第20話 小学生たち




 マイクロバスは補助席も含めて28人乗りだったので、登校していた南小学校の生徒たちを一遍いっぺんに三郷中学に送ることはできなかった。

 南小学校は1学年1クラス。1クラス30人目安になってるけど、学年によってばらつきがあるので全児童数は児童名簿によると163人だった。

 そのうち半数近くは登校してきていなかったけど、85人を運ばなければならなかった僕とオグちゃんは正直頭を抱えた。


 でも、児童会長の女の子が、低学年の子と数人引率の6年生を第1便で乗せるようにてきぱきと小学生に指示をしてくれたおかげで3回に分けて小学生全員を三郷中学まで運ぶことが、割とスムースに決まった。

 

 僕は高学年の子たちと一緒に南部小学校に残って、オグちゃんが運転する第一便を見送った。

 そして、こくかな、と思ったけれど、児童会長の子にこの異変について僕が知ってることを話した。

 

 児童会長の岩瀬優美いわせゆみちゃんは、僕の話を聞いても意外に動揺はしなかった。


 「……ごめん、こんな嫌な話をして」


 僕がそう言うと、優美ちゃんは「ううん、いいんです。本当は、そうなのかも知れないって思ってたし……私一人だったら泣いて心細かったと思うけど、弟がいたし、学校に来てからは他の子を落ち着かせないといけないって、そればっかり考えてたから……」とぼそりぼそりと返答した。

 その上で、僕は優美ちゃんに、学校に来ていない児童のことが心配だということも話した。


 「うん、私も……高学年の子の方が学校には来てますけど、低学年の子は登校してきてない子の方が多いから気になってました」

 

 「何とか連絡取れないかなって思って、悪いけど職員室からこれは持って来てるんだ」


 僕はそう言って優美ちゃんに児童名簿を見せた。


 「岩田くん、陽子ちゃん、ちょっと来て」


 優美ちゃんはそう言って児童会の役員らしい他の子を集め、何か相談した。


 「池田さん、私たちはマイクロバスを待っている間に手分けして登校してきていない子の家に電話してみますから、池田さんは4年生全員と5年生の半分と一緒に先に三郷中学へ行っててください」


 「お腹空いてないの? 大丈夫?」


 もう気が付けば時間は12時近くになっている。

 

 「お腹は空いたけど、まだガマンできるくらいですから。ね、みんな」


 「会長の言うことだから、逆らえないよー」


 やんちゃそうな男の子がそう返事をするのを合図に、集まった子みんながうなづく。


 「じゃあみんな、残ってる4年生、5年生に誰が来てないのか聞いて、私たち児童会役員に教えて下さい。先に中学に行った低学年の子たちは……副会長の中川くんが先に行ってるから中川くんに連絡取れればいいんだけど」


 「じゃあ、ちょっと連絡取ってみるよ」


 僕はそう言ってスマホを取り出した。


 「池田さん、中学生って学校にスマホ持って行っていいんですか?」

 

 優美ちゃんが、好奇心が湧いたのか僕にそう聞く。


 「いや、スマホの持ち込みは禁止されてる……されてたよ。これは僕の父さんのスマホなんだ」


 そう言って僕はめぐに電話を掛けた。


 「あ! すみません……」


 優美ちゃんは何かに気づいたように僕に謝った。


 「いや、気にしないで」『何を?』


 僕が優美ちゃんにそう言った途端にめぐが電話に出た。


 『いや、こっちの話』


 『お兄ちゃん、小学生の子いじめてんじゃないでしょうね、サイテー』


 『いじめてなんかないって! もう。……めぐ、もう小学生の子は中学に着いた?』


 『ついさっき着いたよ。ゆうちゃんたちが迎えに行ってる』


 『めぐ、ちょっと南小の児童会長の岩瀬さんと変わるから、話聞いて』


 『岩瀬さんって優美ちゃん!? へー、児童会長やってんだねー』


 『めぐ、岩瀬さんのこと知ってたの?』


 『当り前じゃない、児童数もそんなに多くないんだし。お兄ちゃんみたいに同じクラスの人としか遊ばない方がおかしいんだよ』


 めぐは本当に僕には辛らつだ。

 何か僕はショックを受けて、優美ちゃんにスマホを渡した。

 

 

 

 

 しばらくすると、オグちゃんの運転するマイクロバスが、また南小学校にやってきた。


 「お待たせー! カレーはもう出来てるぞ、着いたらすぐいただきますしような!」


 オグちゃんが元気よく残った小学生たちに声を掛ける。


 「じゃあ、4年生と5年生の半分、1班から4班の人はマイクロバスに乗って下さい」


 優美ちゃんの指示で4年生たちがマイクロバスに乗り込む。

 

 「あ、そうそう、児童会長さん、登校してない子に連絡取ってるんだよな? もし今日の晩飯が困るって子がいるなら、南小学校に集まるように言ってくれ」


 「三郷中学校じゃなくてですか?」


 「ああ。低学年の子たちだと、三郷中まで来るのが大変って子もいるだろうし、下手したら場所だって知らないってこともあるからな。中学生で何人か、料理できる人に来てもらうから。やっぱり集まってメシ食べた方が心強いと思うんだ。

