第34話

 国王様、もしや僕らの話を聞くためだけにわざわざ玉座に座って待ってくださっているのかも、なんて考えたら申し訳ない気持ちにもなってくる。

 これから叱られるんだろうな、などと考えて憂鬱になっている僕たちなんてお構いなしで、侍従長が言った。


「いいですか? 全て嘘偽りなくお話しするんですよ。誤魔化そうとしたって無駄ですからね」

「はーい……」


 それに対して適当に返事しておく僕ら。あーあ。もう何とかなれ……。

 そんなこんなで色々もやもやと考えているうちに、王座の間に着いてしまった。


「陛下、連れてまいりました。申し訳ございません、こんな者たちのために陛下の貴重なお時間を取らせていただくなんて」


 ううう。こんな者たちで悪かったですね。でもこの中には王子だっているんですよ?

 駄目だ、どうしよう。国王様のお顔が見られない。国王様はそんなに恐ろしい方じゃないとは思うけれど、それ以外の側近の方たちの圧とかがやっぱり怖いよぉ……。

 僕は顔を上げられずにいたので、他のみんながどんな顔をしているか分からない。

 上から国王様の声がした。


「まあまあ、ドナ。そんな言い方せずとも良いではないか。きっと何かわけがあったのだろう? それよりも、無事に帰ってきてくれただけで余は嬉しいのだ」


 こ、国王様! 僕らを責める言葉よりも、先に僕らの無事を喜んでくれるなんて。さすがはにゃんだふる王国の頂点に立つお方。やっぱり器が広いなぁ。

 しかし侍従長は、国王様のお言葉に納得がいかなかったようである。


「まーぁ、陛下はなんってお優しいのでしょう! でもいけませんわ。この子たちは門限を破ったのですから、ちゃあんと彼らの口から謝罪の言葉と今まで何をしていたのかを聞かなくては。じゃあ代表してソンくん、貴方が話しなさい!」


 ひええ、きた! しかもよりによって僕名指しできたんだけど!? 何で、何で? 何で僕が代表になっているの? 意味が分からないよ、上からの圧に負けそうだよぉ。頭真っ白、事前に考えた言い訳も全て吹っ飛びそうなくらいだよぉ……。

 不安が顔に出ていたのかもしれない。隣で同じように跪いていたヨンがこそっと声をかけきた。


「おい、動揺するんじゃねえんだぞ。ここでソンくんが上手く誤魔化せなかったら、俺たち全員お仕置き確定コースなんだから」


 励ましてくれると思っていたら、更なるプレッシャーを与えられたのだけれど。


「悪いことしたわけじゃないし、むしろ王子の命を守ったんだから、本当のこと言えば分かってもらえると思うんだすけど……」

「駄目だよ、それは。騒ぎを大きくしたくないっていう王子の気持ちを尊重しなきゃ」


 ミンが悔しそうに呟いた言葉に対して、僕は頭を振った。

 分かるよ。僕たちからしてみれば、こんなふうに呼び出されて跪かされている今の状況は理不尽だ。でも何も知らない国王様や侍従長からすれば、僕らは決まりを破って門限までに帰宅しなかった悪い子たちでしかないのだから、仕方ないと割り切るしかない。

 その時、突然王子が動いた。僕は思わず顔を上げる。王子は立ち上がると、真っ直ぐ国王様の目を見て、はっきりとした口調で告げたのだ。


「吾輩が話す! 父上、これは全て吾輩が悪いのだ。吾輩が散歩に行きたいって言ったから、ソンたちはそれに同行してくれただけで何も悪くないのだ。だから叱るなら吾輩だけにしてください!」

