俺にだけデレデレな氷の女王

健杜

第1話 氷の女王は許さない

 アニメや漫画などでよくある、不良に絡まれているヒロインを主人公が助けて、仲良くなる話があるが、そんなことは現実ではそう簡単には起きない。

 その主人公を自分に見立てて妄想していると話せば、友人にバカにされるようなフィクションに黒野涼介くろのりょうすけは遭遇していた。

 目の前には屈強な男性二人と、涼介の通っている学校の制服をきている女子高生が存在した。


 「嘘だろ……」


 想像もしていなかった自体に直面した涼介は、自分がどう行動をすればよいのか困惑してしまう。

 一番は、今すぐに駆け寄ってすぐに助けることなのだが、残念なことに涼介に格闘技の経験は無く、武器になるものを一切所持していなかった。

 黒目黒髪、身長体重は一般的な男子高校生と同じ涼介は、喧嘩すれば女性を守るどころか自分の身すら守れずに数秒で倒されてしまう。

 そんな自分が力になれないのなら他に力になってくれる人を探すべきで、警察を読んでくればこの問題はすぐに解決できるのだが、いかんせん今の場所から交番まで距離が遠かった。


 「あーもう、くそっ。何やってんだよ俺」


 喧嘩の経験は子供のじゃれ合い程度しか無く、向かっても役には立たないことは自分がよくわかっていた。

 それでも、警察を呼ぶよりも自分が動くべきだと体が動いていた。

 思わず悪態をつくが、足はすでに動いているので後悔は後回しにして、何をすればよいか頭を働かせる。


 「すみません」


 三人に近づいた涼介は一言声をかけてから、女性と男性達の間に割り込む。

 そして、口にするのも恥ずかしいセリフを言葉にする。


 「俺の彼女なんで、ナンパは他所よそでしてください」


 遠くでは気づかなかったが、二人の男はナンパする不良ではなく屈強な外国人のようで、今すぐ逃げ出したい気持ちに駆られる。

 それでも目の前の男達に、なによりも後ろにいる女性に恐怖を悟られないように必死に手足の震えを抑え堂々とする。


 「ということなんで、行きますね」


 男達が突然割って入ってきた涼介にあっけにとられている内に、この場から離れようと女性の手を掴むと、思わず固まってしまった。


 「鏡花姉きょうかねえ?」

 「涼介りょうすけくん?」


 なんと目の前にいるのは涼介の近所に住む、小さい頃によくお世話になった一つ年上の氷見鏡花ひやみきょうかだった。

 艷やかに伸びる黒髪、スラっと伸びる手足、何よりも思わず目を奪われるその顔はナンパされるのも頷けた。

 

 「色々あるけど、とりあえず今はここを離れよう」


 助けようとした人物が自分の知り合いでかなり驚いた涼介だったが、今は足を止めている場合ではないと移動を開始しようとするが、それを鏡花に止められる。


 「ちょっと待って。涼介くんなにか勘違いしていない?」

 「勘違いも何もナンパだろ?」


 殴り合いになれば役に立てないので、早くこの場を立ち去ろうとする涼介を鏡花は一言で止める。


 「違うわ」

 「えっ?」


 ナンパを否定され、気の抜けた声が涼介の口から漏れてしまう。


 「えっとじゃあ、この状況は?」


 明らかに絡まれていると思われる状況だったので混乱した涼介が説明を求めると、鏡花はため息をつきながら完結に話した。


 「はぁ、ただの道案内よ。それよりも、この手を離してくれるかしら?」

 「ごめん」


 自分がずっと彼女の腕をつけんでいたことに気づき、涼介が手を慌てて離す。

 涼介に握られていた手を数秒見つめていた後に、鏡花は男達の方へ近づき英語を喋りだした。

 涼介は何を話している聞き取れなかったので、大人しく近くで会話が終わるのを待っていた。


 「Thank you.」


 道案内が終わったのか外国人の男性たちはにこやかにお礼を言い、その場を立ち去っていった。

 残ったのは気まずい空気が漂う涼介と鏡花の二人だった。

 

 「それで、どうしてこんな勘違いをしたのか、歩きながら説明してもらえるかしら」


 その気まずい空気を破り、先程とは反対に鏡花は涼介に説明を求めた。

 彼女からしてみれば、ただ道案内をしていたところに涼介が突然割り込んできたのだから、説明を求めるのは当然のことだ。


 「えっと……いかつい男達と同じ学校の女子がいたから、てっきりナンパでもされてるのかと思って助けに入ったんだよ。まさか、ただ道案内をしているだけだとは思わなかったんだ。ごめんなさい」


