#020_魔力
リースは家族と死別していた。
異世界からきた俺も、もう会えないって意味では死別と一緒だ。
じゃあ、ティーは?
「……ティーにも、家族とかいるのかな」
「それはどうだろ」
俺の呟きに、リースが応えた。
ただの相槌というよりは、純粋な疑問からくる言葉のようだ。
「なにか知ってることあるの?」
「そもそもの話、精霊っていう生命体に、生物学的な意味での親が存在するのかが怪しいから」
生物学的……。
「精霊って、生物なの? ……いや、なんか変な質問したかも」
「言いたいことはわかるよ。精霊は、私たち通常の生物とはあまりにかけ離れてる」
一通りの水やりを終えたのか、リースは裏口のそばにあった椅子に腰かけた。
俺はその隣に座る。
「大地を空を海を作り、生物すら作り出した万物の創造主。肉体を持たず、それゆえ滅びることのない不老不死。人々に試練と栄光をもたらす
神の如き。
ティーのすごい部分を見てる限り、そう言われても違和感なく納得できてしまう。
「精霊についての文献っていうのは意外に多い。……けど、その数とは裏腹に、精霊の生態について記述されてる文献は極端に減る」
「減るって、なんで?」
「精霊について書かれてる文献のほとんどが、宗教書だから」
「ああ、そういう……」
「主観なしの研究書もあるにはあるけど、どれもこれも核心には迫ってない。直近でまともな記載があったのは、魔術連合時代の研究書かな。私もいくつか読んだけど」
「魔術連合ってことは、ティーの話?」
「うん、そうなるね。でも、精霊と直接的に接触できてた魔術連合でさえ、精霊についての研究っていうのはあまりできなかったみたい。そもそも精霊じゃなくて魔術の研究をするために結成された組織だったし、当然と言えば当然だけど」
「あー、それもあるだろうけど」と俺は思ったことを口にする。「そもそもティーが情報を安売りするとは思えないんだよな。魔術を授けるって目的にそぐわないことに関しては協力してくれなさそう」
「たしかに」
とリースは共感してくれる。
「とにかく、精霊についての研究は、大昔からやってるにしてはまったく進展してないんだよ。だから、いまでもほとんどの生態はわからないまま」
「なるほど。……ん? でも、リースはさっき、精霊には生物学的に親がいないみたいなこと言ってなかった? 生態がわからないなら、生物学的なことってなにもわかってないんじゃ……」
「そうだよ。精霊の生物学的側面についてはなにもわかってない。ただ、わからないならわからないなりに、いくつかの考察は生まれてるって話」
考察か。
たしかに、いま判明してることがわずかであっても、いろいろ考察を広げることはできる。
俺のもといた世界だって、たとえば宇宙について観測できることがすこししかなくても、いろんな仮説があったもんな。
「もっとも支持されてるのは、魔力学的魂源論」
「まりょくがく? こんげん?」
聞き慣れない言葉をオウム返しすると、リースはざっくりとした説明をしてくれる。
「魔力学は、あらゆる事象を魔力という側面から考察する学問のこと。そして魂源は、魂のこと。つまり魔力学的魂源は、魔力的側面から考察される魂のことだね。ヒト種の魂も本質は同じだって言われてて、ヒト種と精霊の違いは肉体の有無だけである、っていうのが魔力学的魂源論」
「……そもそもの話、訊いていい?」
「どうぞ」
「魂って、なに?」
ティーの話にもちょいちょい出てきてたけど、そのときは重要じゃなさそうだったからスルーしてた。
ティーに直接訊いても取り合ってくれない可能性があるし、リースから聞けるなら聞いときたい。
「結論から言うと、魂は魔力だよ」
「……なるほど?」
「これをきちんと説明するには、まず、魔力に関しての正しい理解が必要になる。ミキヒトは魔力ってなにか知ってる? どこにどういうふうに存在してるか」
「……魔術とか魔法を使うために必要なエネルギーで、人間の肉体に流れてる」
「違う」
リースはばっさり切り捨てた。
「それはよくある勘違い。たしかに魔力切れなんて言葉があるし、ヒト種が肉体に特殊なエネルギーを内包していて、それを魔術・魔法行使のたびに消費していくっていうイメージは正しく思えるかもしれない。実際、魔術師じゃない一般人のほとんどはそういう理解をしてるんだと思う」
一般人のほとんどっていうか、旧王城でそう習ったんだけど……。
そう言い訳をする前に、リースは魔力の説明を始めてしまう。
「けど、本当の魔力っていうのは、エネルギー形態の一種で、空間中すべてに存在してるって言われてる」
