#033_戦いの理由
「だ、大魔王?」
黒ゴスロリの少女はそう名乗った。
魔王とは、隣国ベルディアを亡国とした魔王軍の首魁であり、そして俺たちが異世界召喚されることとなった元凶でもある。
そして彼女は、自らを大魔王と名乗った。
「大魔王って、つまり、魔王……」
「いいや、大魔王じゃ!」
「はぁ……」
「魔王は
彼女がぱちんと指鳴らすと、再び欄干の上に人影が現れた。
2mを超えるかという巨大な体躯に、
だが、獣人ではない。
顔が獣のそれだからだ。ネコ科、おそらく豹。
人獣だ。
「お呼びでしょうか」
低く、落ち着きのある声音。
少女を見つめるその瞳も、明らかな凶暴性を見せる肉体からは考えられないほど物静かだ。
「ほれ、因縁の勇者じゃ。挨拶せい」
くい、と少女に顎で示され、俺は人獣と対峙する。
じっと見つめられ、身体が強張った。
こ、怖い。ていうかでかい。威圧感がありすぎる。
「召喚勇者とお見受けする。初めまして」
「あっ、はっ、初めまして。柳幹人です……」
不意に差し出された手を、反射的に握ってしまう。
尖った爪……とふさふさの体毛、に埋まる柔らかい肉球。
猫の肉球だ。
「私は魔王だ。先の闘い、素晴らしかった。命の燃やし方を学んだよ」
「あ、はい、どうも……?」
先の戦いって、あの魔物との戦いのことだよな?
見られてたってこと? 魔王に? なんで?
ていうかこの魔王は、ベルディア王国を滅ぼした魔王なの?
俺たちが異世界召喚されることになった元凶の?
湧き出る疑問を口にする前に、大魔王少女が魔王の言葉を肯定する。
「うむ、本当によい闘いじゃった。火を吹くような死闘。命を燃やす生き様と、死に際の煌めき。いやはや、あの魔物を苦労して作った甲斐があったわ」
「……え?」
魔物を、作った?
どういうことだ?
この大魔王が、あのゴブリンの魔物を作ったって?
それってどういう……?
「おお、そうじゃ。お主が寝ているあいだに祝勝会の準備をさせておったのじゃ。よし、いくぞ」
そう少女が言うや否や、世界が切り替わる。
高級宿のバルコニーから、豪奢な内装の大広間へ。
瞬間移動。以前、ティーが旧王城からリリン村へと跳んだときと同じだ。
だけど、ここはどこだ?
それを訊こうとしたが、俺の周りにはティーも大魔王もいなくなっていた。
大魔王については、探すまでもなく見つけられたが。
大広間には、豪勢な料理が並べられたロングテーブルがいくつも配置されている。立食形式のビュッフェといったところか。参加者も大勢いる。
彼女はそのうちの一つ、またも行儀悪くテーブルに登っており、
「みなのもの、待たせたな。宴を始めるぞ!」
などと叫び散らしていた。
彼女の言葉に周囲の人々が反応を見せ、ある者は同じように叫び散らし、ある者は食事を酒を喰らい始めた。
……いや、違う、ヒトじゃない!
この広間にいるのは、見渡す限り、異形。
人獣や類人種、よくわからない種族も多数。おそらく魔物だ。それこそ俺の戦ったゴブリンの魔物に似た個体も、それ以上にでかい個体もわんさといる。
思わず身構えてしまったが……その必要はないと、すぐにわかる。
全員、ドレスコードを守っていたからだ。スーツにドレス、装飾品。まるでヒトのように着飾り、食事を楽しみ、そして大魔王を讃えている。
旧王城でのパーティを思い出す。召喚後、不安に駆られていた俺たちからの信用を得るために実施された盛大な食事会。
貴族社会には秩序があり、それはその社会に属する者がルールを守ることで保たれていた。
ドレスコードも、そのルールの一つだ。
それを守っているということは、彼らには理性があるということだ。だからこの魔物たちはあの魔物のように襲いかかってはこない……はず。
「すまないな、勇者ミキヒト。大魔王様はいつも唐突なんだ」
声のほうへ振り返ると、そこには魔王がいた。
そこで気づいたが、俺も学校ジャージからスーツへと着替えていた。いつの間に……瞬間移動のときか?
