第2話


 ソコロフ! 何処に行ったァ! ソコロフ‼


 同志中尉! ソコロフ中尉!


 役に立たない糞どもがァ! 


 ダニロフ! おい、ダニロフ兵長! 同志少佐殿はどうした! 


 知りませんよ、そんな事!


 勘弁して下さい、同志少佐! 今は無理です!


 ソコロフ! ソコロフ! 


 ソコロフ――


『ソコロォォフ! 貴様、どこにいるっ! 早く、あの劣等民族どもを何とかし――』


 再び、ぶつり、と唐突に切れた量子無線通信。


 

 シャフト 第四十九階層 国家人民軍第二ロケットセンター跡


 

 ソコロフは、赤錆びた鉄骨が剥き出しになった柱に背中を預けると、耳に差し込んだ量子無線通信のイヤホンに耳をすませながら、目の前の林立する巨大なコンクリートの柱へと目を凝らす。

 雷雨の如く鳴り響き続ける敵味方の発砲音とマズルフラッシュ。

 そのくせ、銃火とコンクリートが砕けるその一瞬に微かに聞こえる敵味方の叫ぶ声。

 戦術支援システム『ラトニク』は、とっくのとうに沈黙し、誰がどこにいるのか、何人生き残っているのか、正確な居場所も生死も不明。頼みの綱の量子無線も、敵の電波妨害ジャミングのせいなのか、それとも敵味方の考え無しの銃撃でアンテナとセンサーが死んだせいなのか、呼べば応えず、応えれば切れる、で一向に繋がらない。

 声はすれども姿は見えず。

 そもそも、競合区域コンテストエリア内でも指折りの最高度危険区域なのだ、ここは。

 こうなることは、最初から分かっていた。


素晴らしいハラショー……」


 ソコロフは、深いため息を吐きつつ両の手に握り締めた拳銃からマガジンをリリース。マガジンが軽い音を立ててコンクリートの床をはね跳ぶその刹那、コートの裾を跳ね上げ、腰の後ろに両のグリップを押し当てると、瞬時に軍用コートの内側、コートと同色のカーキ色の制服の上に着込んだ給弾ベストから新しいマガジンがグリップに押し込まれる。

 最後に指でスライドストップを解除。

 スライドが前進して両の手から「「ジャキッ!」」と小気味よい音が響く。

 両の手に握り締めた二丁の自動拳銃、M1911『コルト・ガバメント』。

 第一七七民生委員会はおろか国家人民軍の正式装備でもないそれは、彼がこの地下世界アンダーグラウンドで手に入れた頼れる相棒。

 が、その残弾は、出がけにコートのポケットに押し込んだマガジンと併せてもすでに七十発弱しかない。


(七十発……)


 ソコロフの額にうっすらと冷たい汗が滲む。

 四十五口径の両手撃ちと言っても所詮は拳銃である。

 嫌な予感しかしない。

 だから、あれほど止めるようにと言ったのに……。

 と、背中の柱に敵弾が乾いた音を立てて続けざまに突き刺さり、ソコロフの頭上にまで容赦なく大量の破片が降り注ぐ。隣でサブマシンガンPPShを撃っていた若い民生委員が、足元に音を立てて転がった。


(これは、どうにもならんな……)


 ソコロフは、やれやれと首を振ると量子無線のチャンネルを切り替えて呼び掛けてみる。

 兎にも角にも、まずは――


『……オペレーター? オペレーター、聞こえるか?』


 役に立たない上官様にとっとと、この場をお引き取り頂くのが一番だ。


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