エネルギーというのは、エネルギーそのものとしては存在し得ない。必ずなにかしらの形態を取って存在している。
エネルギー形態というのは、エネルギーが取り得る形のことだ。一般的な形態で言えば、運動エネルギーや熱エネルギー、光や電気などがある。魔力学的には、物質もエネルギー形態の一種であると考えるらしい。こっちの世界で対生成・対消滅っていう現象が認知されてるのかはわからないが、そういった意味では物質はエネルギーであると見做してもよいだろう。
そして魔力とは、そういったエネルギー形態の一種である。魔力という形態を取っているエネルギー、と表現してもいいだろう。
「じゃあ次、その魔力エネルギーがどこに、どういうふうに存在してるのか」
魔力とは、空間中すべてに存在しているのだという。
リースいわく、一番近いイメージは水だ。水槽内の空間はすべて水で満たされていて、俺たちはそんな水槽の中に生きている魚である、と。それと同じように、俺たちの生きる空間は、目に見えない感じることもできないが、魔力で満たされているのである。
「この在り方になぞらえて、魔力エネルギー形態のことを魔力海と呼ぶ学者もいる」
ただ、水と異なる点が一つ。それは、魔力は物質と重なり合って存在できる点だ。
魔力に限らず、エネルギーは重なり合って存在することができる。物質には熱エネルギーと運動エネルギーが同時に宿ることができるし、そもそも物質自体もエネルギーなので、熱・運動・質量エネルギーが重なり合って存在してると言えるだろう。
これと同じように、物質があっても魔力は存在することができる。水のように、物質に押しのけられて存在できない、といった場所はないのである。
「つまるところ、魔力が存在しない場所はない。私たちの身体にも重なって存在してるし、そこらの石にも、空気にも、逆になにもない真空中にも存在してる。ただ、魔力はかなり安定したエネルギーらしく、私たちの日常生活に影響を及ぼすことは、魔術以外ではほとんどない。だから間違った認識が広まってるんだと思う」
「うん、なんとなくわかった。……でも、そうだとすると、じゃあ魔力切れってどういう現象なの?」
俺の知ってる魔力切れというのは単純、人間が持ってる魔力が尽きることだ。
けどさっきの話からすると、魔力というのは空間中に広く存在しているんだろう。そんな魔力が切れるなんてこと起こるのか? もし魔力を使い切って魔力海が干上がってしまったら、術を使っていた人だけじゃなくて、そこにいるすべての人が魔力切れを起こしてしまうんじゃないだろうか?
「いや、そうはならない。魔力海は使い切ることができないほどにたくさんのエネルギーを秘めてる、と考えられてる」
「だったら、魔力切れってなに?」
「魔力切れの正しい名称は魂源疲労。魂が肉体みたいに疲弊することで、扱えるエネルギー量が減少することを指してる」
魔法や魔術を使えば、任意の現象を引き起こすことができる。ここで言う任意の現象とは、エネルギーの移動や変換のことだ(エネルギーの移動も変換も行わない術式も存在するが、ここでは議論しない)。
魔術や魔法では、物体Aから物体Bへ熱エネルギーを移動させたり、魔力エネルギーを運動エネルギーに変換して物体に与えたりすることにより、任意の現象を引き起こしている。
では、この移動や変換を行っている器官はなにか。
それがいわゆる魂と呼ばれているモノである。
人間が手で物体を掴んで移動させるように、魔術では魂が魔力エネルギーを運動エネルギーに変換して物体に与えている、というのが一般的に説かれてる魔力学的現象論であるらしい。
人間が物質に干渉できるのは肉体が物質でできているから。それと同様に、魔法や魔術でエネルギーに干渉できるのは魂が
厳密性を欠く表現となるが、魂で物体を掴んで移動させるようなもの、とリースは説明してくれた。
「魔法・魔術における実質的なエネルギーの移動・変換は魂によって行われてる。手を伸ばすみたいに、魂を伸ばして対象に触れて、エネルギーを与えたり奪ったりする。これはもちろん無尽蔵に行えるわけじゃなくて、多くのエネルギーを移動・変換すれば、それだけ魂にも疲労が溜まるとされている。身体と同じようにね」
「じゃあ魔力切れっていうのは、魔力が尽きたってわけじゃなくて……」
「魂が疲れたから扱えるエネルギー量が減ったってだけ。扱えるエネルギー量が減るっていうのは、見た目で言えばエネルギーがなくなったように見えるから、魔力が切れるなんて言う勘違いをされてるんだと思う」
体力は余っていても、肺活量が足りずにギブアップするようなものか?