 もし低学年の子より小さい兄妹がいて南小学校まで来るのが大変って子がいたら、後で中学生が迎えに行くから家に居るように伝えてくれ」


 「小倉さんが一人でですか?」


 「いやいや、他にも運転するって奴が何人かいるから。安全運転は厳守げんしゅさせるから大丈夫」


 「わかりました、伝えておきます」

 

 「岩瀬さん、僕残らなくて大丈夫?」


 僕は心配になって優美ちゃんに聞いた。


 「大丈夫ですよ、池田さん。めぐちゃんにも伝えましたし、さっき中川くんに低学年の子で登校していない子の名前も全部聞きましたから。池田さん達中学生に任せるより私たちでやった方が、低学年の子たちも安心すると思います。

 それに池田さんと小倉さんが来てくれて、本当に勇気づけられました。ありがとうございました」


 気丈にそう言う優美ちゃん。

 何だろう、女の子の方がこういう時は強いのかな。


 「心配すんなって、兄ちゃん。会長には俺達がついてるんだから。任せとけ」


 最初に優美ちゃんの言葉を聞いて賛同したやんちゃそうな男の子がそう言った。


 「岩田くん、あんまり調子に乗っちゃダメだからね」


 優美ちゃんがやんちゃそうな男の子、岩田くんをそう言ってたしなめる。


 「わかってるよー会長。ちゃんと指示に従うからさ。兄ちゃん、俺達の分のカレー、ちゃんと取っといてな」


 「わかった、岩田くん、頑張れよ」


 僕はそう言ってオグちゃんと一緒にマイクロバスに乗った。




 マイクロバスの中で、僕はオグちゃんの話を聞いた。


 オグちゃんは1便で三郷中学に戻った時に、小学生たちを迎えに来たゆうちゃんと、生徒会長の竹本拓也くんにオグちゃんが知ってる限りのこの異変のことを話したそうだ。

 ゆうちゃんは凄くショックを受けていたみたいだけど、生徒会長の竹本くんは薄々知っていたのかむしろ張り切っていたそうだ。


 「アイツんはでっかい温泉旅館で、アイツは次男坊で甘やかされて育ったからショックだと思ったんだけどな。何か意外と平気っつーか、何かすげーノリノリで、取り巻きの石川なんかと一緒に積極的に指示出してたぞ」


 そんな竹本くんの指示で、南小学校に向かった僕達みたいに、東小学校に小学生を迎えに行ったらしい。


 「何か自分ちの送迎車を使えって言って、張り切って出て行っちまったけど、いいのかね、会長が中学を空けちまって」


 オグちゃんは随分MT車の運転に慣れたようで、ギアの入れ替えもスムースだし、こうして話しながら運転もできている。


 「オグちゃんに対抗しようとしてるんじゃないの?」


 「確かにアイツんの親父は町会議員だし、爺さんは町長も務めた東部地区の名士だからな。うち南部地域とは対立してもおかしかないけど、まさかこの事態でそこまで子供っぽくはないだろ」


 いや、どうだろう。

 僕もそんなに生徒会に詳しい訳じゃないけど、全校集会の時の話し方とか聞いてると、何か軽薄な感じがあったんだよな。


 「他の生徒会の役員は? ゆうちゃんしかいないの?」


 「副会長のしゅーへーちゃんは、家が北部だからな……」


 「あ、そっか……」


 三郷町の山間地域である北部。獅子が見ししがみ山の麓に集落が点々と散在している広大な地域だけど、三郷町の中心からは遠いため小中学生は町の運行するスクールバスで学校に通っている。

 北部の一番端の集落をスクールバスが出発するのは7時20分。その後集落を順繰りに回って三郷中学着が8時10分、東小学校着が8時15分だ。

 既にスクールバスの出発前には異変が起こっていたから、今日は北部の児童、生徒は学校に来れていない。

 

 「北部の子たちも、どうしてるかな……」


 「まあ、大丈夫だろ。そんな急に食べるものすぐ無くなったりはしないし」


 「でも、状況がわからないと不安なまんまだよ?」

 

 「ゆうちゃんには、しゅーへーちゃんトコに電話して連絡取って欲しいって言っといたから大丈夫だって。それに後で様子見に行けばいいだろ?」


 「まあ、そうだけどさ……でも、オグちゃんには僕の手伝いもして欲しいんだよな」


 「何だよ?」


 僕は保育園の子や保育園未満の乳幼児を保護しないといけないことを話した。

 僕の話を聞いたオグちゃんは「そうか! そうだよな! それは急がないとだめだ!」と言って、アクセルをググっと踏み込んだ。


 「オグちゃん、落ち着いて! 焦りは禁物だよ! 小学生を乗せてるんだからさ!」


 僕はそう言うしかできなかった。

 僕は、僕が思っている以上に無力なんだな……

 

 


 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る