「ホン……」


 国王様の目が大きく見開かれる。多分僕も同じように目を丸くしていることだろう。このお方は、全ての責任を一匹で背負おうとしているのか。


「散歩? ただの散歩で何故こんな時間まで帰宅しなかったのです? ホン様が言い出したことならあまり強くは咎められませんが、気になるところですわね」


 侍従長がくいっと眼鏡を押し上げて言った。うう、細かい方だなぁ。何としても叱るポイントを見つけたいのか、見逃してくれそうにないようだ。

 だが王子も負けてはいなかった。


「うるさいのだ、おばさん! いい天気だったから行ったことないところに行きたくて、そしたら道に迷ってこんな時間になってしまっただけなのだ!」

「お、おば……おばさんっ!?」


 プッとヨンが吹き出した。


「ふっ。王子、最高」

「ちょっと、笑っちゃ駄目だって」


 そう言いつつ、僕も笑いをこらえるのに必死だった。まさか王子が侍従長に面と向かって「おばさん」と言うだなんて。びっくりしたけれど、正直すっきりしていた。

 侍従長は顔を真っ赤にしてプルプル震えていて、今にも怒りそうな雰囲気である。


「お、おばさんだなんて……。いくらホン様でも、言っていいことと悪いことがありましてよ?」

「まあまあドナ、相手は子どもだ。そうカッカするでない。だがホン。お前も女性に向かって『おばさん』と言うのはあまり感心しないな。今後気を付けるのだ」

「はい……」


 国王様に注意されたからか、珍しく素直に返事する王子。侍従長も、国王様のおかげで怒りが爆発せずに済んだようだった。


 一連の流れをぼうっと見ていたら、不意に国王様と目が合った気がした。僕はハッとなって慌てて頭を下げる。いやでも、僕の目というよりは、頭の方を見ていたような気もしなくはないけれど……ん? 頭? そっと前足を頭に持っていくと、少し痛みを感じた。そして思い出す。


 あ、頭の傷! 誘拐犯たちに殴られたところだ、すっかり忘れていた。さっきシャワー浴びた時に頭の包帯取っちゃったから、今は傷になっている部分が丸見えになっているんだ。ん? 待てよ……はっ! そうか。侍従長が僕に状況を説明させようとした理由はそれか。ただの散歩でこんなところ怪我するわけないもんな。だからずっと怪しまれていたのか。

 うんうん、と一匹で勝手に納得していたら、国王様が言った。


「ふむ、散歩か。ホンがそう言うなら、余はその言葉を信じよう。自分の息子の言葉をあまり疑うのも気分がよくないからな」


 え。信じてくださった……!? あまりにもあっさりした口調だったからちょっとびっくりしたけれど、でもそれ以上にほっとした。よかった。これできっともう質問攻めにはあわないはず。

 ところが侍従長は納得していないようだった。


「し、しかし陛下! 本当にただの散歩だというのでしたら、彼らの痣や怪我はどう説明するのです? それに、普通に近所を歩いていただけではこんな時間に帰宅することもないでしょうに」

「はっはっは。ドナよ、若者の体力を舐めたらいかん。十代の頃というのはな、時々とんでもない無茶をしたくなるものなのだ。余にもそんな時期があった。まあ、遠い昔の話だ。今はそんな体力もないがな。だからそう騒がずとも大丈夫なのだ。だがまあ……」


 そこで国王様は一度言葉を止め、目線を僕たちの方へと向けた。穏やかな眼差しに見えるのに、何とも言えない迫力を感じて僕はどきりとなる。何だ? 何を言われるんだろう。


「確かに怪我の具合が酷そうに見えるのが心配なのだ。ホン、ちょっとこっちへ来なさい」


 名前を呼ばれた王子は、何が何だか分からない、というような顔をしながらも、素直に国王様の方へと近づいていく。


「ふむ……」


 そして王子の頭から足の先までをじっくりと眺めた後、おもむろに王子の頭に触れる。その瞬間だった。


「!? いっっっだい……!」


 王子が苦しそうな声を上げた。


「やはり頭にこぶが出来ているな。転んで打ったか、それとも誰かに殴られたか。どちらにしても痛々しいのだ……」

「父上! 急になんてことするのだ! 吾輩びっくりしたじゃないですか!」

「すまない、ホン。だがそのこぶ、かなり腫れているではないか。まさか誰かにやられたわけではないだろうな?」

「う……! え、えっと、うっかり足が滑って転んじゃって……」


 ここで王子はとうとう言葉に詰まってしまった。元々嘘をつくのが得意な方ではないし、国王様に真っ直ぐ見つめられた状態では上手く頭が働かないのだろう。答える代わりにちらちらと僕らの方を見て、目で訴えてくる。「誰か助けて」って。