ひとまずそれで納得しておく。
「……で、魔力の話に戻るんだけど」
あっ、すみません。俺が関係ない話題ぶちこんだせいで話が逸れてる。
いまは魂の話をする前に、魔力の話をしてるんだった。
「さっきに言った通り、魔力は空間中すべてに存在してる。物質とも重なって存在できるし、なにもない真空中にも存在してる。じゃあ次に考えるべきは、どのような分布で存在してるのか」
海で言うと、深海に近いほうが水圧が高い。つまり縦軸を下方向にいくほど密集して分布=密度が高いということになる。
「魔力にはエネルギー密度の定常化作用っていうのがあって、これが魔力の分布を決定づけてる、とされている」
「……エネルギー保存の法則?」
俺が物理の授業で習った中で一番近そうな意味を持つ言葉を言うと、
「違う」
とリースはまたもばっさり切り捨てた。
「それはエネルギーの総量が保存されるって法則。いま言ったのは、エネルギーの密度を一定に保とうとするっていう魔力の持つ作用。ミキヒトのいた世界には存在しない、あるいは存在するけど発見されてない作用だと思うよ。……ミキヒト、これを」
リースは光線で魔術式を構築する。
俺がそれを起動すると、金属製の箱が二つ生成された。一方の箱Aは空で、もう一方の箱Bは水がなみなみに満たされている。
「問題、この箱Aの体積中に含まれるエネルギーには、どんな形態のものがある?」
「えっと……」
まず、この箱Aの中には空気がある。つまり質量エネルギー。
それと空気は常温、熱を持ってるから熱エネルギー。
俺たちの会話や風の音とかが空気を揺らしてるから、それが箱Aの中まで届いてると考えて、空気の振動エネルギー。
箱の中に光源があるわけじゃないけど、月明かりが箱Aの中へと入射してるから、電磁波エネルギー。
あとは、空間中どこにでも存在してるらしい魔力エネルギー。
「……くらい?」
「まぁ正解。話を単純化するために、ひとまず音と光は除外しよう」
そうすれば、現在、この箱Aの体積中にあるエネルギーは三つだ。
・質量エネルギー(空気)
・熱エネルギー(空気の持つ熱・常温)
・魔力エネルギー
「次、箱Bの内側にあるエネルギーは?」
箱Aの考え方に倣うなら、
・質量エネルギー(水)
・熱エネルギー(水の持つ熱・常温)
・魔力エネルギー
となるはず。空気か水かって違いしかない。
「じゃあ問題。箱Aと箱B、どっちのほうが多くのエネルギーを含んでいると思う?」
「……箱B?」
魔力エネルギーについては説明中なので無視するとする。そうすると、残りの質量エネルギーと熱エネルギーから判断するしかない。
空気と水、どちらの質量エネルギーのほうが大きいか。
……単純に考えて、水のほうだろう。物質としての密度が違う。気体より液体のほうが密度が大きい=同じ体積なら液体のほうが質量も大きい。つまり質量エネルギーも液体のほうが大きい。
熱エネルギーについては、空気と水、どちらも常温であるため、同じくらいだろうと判断した。もしかしたら密度の大きい水のほうが分子の数が多いわけだし、熱エネルギーもより多いのでは……と考えもしたが、どちらにしろ水のほうが大きいという結論に落ち着くため、深くは考えなかった。
よって答えは、水で満たされている鉄箱Bのほうが多くのエネルギーを含んでいる、となる。
「正解……と言いたいところだけど、答えはどちらも同じ量のエネルギーを含む、となる」
「……それが魔力の作用ってやつ?」
「そう。これがエネルギー密度定常化作用」
リースはその作用というのを説明してくれる。
まず質量エネルギーと熱エネルギーについての見積もりだが、これは俺の考え方でおおよそ合っているのだという。水のほうが質量・熱ともにエネルギーが大きい。
そして、そのエネルギー量の差を一定にしようとするのが、魔力の持つエネルギー密度の定常化作用なのだという。
「エネルギー密度定常化作用っていうのは言葉の通り、エネルギー密度を定常化……つまり一定に保とうとする作用のこと」
ここで言うエネルギー密度とは、単位体積あたりに含まれるエネルギー量のことであるらしい。エネルギー形態は問わず、熱でも物質でも含まれるエネルギーはすべて考慮するとのこと。
