第42話 百年ラボ
印波のラボは町の外れにあった。アリの巣状に広がるアパートの切れ目に、地下に続いている階段があり、一行のその奥へと進んでいく。階段の先には鉄の扉があって、印波はポケットから取り出した鍵で重たい扉を開けた。
入り口付近のレバーを下ろすと、大きな照明がぼんやり点いた、その明かりが次第に明るくなっていき、ラボ全体を照らし出す。部品や鉄くずが散らばっていて、ラボというよりはまるでガレージのようだった。試験管やビーカーも作業台の上に乱雑に置かれており、飲みかけのマグカップには干からびたコーヒーがべっとりとくっついていた。
印波は奥のソファに散らばっていた書類を片付けると、そこで待つように促した。
二人は興味津々にラボを見つめながらホコリっぽいソファに腰かけると、クッションの隙間から飛び出す突起物が彦根の腰に当たった。
彦根はその突起物の正体を確かめようと一旦腰を上げ、覗き込むとそこには人の指があったのだ。
あまりの衝撃に腰を抜かした彦根は叫びならそのソファから転げ落ちた。
「なにどうしたの!?」
彦根の声に驚いた恵奈も叫び声をあげると、書類を片付けていた印波がやってきて、腰を抜かす彦根の姿を見て笑った。
「博士、人体解剖でもしているんですか」
「違う、それはただのレプリカだよ」
印波はそう言って、ソファの隙間に挟まっていた指を拾い上げた。
「こんなところにあったんだな……」
その指をポケットに入れると、ラボの壁に貼り付けられていた人形の元に向かって、その指をはめ込むのだった。
「その人形はいったい……」
「これか、これは入れ物だよ」
「入れ物?」
「私は自立思考型AIの研究に没頭した時期があった。ちなみに君たちはヒューノイドがどのようにして誕生しているか知っているかね?」
「政府が定めた期間で人口を管理しながらヒューノイドを生成しています」
「ではヒューノイドとAIの違いは何だ?」
「そこあたしも気になった。ヒューノイドは生殖行為をしないんでしょ。それってただの人造人間じゃん」
恵奈が口を挟むと、その問いについては彦根が答えた。
「厳密に言うと、生殖行為はしいているんだ。だがそれが従来の性行為ではないということだ」
「彦根君の言う通り、ヒューノイドは細胞核の交配によって誕生している。確かに臓器、脳、皮膚、血液に至るまで体の組織の全てが人工的に作られているが、ヒューノイドはロボットと違って成長する。つまりヒューノイドの体を形作っている機械は全て成長ホルモンに対応しているんだ。実際その点がヒューノイド化計画における最も難しかった問題だったね。体内を形作るマシーンは素粒子レベルまで最小化され、人の遺伝子と結合し、生命を維持している。したがってヒューノイドにはゲノムが存在しているが、それは人工配合であるがために両親からの遺伝というものがないんだ。だがその遺伝子を司る細胞核があるからこそヒューノイドは思考し、各々の性格、性質が生まれるんだ」
「あたしにはよく分からないわ」
恵奈はその首を傾げた。
「簡単に言えば、ヒューノイドは機械の体を持っている人工生命体なんだよ」
「だから私は遺伝子に頼らない完全な自立思考型AI に着手したことがあったのだよ」
印波はそう言うと、壁に掛けられた人形を見上げた。
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