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 夏休み最後の土曜日。景色が歪む程暑い。

 記録的猛暑が続き熱中症で救急搬送された人が、6月からの推移で十万人を超えたと朝のニュースでやっていた。

 高校の部活動中、熱中症での死者が出た為、気温が35度を超えた際に部活動を中止する学校が増えていた。

 夕也も例に洩れず、昼を過ぎた頃に練習が中止となり、すぐに電話をしてきた。

 本日の待ち合わせは18時だったが、16時に待ち合わせ場所の近くにある喫茶店に呼び出された。作戦会議をしたいそうだ。

 非常に面倒臭いので断ろうと思ったが、僕が言葉を発する前に電話を切られてしまった。


 15時45分。仕方ないので家を出て荒川沿いを歩いている。

 川沿いには沢山の行燈が吊るされている。まだ、明るいので火は灯っていないが、暗くなると川沿い数キロに渡って赤い光を宿す。

 この祭りは2043年8月20日に起こった東京直下地震の慰霊祭として始まった。

 マグニチュード9。死者・行方不明者八万六千人、負傷者五十八万人。想定を超える被害の原因は旧江戸川区及び江東区の液状化による防潮堤の損傷にあった。

 この辺り一帯が津波に呑まれた。

 世界中が空前絶後の自然災害と報じた。

 その一方で、人的被害の大きさに対して、津波被害以外の建物被害の少なさに日本の技術力の高さが再評価された。

 世界中の復興支援もあり、東京都未来都市化計画が始動する。個別識別システム導入の礎となる計画であった。

 2060年。東京都は世界都市と表される。そして、その当時の総理大臣が日本の復興の喜びと被災者への追悼の意を込めて、慰霊祭を開催した。

 小学校で習う歴史だが、現代の日本で当時の状況を経験した人は少なくなってしまった。僕も知らない者の一人である。

 

 待ち合わせの喫茶店に入ると既に夕也が、奥の席についていた。

 アンティークのソファやテーブルが無造作に並べられた店内には、珈琲の豊潤な香りが満ちている。

 僕らは良くこの喫茶店で待ち合わせをする。

 口髭の似合うマスターに会釈すると笑顔を返してくれた。今日もポマードで固められたオールバックが決まっている。

 カウンターの横を抜けいつもの奥の席へ向かった。

「遅いぞ。」

 夕也が横風にそう言うので、時計を見ると待ち合わせの5分前だったので、何も言わずに向かいの席に座る。

「で、作戦会議って何さ。」

「そんなの決まってるだろ?秋葉さんと二人きりになりたいんだ。」

 夕也が秋葉さんへの想いを一通り話し終え、「東雲さんを何とかして連れ出してくれ。」と作戦とは言えない嘆願をしたところで本来の待ち合わせ時間が迫ってきた。

 

 もう17時半か。

 まだ何も起きていない。

 しかし、何かが起こるはずだった。

 朔夜くんは確かに今日を指定したのだ。

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