魔力を除いて考えた場合、箱Aと箱Bでは、箱Bのほうがエネルギー密度が高い。当たり前だ。空気より密度の高い水が入っているからだ。
だが、魔力を含めて考えた場合、箱Aと箱Bのエネルギー密度は同じとなる。
これが魔力の持つエネルギー密度定常化作用である。
「簡単に数値化しよう。熱と質量のエネルギーが、箱Aに30、箱Bに70あったとする。この場合、魔力はどういうふうに動くと思う? 魔力の数値は100とする」
「……箱Aに70、箱Bに30動く。そうすれば合計、箱Aに100、箱Bにも100のエネルギーが含まれることになる」
「正解。そういうふうに、エネルギーの密度を一定にしようと動く作用を、魔力は持ってる」
「んん~……」
「じゃあ次」
納得しかねてる俺を余所に、リースは光線で水生成術式を構築し、箱Aに水を注いだ。
そしてさらにもう一つ術式を構築し、起動。すると、箱Aの水がふつふつと沸き立ってきた。
「この場合の魔力は、どっちが多い?」
箱Aには熱湯の質量エネルギーと熱エネルギー。
箱Bには常温の水の質量エネルギーと熱エネルギーがある。
熱湯と常温水の密度はほとんど変わらないとしていいだろう。つまり質量エネルギーは考慮しなくてよい。
熱エネルギーは言わずもがな、熱湯のほうが高いに決まってる。
つまり、箱Aのほうが箱Bよりも、熱エネルギーの分だけ多くのエネルギーを含んでる。
「だから、エネルギー密度を一定に保つために、魔力エネルギーはエネルギーの少ない箱Bのほうに、多く流れ込むことになる」
「正解、それが定常化作用。これが単位体積ごとに、空間中すべてで起こってる」
要するにアレか。海に船が沈んだって、水面の高さはどの位置でも変わらないみたいな話か。船が沈んだ位置の水面だけが盛り上がるようなことはなく、水面はすべての位置において一定のままとなる。
という独自の理解で納得しておく。
「うん。で、ひとまず魔力の説明は終わり。ようやく本題に入れる」
本題とは、魂とはなにか、という話だ。
魂は魔力である、と言う結論だけ先に聞かされたが、詳細はこれからだ。
「エネルギー密度の定常化作用については、いま話した通り。これを踏まえて考えると、魔力の実体について、いくつかわかることがある」
そのうちもっとも重要なのは、魔力エネルギーには流動性がある、という点だとリースは語る。
魔力は、液体や気体みたいに流れる性質を持つ。
エネルギー密度定常化作用により、魔力は周囲のエネルギーの流れに合わせて流動する。物体が移動すれば移動した質量エネルギーに合わせて流動し、温度が下がれば下がった熱エネルギー分だけ流入し、静電気が溜まれば溜まった電気エネルギー分だけ流出する。
「じゃあ問題。私たちの周囲で、もっとも活発に、かつ複雑に魔力が流れてるところってどこだと思う?」
魔力が活発かつ複雑に流れてるところというのは、エネルギーが活発かつ複雑に移動しているところだ。物質の移動、熱の移動、帯電・放電、化学反応。そういった現象が同時多発的だったり大規模に起きているところ。
……ぱっとは思いつかないな。
だとすれば、ぱっと目につかないところなのかもしれない。
たとえば……、
「宇宙、とか?」
「脳だよ。生物の脳」とリースはこめかみを叩き、「そしてここで魂は作られてる」
生物の神経中枢。
感情も思考もここで生まれ、生命維持すら管理している重要器官。
「脳ではさまざまなエネルギー移動が起こってる。身体が眠ってるときでも脳は眠らず、億じゃ足りないくらいの血管と神経が絶えず血と電気信号を巡らせてる。感情を動かすために化学物質を合成したり、五感からの情報を統括して思考するのも当然、脳でやってる」
「たしかに、脳ほど複雑なことやってるところって思いつかないかも」
脳ではたくさんのエネルギーが動いてる。
つまり、それだけ複雑に魔力が流れてるってことになる。
「でも、それがどう魂に関係するの?」
「魂の本質は、複雑に魔力が流れることだと言われてる」
魔力の流動。それこそが魂が魂たる条件なのだという。
「もちろん、ただ魔力が流れてさえいればいいってわけじゃない。まだ解明はされてないけど、魔力の流動が魂として機能するには、一定以上の複雑さが必要だと考えられてる」
一定以上の複雑さ。
