第72話 地上
生嶋事件後、ドローンに襲われた件もあり、彦根は安全のため印波の下で潜伏していた。その間も常に事件のことを調べ上げ、過去を知る印波と共に由良島の足取りや関係者などを洗っていった。
そして二日後の今日である。
印波のラボで食事をしていると、恵奈が走ってきた。あまりに急いでいる様子でタブレットを抱えたまま、ラボの入り口に手をついて呼吸を荒げていた。
「どうした恵奈、何かあったのか……」
印波がそう言って恵奈に近づくと、タブレットの画面を見せてきた。
「そう来るか……」
印波は低い声で唸ると、彦根に向けて手招きをしている。そのタブレットには彦根の指名手配のニュースが表示されていた。
「俺が指名手配犯か。やってくれるな……」
「これではっきりした。警察内部にも渾沌のメンバーがいる。由良島は君を探しているんだ」
「彦根さんが身を揺るがす存在であることを認めているのね」
彦根は眉間にしわを寄せ、じっくりと考えた。もし警視庁が総出を上げて自分のこと探し出したらどこに目を付けるだろうか。そして自分が指名手配犯とあっては持永も黙っていないだろう。
「サイバー庁に戻る……」
彦根は掠れた声でそう言った。
「何を言っているんだ君は! いま戻れば奴らの思うつぼだぞ」
「だがどちらにせよ、地上に戻らない限りは由良島の足取りを追うことすらもできません。このまま地下で机上の空論ばかり並べていても、らちが明かない」
「しかし今頃、サイバー庁は警視庁が包囲しているぞ。その中に飛び込んで何になる?」
「いえ、その前に一度、自宅に戻されてください」
「自宅なんて猶更、危険だわ。警察だけじゃない……あのドローンだって彦根さんを狙っているのよ」
すると彦根は大きく息を吐いた。
「どうしても取りに行かなければならないものがある……」
「なんだね?」
あまりの落ち着いた態度に印波も理性的に質問した。
「母の形見ですよ。そこには親父の生体データが入っている。いわゆるDNAっていうやつです」
「まさか……」
「印波博士、俺はあの場所に行きます」
「本当に行くつもりなのか」
彦根は印波の目を見つめたまま、ゆっくりと頷いた。恵奈は二人の禅問答を聞きながら、二人の顔を覗き込んだ
「分かった……」
「印波さん! 本気で言っているんですか。いま地上に出たら殺されちゃいますよ」
「だが地上に出なければ始まらない……彦根君の言う通りだ。これ以上じっとしていれば猶予はなくなってしまう」
「ならあたしもついていくわ」
「君はここで待っていたほうがいい。君は地上に長時間いることが出来ないだろ」
「だとしても放っておけないわ。それに……」
恵奈はホルスターから拳銃を抜き取ると、古いマガジンを抜いて新しいのをリロードした。空のマガジンが印波のラボに転がり、高い金属音が響く。スライドを引き、薬莢を飛ばすと、銃身を頬に寄せながらにっこりと笑った。
「ステゴロじゃあ喧嘩に勝てないわよ」
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