 涼介は観念してこうなった経緯を説明し、素直に謝った。

 邪魔をしたのだからお説教を食らうと身構えた涼介だが、そんなことはなかった。


 「まぁいいわ。助けようとしてくれたんだし、見当違いだったとしても責めないわ。ただ、一つ気になったのだけれど」

 「気になったこと?」


 鏡花は頷き、少し考えてから口を開いた。


 「涼介くん、あなたさっきの会話聞き取れた?」

 「えっ?」


 訊ねられたのは想定していなかったものだった。

 だが、鏡花の想像している通り涼介は先程の会話をほとんど聞き取れなかったので空気に徹していた。

 だがここで、真実を言うことが正解なのか涼介は考えた。


 鏡花は気になったことは理解するまで質問をしてくる性格なので、はぐらかすことは不可能だ。

 かと言って、嘘をついたとしても会話の内容を話せと言われれば、答えられないのでバレてしまう。

 そもそも昔から涼介のつく嘘は、鏡花には見破られてしまうので嘘はつけない。

 なので、涼介が取るべき選択肢は一つしかなかった。


 「全然聞き取れなかった」


 涼介は正直に話すことを選んだ。

 そして、このあと来るであろう展開に頭を抱えたくなったが、予想した展開は来なかった。


 「そう、しっかり勉強しなさいよ」

 「えっ……ああ、うん。頑張るよ」


 それだけでこの話題は終わり涼介は驚いたが、幸運を逃さないように余計な言葉を飲み込んだ。

 鏡花は頭がよく、勉強が苦手な涼介に昔はよく教えてくれたのだが、その教え方がかなりスパルタなものだったので、トラウマになっていたのだ。

 そんな内心冷や汗をかいていた涼介をよそに、鏡花は懐かしむように涼介を見つめながら帰路を歩く。


 「それにしてもこうして話すのは久しぶりね」

 「そうだね。同じ学校でも学年が違うと案外会わないものだからね」


 家が近所だとはいえ学年が違えば接点は少なく、会う機会は少ないものだ。

 昔はよく遊んでもらっていたが、成長すれば異性と遊ばなくなるものであり、涼介もその類にもれなかった。


 「そうかしら? 会おうと思えばいつでも会えると思うのだけれど」

 「それは……そうだけど」

 

 二人の家は歩いて五分でつくので、鏡花の言う通り会おうと思えばいつでも会える距離だ。

 だが、そんなことよりもこの話題はまずいと涼介の脳内で警報が鳴り響く。 


 「涼介くん、あなた高校生になってから露骨に私のことを避けていないかしら? 中学の頃はたまに勉強を教わりに来てたと思うのだけど」


 警報は無駄になり、涼介は頭を抱えたくなったが、そんなことをすれば鏡花の言葉を肯定することになるのですぐに否定する。


 「そんなことないよ」


 本当は鏡花の言う通り避けていたのだが、そんなことを正直に言うわけにはいかないので、誤魔化そうとするが鏡花のスイッチは入ってしまった。


 「たまに学校で会っても無視したりするわよね」

 「そうだったかな……気のせいじゃない?」

 「他にも、私と目が合うと来た道を引き返したり……色々あるのだけれど、それも気のせいというの?」

 「それは……」


 涼介が鏡花を避けるのには理由があった。

 鏡花の見た目はかなり整っており、長く艷やかな黒髪に凛とした黒い瞳は人を男女問わず魅了する。

 だが、男子には冷たく塩対応なので氷の女王と一部では呼ばれている。


 なので、そんな鏡花と涼介が親しそうに会話をすれば、噂が一気に学校中に広まり、男子から目の敵にされるのはたやすく想像できた。

 だから、涼介は最低限の関わりだけで済まそうと思っていたのだ。


 「突然避けられて少し寂しかったのよ。なにかあなたの気分を害することでもしてしまったのかしら? それなら謝罪をするわ。でも、教えてくれなければ何もできないのわ」

 「それは、ごめんなさい。でも、鏡花姉は別に悪くないんだ。悪いのはむしろ……俺の方だ」

 「なら、なぜ避けていたのか教えてくれるかしら?」


 当然のことだ。

 自分が何もしていないのに避けられれば理由が気になるものだ。

 確かに涼介には話す義務があるが、素直に話すのは恥ずかしかった。


 「鏡花姉が学校でなんて言われているか知ってる?」

 「知らないわ。そんなことに興味がなかったから」


 そうだろうと思っていたが、涼介の想像通り鏡花は学校での自分の呼び名を知らなかった。


「氷の女帝って呼ばれてるんだ」


 そんな彼女にこの名前を言うのは恥ずかしかったのだが、言わなければ一生追求されるので観念して吐いた。

 誤魔化すのは難しく、これ以上嘘を付くのに罪悪感を感じたからだ。

 

