旦那様、私達すでに離婚しています。
朝霞
結婚することになりました
第1話 初恋は実らない
ランドルフ・オルゲーニは、九歳の時に不治の病で母親を亡くした。母を愛していた父マティス・オルゲーニは見て解かるほどに焦燥していた。それを横で見ている息子のランドルフは、自分が父を支えなければ。と強く心に誓った。そして将来は自分も両親のように愛し愛される家庭を作り、生涯一途に愛していこう。この時の彼は本当にそう思っていた。
12歳の時に社交界にデビューしたランドルフは、見目麗しく父親譲りの顔に幼さが残る面立ちに、切れ長のアイスブルーの瞳に母親譲りのプラチナブロンドの髪で会場の令嬢たちを釘付けにした。父親が用意してくれた服も金の刺繡が施された紺碧のフログコートに同系のトラウザーが彼の肌の白さを浮き立たせた。
その会場で、ランドルフと対抗するように令息達の自然を釘付けにしていた女性は、トーニア・エルビス子爵令嬢だった。
トーニアはランドルフよりも五歳年上だった。ランドルフの視線に気が付いたトーニアはランドルフに視線を合わせて優しく微笑んだ。デビュタント会場で一番の美女に微笑えまれた純粋培養のお坊ちゃまは、一目惚れをした。自分に会場で一番人気のランドルフが簡単に落ちたことでトーニアは、周りの令嬢たちに牽制をかけた。
ダンスが始まると、ランドルフは一目散にトーニアにダンスを申し込んだ。
見目麗しいランドルフが,自分に一番に申し込みに来たことで、トーニアは喜びに震えた。
そう、この時には二人が最高潮に恋愛というゲームを楽しんでいる時だった。
月日が過ぎデビュタントから5か月が経った今日、トーニアは応接セットの長ソファに腰かけて、両脇を男性に腰かけさせ、ソファの裏には腰かけることが出来なかった男性が三人立っていた。横の二人を加えたら、五人の男がトーニアの傍に侍っている。
ランドルフは、トーニアの前に両膝をつき、見上げている。
「ですから、あなたはもう要らないのよ。ランドルフ。」
「どうして。今まで僕たちは仲良くやって来たじゃないですか。」
トーニアは口元に扇子を開きランドルフに向けて高笑いを始めた。
その姿を、ランドルフは本当に訳が分からず呆然と眺めていた。
「公爵家の嫡男である貴方ならどんな贈り物をしてくれるのかと楽しみにしていたのに。貴方が私に送ってくれたのは、バラの花1輪。私の事を愛してくれる誰よりも一番、私のこれまでの人生で一番貧弱な贈り物ですわ。この先どんなにお付き合いをしたとしても真面な贈物なんて期待が出来ませんわ。時間の無駄はしたくはありませんから。今日を限りに貴方とは終わりにさせて頂きます。お帰りはあちらよ。」
手に持つ扇子で扉を指して促す。取り巻きの男性たちは失笑している。ランドルフは、悔しさを堪えながら出て行った。
その夜、一人では居たくはなかったランドルフは、友人たちの集まりに参加をした。
幼い頃からの友人達とのひと時でささくれた心を癒す筈だった。
しかし、実は友人たちもトーニアに心酔して取り巻きになっていた。友人たちは、ランドルフを肴に盛り上がった。ランドルフ以外で。
「贈り物は、女性に対して当たり前だろう。」
「何でランドルフも他の令嬢たちとかかわりを持たなかったんだよ。皆、いろいろな女性と関わることで教わったり、するもんだろう。経験が乏しすぎるんだよ。」
今のランドルフの心をどれも抉る言葉だった。父上と母上は唯一無二の関係だと言っていたのに。世間は違うんだろうか?僕が間違っているんだろうか?
「結婚したら、奥方一筋になる奴もいるけどさぁ、大体俺達って、仕事関係で関わった女性とも親密になる必要があるじゃん。お前の考えでいったら、公爵家はお前で没落だぞ。柔軟性を持てよ。お前もそう思うだろうサザン。」
「その考え方は、少し危険だと思うけど、柔軟な考え方を、持つことは重要だと思うよ。」
それまで黙していた一番の親友サザンが助け舟を出してくれた。でも…..柔軟な考えかぁ。
ランドルフは真面目過ぎる位で、屋敷の皆からも少し心配されていた。
『坊ちゃま。0か100かの考え方ではなく、50があっても、30があってもいいんですよ。』
家令のアンゲルからも指摘されていた。
ランドルフは、公爵家を支えている父親の考えで日々質素倹約。領民の為に自分たちは生きている。と常日頃から諭されていた。
無駄使いは敵だ。
ランドルフはいつしかそんな考えに至っていた。結果女性に対して1輪のバラしか送れない男になっていた。しかもその薔薇も公爵邸の温室でランドルフが育てた青薔薇だった。
薔薇の苗と肥料にはお金がかかっていたが、それが彼女の為かといえば違う。青薔薇は付き合う前から育てていたものだし、肥料も枯葉を集めて腐葉土にしたものに、自分の馬の糞を混ぜて作ったものだから、さしてお金はかかっていない。
ただ、青薔薇の育成は難しく、時間と労力は必要だった
しかも綺麗な花をつけるためには、余計な蕾は摘んでしまわなければいけないから、一株で取ることが出来る花は一輪のみ。
ランドルフは、文字通り心を込めた贈り物をしたのであった。
トーニアには通じなかったが。
皆との集まりを早々と引き上げて帰路についた。
屋敷に着くと瘦身の背が高くアッシュブラックの髪にモノクルを付けた奥のヘーゼルカラーの瞳を光らせた家令のアンゲルが出迎えてくれた。
「お坊ちゃま。どうなさいましたか?」
顔を覗き込みながら優しく問う声に涙腺が緩んだ。
「僕、トーニアに振られちゃった。」
アンゲルはこうなるだろう事は大凡予想が出来ていた。多分公爵にも予想は出来ていただろう。何しろトーニア・エルスは男遊びが酷いと社交界では有名な人物だった。あまり深入りをしないように公爵もアンゲルも敢えてアドバイスをしなかった。
離れるように言えばもっと深みに嵌るし、男は貢ぐことが当たり前の女にプレゼントを贈る事を教える事は出来なかった。
「アンゲルは知っていたでしょう。女性にはプレゼントを贈る事が愛を示す行動だって。教えてくれれば。…僕失敗しなかったのに。皆僕が振られるのを黙って見ていたんだよね。父上も!貴族がお金を使うから庶民たちの生活も潤うんだってね。質素倹約なんかよりも有効じゃないか!」
ランドルフは、涙を止めることもしないで、激しく言い募った。所謂八つ当たりである。アンゲルは、今は冷静ではないランドルフには何を言っても通じないと思い黙ってランドルフの言葉をただ、ただ、聞いていた。
明日の朝には公爵様と一緒に話をすればきっと聡いお坊ちゃまだから理解をしてくれることだろう。
アンゲルは見誤ってしまった。一度目はプレゼントを贈る事を教えるタイミングであったことを敢えてしなかったこと。二度目はただ、プレゼントを贈るだけが愛情を示す行為ではないということを。
そして。ランドルフは翌日から、人が変わってしまった。
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