第17話 砂の形見




 「翔太、学校行く前にちょっとだけ、家に寄ってもいいか?」


 ミニバンを運転しながらオグちゃんが言う。

 タダシくんの運転に比べると、乗り心地と安心感はオグちゃんの方が断然上だ。


 「いい、けど……」


 オグちゃんは、まだ自分の家族が残した砂を見ていない。


 「兄貴の持ってるブルーハーツのCD、持って行きたいんだ学校に。4チャンのYouTuber気取り野郎、調子に乗ってるなって思ったけど、あの曲は、なんつーか……今の俺達に必要な気がするんだ」


 うん、僕も正直あの放送を見た時は、彼が浮かれてて、見ていて恥ずかしくなった。

 あの曲は、すごく荒々しくて下品で、昨日までの時代にはそぐわない。

 けど、15歳以下の人間しか残っていないこれから先の僕達にとっては、あの野蛮やばんなのに優しさを感じるエネルギーが何よりも必要だというのは僕も同感だった。

 車の時計は9:21を表示している。

 いつもだったら1限目の途中の時間で、大遅刻だ。


 「いいよ、どうせ遅刻だし」


 「もう、時間割も関係ないからな」


 「あ、でもオグちゃん家に行く前にちょっとだけ僕の家にも寄って」

 

 僕はオグちゃんにそう頼んだ。

 

 「ああ、いいぜ」


 オグちゃんは了解してくれた。


 僕を下ろしてオグちゃんには先にミニバンで自分の家に行ってもらった。

 僕が少しだけ時間が欲しいなと思ったのと、オグちゃんにもちょっぴり時間があった方がいいと思ったからだ。

 オグちゃんも、多分お兄さんのCDにかこつけて僕と同じことを考えてるんじゃないか、そう思ったから。

 僕が家で用事を済ませたら、自転車でオグちゃん家まで行き合流することにした。


 


 めぐの奴は、学校に行く時にきっちり鍵をかけて行ったらしく、玄関は開かなかった。

 僕は母さんの趣味のガーデニングの鉢の下から置き鍵を取り出し、玄関の鍵を開け、中に入る。


 リビングダイニングに行き、めぐの奴がテーブルの上に置いて行った母さんのスマホをポケットに入れる。

 タダシくんの推測だと、いつか電気供給が止まればスマホは使えなくなる。

 けど、まだしばらくは使えるだろう。

 残った唯一の家族であるめぐと、連絡はいつでも取れるようにしておきたい。

 学校に行ったらめぐに渡さなければ。


 そして、キッチンの裏に回る。

 母さんだった砂は、当たり前だけどまだ床の上にあった。

 

 キメ細かい砂が家の床に積もっている光景は異様なんだけど、母さんの物言わぬ体がそこに横たわっている訳ではない。だから不可思議ではあるけれど、母さんが死んだという感覚ではない。

 死んだという感覚ではないのだけれど、けど……僕たちの前からは、消え失せてしまったのだ。

 床にひざをついて、その砂を手で握ってみる。

 すごくキメが細かくて、指の間からさらさらとこぼれ落ちる。手にもこびりつくようなことはない。

 実際どうなのかわからないけれど、母さんの体が変化したものなのだとしたら、まめまめしく色々なことに気づくその心の様に細やかだ、って思った。

 涙は、もう出なかった。

 父さんの砂を畑で見つけた時に、もう十分泣いていたから。


 僕はその砂の一部を、キッチンの引き出しに入っていた小分け用のジップロックに入れた。

 

 おばあちゃんの部屋に行き、おばあちゃんのベッドの上に残った砂も、ジップロックの小分け袋に入れる。

 おばあちゃんの砂は、きめ細かいけれどざらざらしている。

 おじいちゃんを早くに亡くし、女手一つで父さんを育て上げた芯の強さの形なのかも知れない。

 

 その後自分の部屋に行き、使わなくなった小物を入れておいたはとサブレの金属缶を開け、中をかき回す。

 あった。

 保育園から小学校低学年まで使っていた小物入れ。

 小物を落としたりしないように、おばあちゃんが青色の毛糸で編んで作ってくれたんだ。首から掛けられる長いひもがついている。

 小さい頃は首から掛けるとおへその下あたりでぶらんぶらんしていたけど、今は胸のくぼみの辺りに届くかどうか。

 その小物入れの中に、母さん、おばあちゃんの砂が入ったジップロックの小分け袋を入れた。


 その後、畑に行って父さんの砂も小分け袋に入れる。

 父さんの砂も、おばあちゃんの砂に似て、ざらざらしている。

 でも、おばあちゃんの砂の粒よりも少し粒が大きい気がする。力強さかも知れない。

 僕もこの世から消えて砂になってしまうのだとしたら、親子だから父さんの砂みたいな感じになるのかな?