 「変な呼び名ね」


 涼介が覚悟を決めて口にしたが、鏡花はバッサリと切り捨てた。


 「鏡花姉が聞いてきたのに、反応薄いね」

 「そうね、自分がなんて呼ばれているかなんて興味がないわ。でも、なぜそんあふざけた呼び名になったのかは気になるわね」

 「ああ、それは……男子たちを冷たくあしらってるって噂なんだけど本当?」


 涼介は理由を話す前に、一つ質問をした。

 質問に答えてもらったほうが説明をしやすいと考えたのだ。


 「冷たくあしらっているつもりはないのだけれど、いやらしい視線を送ってくる人達は基本的に無視をしているわ。それが呼び名と関係があるのかしら?」

 「それだよそれ。関係大アリ。それが原因で、男を一切寄せ付けずに冷たい視線を送る氷の女王って呼ばれるようになったんだよ」


 噂の原因がわかり納得すると同時に、やはり避けていて良かったとも涼介は思った。

 もし、学校で鏡花姉なんて呼んでいたらどうなっていたかと、思わず身震いをしてしまう。


 「それで、なぜ涼介くんが私を避けるのかしら? 今のでは説明になっていないわ」


 どうやら鏡花は呼び名の理由よりも、涼介が避ける理由が気になっているようだ。

 話したくなかったが、自分で察してもらうのは無理なようなので、諦めて説明をする。


 「だから、鏡花姉は美人で男子から人気があるから、男子で俺だけ話していると噂になるから避けていたんだ。余計な噂が立つと鏡花姉にも迷惑がかかると思ってさ」

 「――そうだったのね。話してくれてありがとう、よく分かったわ」


 納得してくれたようで一安心するが、次の言葉を聞いて涼介は血の気が引いた。


 「あなたに迷惑がかかるかも知れないから、学校ではこれまで通り避けても構わないわ。でも、これからあなたの家で勉強を教えることを決めたわ」

 「えっなんで? どうしてその結論になったの!」


 なぜ突然涼介の勉強の話になるか理解できなかったが、それだけはなんとか否定しなければならなかった。

 鏡花と二人きりで勉強するのはもちろん、スパルタな勉強を受けるのだけは避けなくてはならない。

 

 「あなたは昔から勉強が得意ではなかった。さっきの英語も聞き取れていなかったようだから、あなたの成績が心配になったのよ。それに、今まで避けていた分を埋め合わせしなければならないと思わないかしら?」

 「うっ、それは。そうだけど」


 言っていることは全て鏡花が正しく、涼介がなんと言い訳をしようともただ勉強をしたくないだけと思われるだろう。

 鏡花と二人で居れることに多少優越感はあるが、彼女は勉強の時は容赦がないので優越感に浸る暇などない。

 返答に困っていた涼介だったが、そこで希望の光が涼介を照らした。


 「あっ、俺帰りこっちだからその話はまた今度ね」

 

 タイミングよく分かれ道に差し掛かったので、これ幸いと話を中断して別れを告げて早足でその場を去っていく。


 「待ちなさい」


 引き止める声が聞こえるが、無視して急いで家へと向かう。

 振り返ることは恐ろしくてとてもできなかったので、家の中に入るまで絶対に後ろは向かなかった。


 「ふー危なかったな」


 家の中に入ったことでようやく一息がつけた。

 あのままでは以前のように勉強漬けにされるところだったので、回避できたのは幸運だった。

 もしあそこで分かれ道にたどり着かなければ、確実に捕まっていただろう。

 無理やり逃げてきたのであとが怖いが、なんとかなるだろうとこの時の涼介は考えていたが、その考えが甘かったのは翌日思い知ることになった。


 「おはよう涼介くん」

 「おはよう……氷見先輩」


 なんと、わざわざ校門の前で涼介を待っていたのだ。

 早い時間から待っていたようで、周囲には野次馬が多く存在しており、鏡花が待っていた相手が涼介だと一気に知られてしまう。


 「もしかして、怒っていますか?」


 あくまで先輩後輩の関係ということをアピールするために敬語で接するが、向こうはその気はないようだった。


 「昨日は私を置いてさっさと帰っちゃうから心細かったわ。だから、涼介くんに会いたくて待ってたのよ」


 涼介は忘れていた。

 鏡花は怒ると怖く、根に持つタイプだということを。

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