎、水に風が飛び交う激戦。

 天才と天才のぶつかり合いの末、勝利したのはフレデリカであった。



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 メヌエール・ド・サン・フレデリカ。

 彼女が無事に見習い期間を終えたという報を受け、『最果て』の魔女、チェチェリミナ・ロジオーノヴナ・セラフィマは、ひとまず胸を撫で下ろす。

「彼女の能力からすれば当然の結果だけど、今の世の中、あの性格では厳しいかと思ったけど、なんとかなったようね。」

 己が想像の遥か上を行く恐ろしくも敬愛する師の望む通りに、当代に現れた天才は魔法使いとしての歩みを始めたらしい。

 そんなセラフィマの言葉に、報告をもたらした側近は怪訝そうに且つ悲しそうに問う。

「まるで、貴女様はコートヴァの平穏を脅かす魔法使いの誕生を喜んでいる様に感じます。」

「魔法使いに国境など無い。私はコートヴァ人でその誇りもあるが、魔法使いとしての誇りは、全て我が師の治めるマゲイアにある。」

 平然と述べるセラフィマの圧倒感に、誰も二の句を述べられなかった。


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 その数日後、セラフィマに反逆の気配ありという一報により、マゲイア大陸全土の国家が立ち上がり、セラフィマ討伐の戦いが起こった。

 マゲイア魔法協会も割れ、セラフィマ側と既得権益側に別れ戦うことになった。

 一つの大陸を揺るがす大戦争となる筈だった。そんな戦いに、各大陸の大国は介入しようとした。

 しかし、介入する隙さえ与えずに、セラフィマは唯一人で大陸を蹂躙した。

 あまりにも圧倒的な『最果て』の力…『最果て』の中でも最強と呼び声高い『氷獄の魔女』の実力が世界に轟いた。


 マゲイア大陸を手中に収めたセラフィマの表情は暗く沈んでいた。

「いち早き終わりを…」

 亡者の如き表情で呟く彼女の真意を知るのは、彼女の師だけであった。




  

 

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