第39話
展望台に行ってみたら、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「騙しただすね!? 許さないだす!」
「へんっ、騙される方が悪いんだぞ。バーカ」
えええ。こんなところに来てまで喧嘩しないでよぉ……。
どうやらミンとヨンが言い争っているようである。僕はただ最上階からの景色を眺めたかっただけなのに、争いに巻き込まれるなんてごめんだ。よし、退散しよう。
「アー! ソンクンいいトコロにー!」
やば、気付かれた。今にも体当たりしてきそうな勢いでユンがこちらに駆け寄ってきた。
「うわ! 何、どうしたの?」
「聞いておくれヨ、ミーは平和が好きなんダ! それなのにあの二匹が喧嘩始めちゃって、ミーは一体どうすればいいノ!?」
「えーと、えーと。ま、まず何があったのか教えてくれないかな?」
するとここでヨンとミンも僕の存在に気付いたようだ。僕の方へ近づいてくるなりミンが言う。
「おいら悪くないだす、これはヨンさが悪いだす! 百パーセント!」
「ちょっと冷静に考えれば分かることなのに、俺様の言葉を
「何だすとー!?」
ああ。これは確かに、間に立つ第三者が一番気まずくていたたまれないやつだ。ユンが救いを求めたくなるわけだよ。
この後三匹から聞いた話によると、詳細はこうだった。
♢
ファン先生から自由にしていいと言われて、真っ先にこの展望台にやって来た三匹。そこで目に飛び込んできたのが一台の望遠鏡だった。
「おっ。これで下界を見渡せるんじゃねーか?」
最初に興味を示したのはヨンだった。彼は早速望遠鏡を覗いて、絶景を堪能する。
「わあ、すっげー……。すっごい遠くの景色がよく見えるんだぞ」
「そんなによく見えるんだすか?」
楽しそうに望遠鏡を覗くヨンの姿に、ミンも興味を示したようだった。
「うん。お前も見てみるんだぞ。あ! でも先に十にゃんドル入れないと使えないみたい。財布持ってきてる、お前?」
「部屋にあるだす。持ってくるだす」
ヨンはお金を入れる仕草をしていなかったのだが、この時ミンはそんなことに気付いていなかった。そしてこれが醜い争いを生むことになる。
ミンは急いで部屋から財布を持って戻ってくると、わくわくした顔でお金を入れて望遠鏡を覗いた、のだが……。
「何も見えないだす」
真っ暗だった。景色なんてどこにも映っていなかったのだ。
すると何かに気付いたユンがぽつりと言った。
「故障中って書いてあるネ」
「!? だ、騙しただすね!? 許さないだす!」
「ふん、ちょっとからかっただけじゃん。本気で怒るなんて馬鹿みてー。ちゃんと見ればすぐ気付くことなのに、よく見なかったお前が悪いんだぞ。べーっ」
「何を! 騙す方が当然悪いに決まってるだす!」
「ア、アワワワワ……」
言い争いになってしまった二匹を、ユンはオロオロしながら交互に見た。この嫌な空気を変えたかった彼は咄嗟に口を開いた。
「と、とりあえずお金は無事なのカイ?」
「「お金……」」
しかしこの発言が事態をさらに悪い方向へと導いてしまった。
急いでコイン返却口を確認したミンが絶叫したのだ。
「ああああ! お金が出てこない! まさかここも壊れてるんだすかああああ!?」
前足を返却口に突っ込んだり望遠鏡をバンバン叩いてみたりして必死にお金を取り戻そうとしたミンだが、何をやっても駄目だった。がっくりとうなだれたミンにヨンが言った。
「そんな叩いたら壊れるだろ。たかが十にゃんドルで騒ぎすぎなんだぞ」
「もう壊れてるじゃないだすかあっ! 何にゃんドルだろうが入れたお金が戻ってこないのは許せないだす!」
やってしまった。余計こじれてしまった、とユンが気付いた時には遅かった。どんどんヒートアップしていく二匹の喧嘩を横目に、誰か助けてくれないかなあ、と思っていたら、そこにちょうどソンが現れたので思わず助けを求めた――と、そういうわけであった。
♢
くっだらない。
話を最後まで聞いて真っ先に頭に浮かんだ感想はこれだった。口に出したらもっとひどい空気になりそうだから言わないけれど。
「ね? どう考えてもヨンさが悪いでしょ?」
ミンが僕に同意を求めてきた。
話を聞いた限りでは確かにヨンの方に原因があると思えるが、ここでどちらか一方だけを悪いと決めつけてしまったらもっと場の空気が悪くなると思った僕は、ただ笑って曖昧に答える。
「さあ、どうだろ。僕は見てないから何とも言えないや」
すると、僕の答えが気に入らなかったらしいミンはぶすっと口を尖らせた。
「ふーん。絶対ヨンさだけが悪いんだすけどねえ。おいらは騙されてお金を失ったけど、ヨンさは何も失ってないだすもん。お金が絡んだいざこざは後が怖いんだすよ」
それはまあ、尤もだ。そんなミンの様子を見かねたのか、ユンが口を挟んだ。
「ネエ、もうどっちも謝って仲直りでいいんじゃないノ?」
それが一番早い解決方法だろうな。僕も思った。だがミンは頭を振る。
「何で? 嫌だすよ。おいらには謝る理由がないだす」
「ふん。俺だってお前みたいな態度の奴に謝る気なんてないんだぞ」
続けてヨンも言った。頑なな様子の二匹に、僕もユンも言葉が出なかった。二匹で顔を見合わせ、頭を抱える。
やだー。僕関係ないのに、どうしてこんな変な争いに巻き込まれなきゃいけないわけ? 自分のタイミングの悪さを嘆きたくなる。
そうしてモヤモヤした状態のまま、僕たちは一旦解散した。が、夜になってもヨンとミンの仲はギスギスしたままだった。
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