 そんなことを考えながら、小物入れにジップロックを入れ、首に掛けた。

 ジャージの中に入れてお守りみたいに掛ける。


 気休めかもだけど、父さん母さんおばあちゃんが僕と一緒に居てくれる気がした。


 

 自転車に乗ってオグちゃんの家に向かう。

 玄関に鍵を掛ける前に、何となく中に向かって「行ってきます」と声を掛けた。

 習慣しゅうかんって、なかなか抜けない。

 でも、今までの日常、それを忘れないためにも大事な事のように思えた。



 ないと君たちの家のある新興しんこう住宅地の前を通りオグちゃんの家へ。

 ないと君たちの家は、ほとんど焼けてくずれ落ちていた。

 所々に黒く焼け残った柱が、オレンジの火種ひだねをはらんで白く煙を上げている。

 他の住宅に飛び火しなかったのは幸いだ。

 風があまり強く吹いていなかったことと、新興しんこう住宅地の一軒いっけん一軒の間隔が広く取られていたのも幸いした。


 でも、ないと君たちは帰る家を失ってしまった。

 二人の両親も、多分砂になってしまって焼け跡の中で灰と混ざってしまっているのだろう。

 ないと君たちに、どう言ったらいいだろう?

 あるいは亜美さんが、上手く説明してくれているだろうか?

 そうであって欲しい。



 オグちゃんの家に着くとミニバンはなく、オグちゃんの家の軽トラの荷台にオグちゃんが何か荷物を積んでいた。

 

 「オグちゃん、お待たせ」


 「おう、翔太、もういいのか?」


 「うん、とりあえず用は足せたよ。ミニバンは?」


 「うちの畑。何か色々運ぶのに軽トラの方が便利だと思ってな、ミニバンで畑まで行って代わりに軽トラを取ってきた」


 離れた畑まで行ったってことは、オグちゃんも両親の砂を見たってことだ。

 オグちゃんが積んでる荷物を見ると、野菜だ。

 じゃがいも、にんじん、玉ねぎ……


 「オグちゃん……」


 「……軽トラの近くに、砂の山が2つあったさ。どっちがどっちなのか判らないって思ってたけど、父ちゃんの方はスマホとメガネが残ってたよ。母ちゃんも、良く探したら結婚指輪があった。スマホは持ち歩かなかったみたいでな」

 

 オグちゃんはサラっと明るくそう言った。

 でも、そう言ったオグちゃんの目は、赤く充血していた。


 「……飛び地の畑から戻って、裏の畑の兄貴んとこも見に行った。兄貴の乗ってた軽トラのエンジンがかけっ放しだったから、切って来たよ。翔太、悪いけど、積むの手伝ってもらえるか」

 

 「……うん」


 僕はコンテナに入った玉ねぎを軽トラに乗せる。


 「あれだな、所々で道に放置されたまんまの車、きちんと端に寄せてエンジン切らないと、道が通りづらくなるしガソリンも勿体もったいねーよな」


 「……うん」


 「兄貴の家にCD取りに行ったら、姉さんもリビングの敷物しきものの上で砂になってた……お腹の命も一緒に砂になってたみてーだわ。何だろうな、どういう基準きじゅんなんだろうな? まあまだ胎児たいじだっただろうから未熟児みじゅくじだっただろうけど、俺達じゃどうしようもないんだろうけど、生き残って欲しかったんだよな、俺」


 「オグちゃん、もういいよ、無理に話さなくても……」


 「うん、何か独り言みてーなもんだけど、翔太には迷惑だったかも知れねーけど、聞いて欲しかったんだ。

 つっても、もう全部言っちまったけどな、ありがとな、翔太」


 「……オグちゃん、無理しないで休んでいいよ、そうしなよ……」


 「いや、何かやってた方が気がまぎれるんだよ。貧乏性びんぼうしょうなのかもな。

 まあ、これだって単なるお節介になるかも知れねーけどさ、給食センターの人たちも砂になってるんだったら、給食なんて出ないだろ? 各自家に戻って食うとかってなるかもだけど、料理作ったことある奴ばっかりとは限らねーから、家に材料あっても途方に暮れるかも知れないしさ。……カレーだったら、細かい分量とか気にせずに沢山作れるから皆で食べるにはいいだろうって思ってな」


 オグちゃん、自分もショックだったろうに、そんなところまで気が回るんだ。

 やっぱりオグちゃんはすごい。

 僕らのキャプテンだ。


 「じゃあ、行こうぜ翔太。あ、後で車の運転の仕方、翔太にも教えるからな」

 

 そう言ってオグちゃんは軽トラに乗り込んだ。

 僕も助手席に乗り込んだ。

 そして、オグちゃんの運転する様子をしっかり観察しようと思った。







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