……そういえば、一定以上の複雑性とか、魂の精度とか、魔術が使えるかどうかの話をしてたときにティーが言ってた気がする。
その複雑さとか精度という言葉がどういう定義なのかも気になるところだが、俺にはそれよりも引っかかる点があった。
「魂として機能する……って、どういうこと? 魂の機能ってなに?」
「わからない。いろんな考察があるし、いずれも検証すらできてない仮説ばっかりだから。……だけど、一番議論されてるのは、意識の生出だね」
「意識っていうのは、この、俺たちの……」
「そう。自我、意思、心。
脳で複雑なエネルギー移動が起こり、
複雑なエネルギー移動に合わせて魔力エネルギーが流れ、
魔力エネルギーの流れが魂として機能し、
魂が機能することで俺たちの意識が生み出されてる。
……ん? いやでも待って。
「魔力が複雑に流れて、それが魂になるんだよな? それって別に脳に限った話じゃなくないか?」
「そうだよ」
リースはあっさり首肯する。
「地殻変動とか天候変動とか、自然界のエネルギー移動によって魂が生み出される可能っていうのは、ずっと昔から示唆されてる。いまだにそういった生命体が存在する証拠は、なにも掴めてないんだけど……」
ふと、リースが顔を上げた。
彼女の視線は家の二階、寝室のほうへと向けられて、
「……精霊がそういう存在なんじゃないかって、多くの魔力学者は考えてる」
「! 精霊は肉体を持たないって、そういうことか」
「精霊が肉体を持たないのは、精霊が自然界で偶発的に発生した魂だから。ヒト種は必ず魂と肉体が紐づいた状態で生まれるけど、精霊はそうじゃないってこと」
「だから、リースはああ言ったのか。精霊には生物学的に親がいないって」
「そう。私たちヒト種は肉体を持ってる。魂を形成するためには脳が必要で、それを作るためには異性が交配する必要がある。だから、私たちには必ず親がいる」
たとえ天涯孤独の身だったとしても、必ず自分を産んだ親がいるはずだ。人間が生物学的に独りということはあり得ない。
「けど、精霊は違う。肉体を持たず、自然界で偶発的に生じる存在……って仮説が正しいのであれば、精霊に親というのは存在しない」
自然発生的に魂を、意識を獲得した生命体。
肉体というある種の檻に囚われない彼らは、しかし生まれながらにして孤独であるということか。
リースは幼いころに親を亡くし、俺は異世界に召喚されたことで別離。
そしてティーには生物学的に親が存在しない。
偶然だろうけど、俺たちは家族がいない者同士らしい。
「まぁ、だいぶ関係ない話になったけど、そんな感じ。この家には私一人しか住んでない。……だから、夜も気兼ねする必要はない」
「夜……? なんのこと?」
「そういう意図の質問だったんじゃないの?」
とリースが首を傾げる。
「もし親がいるんなら、家ではセックスしにくくなるから……」
「えっ、あっ、あーいや、それはそうなんだけど……。いや、そういう意図の質問だったわけじゃなくてね。ていうか、俺がそういう意図で質問するやつに見えてるの……?」
「そういうもなにも、昨晩のさかりようを見てたらね」
「いやいやいや! 盛ってたのはどっちかっていうとティーのほうじゃない?」
「自覚がないのか」とリースはため息。
「し、辛辣……!」
「まぁ意図がどうであれ、気を使う必要はないってこと。セックスも、この家での暮らしもね」
「それはまぁ、ありがたいけど……」
家主であるリースがそう言うのなら、それに甘えてしまおう。
魔術は、ティーがいればどこでだってできる。旧王城にこだわる必要はない。
いまごろは俺がいなくなったことが問題になっているだろうけど、それはもう知らん。ここまできたら割り切るのみだ。
勇者という期待とも、魔王討伐という押しつけられた義務とも、一緒に召喚されたクラスメイトとも、生活魔法すら使えないという劣等感とも。
もう関わることはないだろう。
あ、いや待て。鞄とか服とかの私物を旧王城に置きっぱなしだ。寝間着代わりのジャージくらいは取ってきたいんだが、ティーに言ったら取ってきてくれるかな……。
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