「く、詳しいことはソンの方から説明するのだ……」


 あああ! また僕指名できたよ。もっと口が達者なにゃんは他にいるはずなのに、どうして僕なんだよぅ。僕が説明したところで、絶対ぼろが出るのは分かりきっているはずなのに。

 だけど主にこう言われては従う以外にないわけで。一度大きく息を吸ってから、僕は口を開こうとして……しかしそれはかなわなかった。僕が話すより先に国王様が言ったのだ。


「ああ、いや大丈夫だ。言いたくないなら無理に話さなくて結構。余も無理させてまで知りたいとは思わないからな。それに――何が起きたのか、何となく分かってるのだ。きっと大事にしたくないのだろう……?」

「!」


 国王様の最後の言葉を聞いて、僕は目を大きく見開いた。

 王子、遅い帰宅、傷だらけでボロボロの体……。これだけの要素が揃っていれば、何か察するところがあってもおかしくはない。ましてや国王様は、王族という身分の闇の部分を誰よりも知っているお方なのだ。一体いつから気付いていたのだろう。なんだか一生懸命言い訳を考えていたのが馬鹿みたいに思えてきた。

 国王様は続けて言った。


「今までホンの外出の時には、ジョンを中心に複数の者を護衛としてつけてはいたが、もっと本格的な警備隊のようなものをつけた方がいいのかもしれないな」


「えっ」とジョンが声を上げた。


「自分、クビですか……?」

「いやいや。そんなつもりで言ったわけではない。むしろジョンの仕事ぶりは素晴らしいくらいだ。余も認めている。隊を作るとなれば、中心メンバーに置きたいくらいだと思っているよ」


 すると王子が口を挟んできた。


「父上、それなら吾輩から提案、というかお願いがあります。もし本当に吾輩のための護衛隊を作るというのなら、隊員はここにいる者たちにやってもらいたい」


 はい!? 口には出さなかったものの、心の中で僕は叫んだ。

 何だ、この王子。今とんでもないこと口にしたよ。ここにいる者たちってことは、それはつまり僕ら七匹のことを指していることになるのだが、いくら何でも無茶がある。だって僕たち騎士じゃないもの。みんなそれぞれに異なる仕事をしているというのに。


「ほう、なるほど。ホンはこう言ってるわけだが、皆はどう思う?」


 国王様は僕らを見回して問いかけてきた。すぐに答えたのはサンだった。


「失礼ながら申し上げさせていただきます。お言葉ですがその提案、少々無茶があるように思います。というのも、私たちはジョンさんを除いて護衛に関する知識がございません。全くの素人です。そんな私たちに護衛を任せるよりも、本格的な訓練を受けた騎士団の者を護衛につけた方が殿下の身の安全も保障されるのではないか、と私は考えます」


 ほお、と国王様が小さく頷いた。


「殿下のご期待に添えず、申し訳ないのですが……」


 サンが小さく頭を下げる。それを聞いた王子は嘆息した後で言った。


「そうか。まあいきなりのことだし、受け入れられないお前たちの気持ちも分かる。だが吾輩だってその場の気まぐれで言ったわけではないというのを、分かってほしい。吾輩の中で、お前たちならば安心して命を預けられると判断したから頼んだのだ。他の者をつけるというのなら、この話はなかったことにするのだ」

