#023_物質の情報化と復元
ゴブリンの目撃情報の増加。
それに反して、いまだ見つからない集落。
レイモンドさんは頭を悩ませていた。
彼はリリン村のまとめ役。村の警備などを主導してる立場にある。
森のそばに位置するリリン村にとって、森の異変は村の危険に直結する事案だ。村人を安心させるため、一刻も早く目撃情報増加の原因を突き止めたいのだろう。
「そんなに悩まなくてもいいんじゃねえの? 見つかるまで調査すりゃあいいだけの話だろ」
一方、アーセルさんはそんな呑気なことを言う。
「それよか肉だ。とっとと持って帰ってみんなに配ろうぜ」
「ああ、そうだな。そうしよう」
アーセルさんの言う通りだ。わからないことを考えたって仕方ない。
ほかの村との連携もできるし、いざとなったら冒険者ギルドにも頼れる。まだまだ打てる手は残ってるんだ。
「ミキヒト、アレやってくれ」
ちょいちょい、と俺が倒したオークを指差すアーセルさん。
「ああ、はいはい」
彼の言いたいことを察した俺は、腰の後ろにつけていたウエストポーチからスクロールを取り出した。
スクロールとは、魔術式を記述した布などの総称だ。持ち運び重視なら布や紙、耐久度重視なら木札や石板などが使われたりする。
布がよれて魔術式が乱れていると起動しないときがあるので、俺はスクロールをぴんと張って持ち、音声入力で起動する。
「《術式展開:
ぶわっ、と術式から赤い光の円盤が飛び出した。
この円盤は俺の意のままに操ることができ、その円面に触れたモノが術式効果の対象物となる。
俺はその円の動径を広げ、オークの死体の真上へ移動させた。
「《
そう唱えてから、円盤をゆっくりと下方に動かす。
すると、円盤の上に、赤い光の文字が記述され始めた。
これは円面に触れた対象物の
円面がオークの身体に触れると、記述される解析情報の情報量が跳ね上がった。当然、気体より液体・固体のほうが情報量が多いからである。それが生物の身体ともなると、原子の種類や構造情報、肉体としての形状情報など、その解析量は計り知れない。
円面がオークの死体を通り過ぎて地面に触れたのを確認して、俺はコマンド入力する。
「《術式拡張:
ふっ、と赤い円盤が消える。
と同時に、オークの死体も消え去った。死体だけでなく、円面が触れていた地面までもが、綺麗な円形に掘られたように消失している。目には見えないが、円面に触れた空気の原子も消えたことだろう。
森に死体を残しておくと、腐れば悪臭のもとに、そうでなくても森の住人の食糧となってしまう。熊などの獣ならまだいいが、類人種の食糧となるのは避けたいところ。目撃情報の増えているゴブリンの糧になってしまうなどもってのほかだ。
だから狩った獲物は持ち帰るなり燃やすなり、その場に残さない必要がある。
それを実現するのが
光文字で記述されていた解析情報が消え始め、代わりに銅の円盤が生成される。
銅板には目視困難なほど精密な刻印が施されており、光文字が消えるたびに、その刻印が増えていく。すべての
光文字は術式を起動し続けてないと消えてしまうが、銅板という物質に書き込んでしまえば、術式を解除してもその情報は消失しない。
魔術における物質とは、術式によって作り出されるが術式には依存しない、という強い独立性を持つ情報媒体なのだ。
「これがオークだってんだから、驚きだよなあ」
銅板をひょいと拾い上げ、自分のバックパックに入れるアーセルさん。荷物持ちのいないこのパーティでは、後方支援のアーセルさんがその役割を請け負っている。
「今日の狩りは終わりにしようぜ、リーダー」
アーセルさんの提案に、レイモンドさんは頷く。
「狩りのつもりじゃなかったんだが、そうだな。もう戻るか」
俺はもう一匹のオークも銅板化して、アーセルさんが回収。
レイモンドさんたちが倒したゴブリン三匹は討伐証明となる右耳だけを刈り取り、死体は魔力海に還元することで処理。
オーク二匹という充分な成果を手に、俺たちは村に戻ることにした。
***
集会所の裏手、いつもの空き地に人集りができていた。
集まった村人たちの目的は、俺たちの持ち帰ったオーク肉である。
「ミキヒト、ほれ」
アーセルさんが銅板二枚と、集会所に保管されていたスクロールを投げて寄越した。
スクロールには
「ほら、ちょっと離れろ」
レイモンドさんとダグラスさんが人集りを散らして、最低限のスペースを確保してくれた。
俺はスクロールを広げて足元に広げ、その上に銅板を一枚重ねて置き、それらの術式を起動する。
「《術式展開:
そう音声入力すると、銅板の上にゲームの体力ゲージのような表示が現れた。
ホログラムのような光で表されたそれは、銅板に刻印された情報をどれくらい読み込んだかを表すパーセントゲージだ。あっという間に緑の光で満たされ、『100%』の文字をを示す。
「《
そう唱えると、今度は赤い光の円盤が出現した。
俺の意志で自在に動くそれを、レイモンドさんたちが確保してくれたスペースの地面に配置して、
「《
そう唱えた瞬間、そこにはオークの死体が出現した。森で
そして復元された対象物のそばに《
同じ手順で銅板二枚目も復元し、オーク二匹が広場に並ぶ。
貴重なタンパク源を前に、村人たちは歓喜の声をあげた。オーク二匹分ともなれば、村の子供たちに行き渡るくらいの量にはなるだろう。
暇してた冒険者たちが大刀を手に、オークの解体を始める。
その光景を眺めながら、俺は足元のスクロールを回収した。
そして
これらは「アイテムボックスがほしい」という俺のワガママから生まれた術式である。
異世界モノによくあるアイテムボックス。亜空間収納カバン。四次元ポケット。それらをどうにか作ろうとしてできあがったのが……まったくアイテムボックスじゃないこの二つの術式だった。
そもそもアイテムボックスとは、所持品をまとめて持ち歩くための便利グッズのようなものだ。大きなモノ、たくさんあるモノを携帯できればそれでいい。
つまり要件定義するなら『所持品を携帯化できる術式』。
そう考えると、空間干渉は必須でないことがわかる。
というかそもそも収納スペースの開発にこだわらなくてもいい。収納物を小型化するという方法だってあるのだ。
そう考えてたどり着いたのが『収納物の構成情報を文字列して物理的な情報媒体に保存する』という構想だった。収納物という三次元情報体を高次元の収納スペースの保管するのではなく、むしろ収納物のほうを文字列という低次元に変換して保管するという逆転の発想。それはあらゆる情報をゼロとイチで表すデジタルデータとして保管するというあっちの世界のアイデアに近い。この術式開発において、俺が唯一、役に立った部分である。
ただ、この術式を使えるのは、いまのところ俺しかない。
指定領域の精密な
便利な術式効果であることは確かなので、
「術式、どうだった?」
後ろから声がかかる。
リースだ。いつもの日課を終えて戻ってきたのだろう。
「よかったよ。オークの打撃を完封だったし、動作支援も許容の範囲内」
「動作支援のエネルギー上限量、もうちょっとあげていい? あと、いくつか新機能をつけたい」
「上限はいいけど、新機能も? 術式の刻印面積、足りないんじゃない?」
「足りないなら、増やすまで」
「増やすって、装甲を重ねて厚くするってこと?」
「それでもいいけど、それじゃないほうでもいい」
「! ってことは……」
「ようやく、
「ぜひ! ぜひお願いします!」
「わかった。じゃあさっそく今日から取りかかろう」
「楽しみになってきたぁ!」
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