「あ、えっと、まぁ、ティーもだいたい唐突なんで、慣れてるというか……」
「精霊とはそういう生き物なのだろうな。……さて」
魔王は両手に持っていたワイングラス、そのうち一つを俺に渡してくる。
「訊きたいことがあるんだろう?」
「えっ……」
「私が知っている限りでよければ、答えよう」
その言葉に甘えて、よいのだろうか。
なにを、なにから訊くべきだろう。
訊きたいことはたくさんあって、だからこそ整理がついていない。
でも、まず訊きたいと思うことは、これだ。
「……あの魔物、俺が倒した魔物は、その……大魔王が作ったって、本当ですか?」
「本当だ」
「な、なんのために?」
「君と闘わせるため」
待ってくれ。
訳がわからない。
「どうして、そんなこと……」
「闘争が見たい、というのが大魔王様の望みだ」
闘争。闘い。
闘いが見たい? どういう意味だ?
スポーツ観戦がしたいとか、そんな意味か?
「そんな、それだけの理由で、あの魔物を?」
「そうだ。それに、あの魔物だけではない。ここにいる全員がそうだ、私も含めてな」
魔王は見回す。
肉を喰らい、酒を飲み、大魔王を讃える魔物たち。
「大魔王様は闘争が見たいと言った。血湧き肉躍るような闘いが見たいと。だから
「この国……?」
「ああ、まだ言ってなかったか」
魔王は広間の端、大窓へと近づいた。
俺はそのあとを追い、バルコニーへと出る。
目下は庭園だった。管理された緑が茂り、噴水からは水が吹き出し、城下を見据える巨大な像が立っている。
そしてその外。
広がる城下の街並みは。
「……な」
壊れていた、すべてが。
黒く
ヒトの気配は、まるでない。
死んだ街。
その光景を俺に見せて、魔王は答える。
「ここは人間国ベルディア、その王城だ」
「っ!?」
ベルディア王国。
俺たちが召喚されたクレマリオ王国の隣に位置する人間族の国。
この国が滅ぼされたから、俺たちは異世界に召喚された。
つまり、やはりこの人は、俺たちが召喚される元凶となった魔王……!
「私たちは大魔王様の
闘いが見たいと。
ただ、それだけで。
たったそれだけの理由で、一つの国を滅ぼした……?
しかも、そのうえ、それで満足しなかったと?
「満足できなかったからといって、諦めるような御方ではない。当然、次の標的を探し始めた」
魔王は視線を遠くへ向ける。
その方角になにがあるのか、なんという国があるのか、俺は察してしまった。
「そして望む強者が見つかる前に……君たちが現れた」
「……召喚勇者」
「そう。予想外の出来事に、大魔王様はたいそうお喜びになったよ。彼らが育つまで、私の相手に足る強者となるまで、殺さずに待つことを決心なされた」
魔王はグラスを傾けた。
血のように紅い液体を口に含み、香り、飲み下す。
「……だが、さらに予想外の、予想を上回る出来事が起こった」
「それは……」
「わかるだろう? 君だよ、ミキヒト」
魔王は視線を俺へと移す。
瞳孔の細い獣の眼で、俺を見据える。
「君が、眠れる精霊を呼び起こした。そして魔術を学び、優れた魔術師と出会い、力を得た」
「だから……あの魔物を」
「あれは言わば小手調べだ。私が挑むに足り得るか、あるいは私に挑むに足るほどの
あれが、あれで、小手調べ。
……いや、それは、別にいい。
小手調べ程度の相手に死にかけたことは問題じゃない。
大魔王に目をつけられていたことも、別にかまわない。
最初からスローライフなんて夢が叶わないかもってことも、覚悟はしていた。
だけど……。
「……全部、俺のせいだったんだ」
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