「……今までどおり護衛はジョン一匹だけでいい、というのか?」


 国王様の問いかけに、王子はこくりと頷いた。


「お、お待ちください! 自分は……自分は、殿下の願い、受け入れたいと思っております!」


 突然、制止の声を上げたのはジョンだった。常に冷静なイメージのあった彼の焦った声に、僕は少しだけ驚いた。

 国王様に続けるよう促されると、ジョンは話を再開する。


「自分、今まで一匹で殿下をお守りしてきましたが、情けないことに今日、己の力不足を実感してしまいました。これから先もどんな目に遭うか分からないのに、このまま自分一匹で殿下を守り続けることができるのか……正直、不安で仕方ありません。自分は彼らのことはよく知りませんが、殿下が信頼を置いているというのなら、彼らを信じて力を貸してもらいたいと思っております」

「ふむ。なるほどな……」


 そう呟いた後、国王様は黙り込んでしまった。どうするのが最善なのか、考えているのだろう。その間に王子が僕たちに向かって言った。

「みんなが嫌がるならやめようかと思ったけど……ジョンもこう言ってくれてるし、何より吾輩としてもやっぱりお前たちの力が必要なのだ。今日、危険を顧みず吾輩のために動いてくれたお前たちなら、吾輩の護衛になるのにふさわしいと思っておる。技術のことなら心配いらない。吾輩は最高の先生を知っているのだ。彼を紹介してやろう」


 そして、一呼吸おいてから続ける。


「技術は後からいくらでも容易に身につけることができるが、ゼロから高い信頼関係を築くのは簡単なことではないだろう……?」


 吾輩の性格を知っていれば尚更な、と王子は最後に付け加えた。その言葉を聞いた時、僕ははっと気づいた。警戒心の強い王子が他の誰でもない僕らにこれを言う意味。それはきっと信頼の証なのではないか、と。


 でも僕には迷いがあった。僕なんかが、本当に護衛隊になってもいいのだろうか。他のみんなのことは知らない。でもきっと僕はそういうの向いていない気がする。本格的な護衛隊を作るってことは、これから剣術とかも学ぶことになるのだろう。何となくだけれど、僕には剣を持って戦うなんてふさわしくないんじゃないかって、漠然とそう思うんだ。


「あと、もう一つ伝えておくことがあったのだ。吾輩の護衛になった暁には、お前たち全員住まいを王宮内に移すことにしよう。毎日三食ご飯つき、もちろんタダでおかわり自由。それに、ふかふかベッドで眠ることもできるのだ。これを約束しよう。どうだ、悪い話ではないだろう?」


 にやり。王子が、それはそれは悪い顔で笑った。しかし、僕は既に王宮内に個にゃんの部屋を与えられている身なので、いまいち王子の話は響かない。

 だが、これにまんまと釣られた者もいた。


「さ、三食ご飯つき? おかわりも自由!? と……とっても素晴らしいネー!」

「毎日誰かが飯作って用意してくれるってことか? 俺、楽できる!?」


 キラッキラに目を輝かせたユンとヨンが、ほぼ同時に反応した。それを見た王子も、うんうんと満足そうに頷いている。その反応を待っていた、と言わんばかりの笑みを浮かべて。


「どうだ? 吾輩の護衛、やってくれるか?」

「「はい、やります!」」


 り……利用されている……! 相手にとって好条件を提示してその気にさせるだなんて、そんな悪賢いことできるようになっていたのか、この王子……!


「聞きましたか、父上。これで今日からこの者たち全員、吾輩の護衛隊になるということでいいですね?」


 はい? 全員……?


「えっ!? ちょっ、まっ……。聞いてな……言ってないです!」

「よし、決まりなのだ。今日からお前たちは、吾輩の親衛隊に決定!」


 僕の否定の言葉なんて聞こえていないのか、王子は勝手に結論付けてしまった。

 驚き、戸惑い、混乱、不安……。様々な感情が頭を支配する中、恐らく今日最も大きな声で僕たちは叫んだ。


「えええええええっ!?」

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