第4話 新しい帰路
「…ふぅ…」
僕は今、銭湯に訪れている。
長旅で疲れたこともあるが、それよりも体の汚れを落としたかった。
…それよりも…朝風呂は気分が良い…
「おっ…上がった?」
「はい。気持ち良かったです。」
「おお、そりゃよかった。」
僕が脱衣所から出てきた直ぐあとに声をかけてきたこの人は、
(あとで聞いたら、あの佐藤 みおさんの姉だったらしい…なんとも変な縁だ…)
そしてこの人は孤児院の職員として臨時で働いていたという経歴もあり、僕のことも話してある。
この町において唯一といっていい、僕の相談相手だ。
「…っていうか…なんでここにいるんです?」
「…いやぁ…あの後から色々と職を転々としてね…それでどうしようってなってた時にここで働けそうだったから…」
「はぁ…」
…色々と大変だったらしい…。
その後もまあまあ長い間愚痴に付き合わされた。
…この人ってこういうとこあるから職を転々とするハメになったんじゃ…
「…なんか…変に失礼なこと考えられてる気がするな~」
「…その勘、仕事に生かせませんか…?」
「むぅっ…」
そうしてだらっと時間を過ごしていると、少しだけ、『あの頃』に戻れた気がするな…
孤児院での、あの日々に。
「…どしたの?ボーッとしちゃって。」
「…いえ…。なんでも…」
そうごまかしても、あの優しい日常の記憶は、頭から離れてくれなくて。
…やっぱりいい…ここで止めよう。
「じゃあ…僕は帰りますね。」
「あっ!…ちょっと待って!」
「?」
帰ろうとした矢先に、即座に呼び止められた。
なにか大事なことでもあるのだろうか…
「君、私の妹の養子になったんでしょ?」
「妹…ってことはあさみさんって佐藤みおさんの姉?」
「そう…ところでさ。ロキタンスキー症候群って…知ってる?」
「ろきたん…なんです?」
「ロキタンスキー症候群。いわゆる障害なんだ。」
…聞いても分からん。全く聞き覚えがない。
「はい…それが…?」
「簡単に言うとね…子宮がないの。私の妹。」
「え…」
「こんにちは…」
「「いらっしゃ…じゃなかった…」」
「おかえり。紀村くん。」
「佐藤さん。」
「…って…僕らは名字かい…?」
…それは、まだハードルが高いから…というかそれはお互い様じゃ…
僕はあさみさんから話を聞いた後、すぐにカフェへと帰った。
「まあ、紀村くんも帰ってきたし、今日は改めて歓迎会でもしよっか。拓磨くんが美味しいご飯作ってくれるし。」
「えっ?本当ですか!?じゃあ、私も参加します!」
「ご飯目当て…?あと…僕が作るんだね…」
「いや、それだけじゃなくてですね…私は、しっかり明くんも労ってあげたいなって…」
…これで分かったことがひとつある。
佐藤 拓磨さんのご飯は、美味しいらしい。
「いや~自分達が経営してるとはいえ、喫茶店ひとつを貸しきってる気分だよ~。」
「…貸しきってるっていうか…買い取ってあるんだけどね…この家…」
なんだか…みおさん…酔ってる?
「あの…」
「なんだい?紀村くん。」
「みおさん…酔ってません?」
「…いいや…あれが
ああ…僕がそういうものに敏感なだけか…
「まーたそんな顔してる。」
「…天木さん…?」
天木さんに声をかけられた僕は、完全に「二人の世界」に入ってしまった佐藤さんたちから少し離れた席に移動した。
「…どんな顔してました?僕…」
「なんかこう…難しい感じの…おじいさんみたいに昔を思い出すような顔。」
そして、「それも良い思い出じゃないやつ」と続けた。
確かに…そんな感じかもしれない…意識してなかったけど…気を付けよう。
…あと…僕はまだ14だ。
「それで…聞きたいことがあるんだけど。」
「はい?」
「君って…本好き?」
「はい…それがなにか…?」
「うーん…私はあの二人に聞いてって頼まれただけだからね…わかんない。」
そう言った後、カウンター席でイチャイチャしている二人を見つめ、
「…ああいうの…いいね。」と言った。
そのなかで僕は、二人で笑って、いじられて、楽しそうな二人をみて、
『もし』の言葉を思い出す。
そして少し、考えた。
『この人たちなら、僕を愛してくれるんじゃないか?』
僕がほしかったもの。
欠けているもの。
無くなったもの。
それを…この人たちから…
楽しそうに笑う二人をみて、少し…本当に少しだけ…嬉しいと思った。
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