神の頭脳
――――水辺地帯。試合開始直後。
「なんで!? どうして!?」
夏希は何が起きているのか分からずに焦っていた。
「っく! どうして! どうして、魔法が発動しないの!?」
目の前にいる光咲に向かって水蒸気爆発の魔法を使おうとしているのにもかかわらず、それが発動しない。そのことに夏希は言い知れぬ恐怖と戸惑いを覚えていた。
「さっきから何をしているのだ?」
動揺している夏希に対し、光咲はのほほんとした雰囲気で夏希に近づいていく。
「もしかして、何かの魔法を使おうとしているのだ? そしたら、それは無理なのだ。私の近くじゃ魔法は発動できないのだ」
「……これ、あなたの仕業なの?」
「そうなのだ。でも、私の傍じゃなきゃまた魔法を使えるから安心するのだ」
「そんなの安心できるわけないっしょ。これじゃ、あなたを倒す手段がない!」
「倒す? 私を? あははは!」
夏希の言葉に光咲は腹を抱えて笑った。
「な、何がおかしいのよ」
「だって、私を倒すって、あははは! そんなの無理なのに! ははは、おっかしい!」
「な! バカにしないで! これでも学年次席で生徒会の一員よ! そんな私を見下すなんて。しかも、あなたは退学候補生じゃない!」
「もう、それは君たち学生の中での話なのだ」
「っ!」
急に光咲の声のトーンが下がり、嫌な雰囲気が漂う。それを察した夏希は光咲に対し言い知れぬ恐怖を覚えた。それは先程魔法が使えない時に感じたものと同質のもの。
「逸人との契約もあるし、これからソフィのところへ助けに行かないといけないのだ。だから、君に時間をかけている時間は無いのだ」
「え? これは……? 動け、ない……。氷の魔法……?」
そこでやっと夏希は気がついた。自分の足が凍り付いていることに。
「時間がないから、すぐに終わらせるのだ」
「い、いや、やめ、て…………」
その氷は夏希の体を這いあがるようにどんどん凍らせていく。白い氷の花を咲かせながら。
「“氷薔薇の庭園(フロストローズガーデン)”」
そして、白い氷の花たちが夏希の体を全て凍らせた。
「えっと、ソフィは確か……あっちの方なのだ」
光咲は氷漬けになった夏希のことになど目も向けず、ソフィの元へと走っていくのだった。
――――審判室。
「これほどとはな……」
夏希と光咲の試合をモニター越しに見ていた琴里は感嘆の声を漏らした。
「氷の魔法……ではないな、あれは」
琴里は光咲の魔法の正体を見破っていた。
「確か弥生に聞いた話では、あれは運動の停止だったか? ありとあらゆる運動をゼロにする魔法。落下する物体にその魔法を使えばその物体は空中で停止する。そして、分子の運動も停止させることが出来る。そのせいで、本間の魔法が発動しなかった。あの氷も運動量をゼロにして生み出した、いわゆる副産物的に起きた現象に過ぎない」
琴里は戦闘不能によりフィールドの外に転移した夏希が映るモニターの方へ目を移した。
「未知の魔法だが、欠点はちゃんとあるみたいだな」
モニターに映る夏希は氷漬けにされておらず、普通に動いていた。
「恐らく、術者と一定の距離離れれば解除される魔法なのだろう。けど、その一定範囲内に入るとほぼ無敵に近い力を発揮する……。全く、弥生のやつは面白いやつらばかり集めるな」
そう言いながら、琴里は森林地帯のモニターへと視線を向けるのだった。
「まぁ、光咲が強いとは言え、光咲と本間先輩が戦うように仕向けたのは俺ですけど」
「仕向けた? 本間が水辺地帯に行くと分かっていたの?」
「まぁ、そうですね。それと他のフィールドも恐らく俺の予想通りの配置になってると思いますよ? ただ少しの誤差はあるかもですが」
「どういうこと? 私と同じように脅したってこと?」
「そんなはずはないと、赤城先輩自身で分かっているのでは?」
「確かに、どこのフィールドに行くか決める時、希望を出したのは私だけ、他は生徒会長が全部決めて……まさか!」
「そのまさかですよ。生徒会長の思考を読んだんです。それで誰がどこに配置されるか分かりますからね」
「だ、だけど、それが分かったところで私たちに勝てる通りは……」
「ないと? 実際に今光咲が勝ったのにですか?」
「……くっ!」
逸人の言う通りの為、赤城は悔しそうに歯噛みした。
「人数差は開いた、だが、ここで貴様を倒せば結果は変わらないだろ!」
赤城は右手を前に出し、魔法を発動させる。
「ん、体が動かねぇ」
「選抜試験で見ただろ、私の魔法だ。空気を硬質化させて相手の動きを封じる。これで貴様は終わりだ!」
赤城は次に左手を前に出して、別の魔法を発動させる。それは選抜試験で見せた空気砲。
「なにっ!」
しかし、その攻撃は逸人には当たらなかった。いや、正確には捕らえたはずの逸人の姿が一瞬にして消えたのだ。
「一体どこに……?」
周囲を警戒する赤城だったが、それは意味を成さない。何故ならもう既に逸人の射程圏内だからだ。
「悪いですね、先輩。その拘束魔法は俺には効かないんですよ」
「なっ!」
逸人の声がすぐ後ろから聞こえ、赤城は振り返ろうとするが時すでに遅し。
「きゃ!」
赤城はあっけなく逸人に組み敷かれた。
「あなた、一体何をしたの!?」
「簡単ですよ。ただあなたの背後に転移しただけです」
「転移ですって!? そんな高等魔法どうしてあなたなんかが使えるのよ!?」
「ふむ、前にもやったんですけど、このやり取り。まぁ簡単に説明すると自身の脳を強化して処理速度を上げたんです。それで転移魔法を使えるんですよ」
「それは理論上の話でしょ。ましてや実践で使おうなんて自殺行為よ。転移魔法は計算を少しでも間違えれば、体がバラバラになったり、地面や壁に体がめり込んでしまうのよ。私の体が少しでもあなたの転移先に入っていたならお互いに大けがじゃ済まなかったはず。私がどう動くか分からない以上、あなたの転移魔法は危険な行為なのよ、それを分かっているの?」
「出来てしまったことに対して、出来なかった時のことを考えるのはあまりにも不毛では?」
「確かにそうかもね。でも、あなたはそれだけ危険なことをしたのよ? それが分からないままその魔法を使い続けられると、こちらにも被害が出かねないから忠告しているのよ」
「なるほど、忠告痛み入ります。けど、それは無用な心配だ」
「無用ですって?」
「だってそうでしょう。先輩の言い分じゃ、相手の動きが分からなければ危険ってことですよね?」
「何よその言い方。まるで、自分なら相手の動きが分かるって言ってるようなものじゃない」
「ええ、ですから、そう言っているんです」
「何をバカなそんなことできるわけ……」
逸人の言おうとしていることを赤城は鼻で笑って一蹴した。
「十八世紀の数学者は『ある時点において作用している全ての力学的・物理的な状態を完全に把握・解析する能力を持つがゆえに、未来を含む宇宙の全運動までも確定的に知りえる』という未来予知に関する概念を提唱した。知っていますか?」
「知ってるわよ。それがどうしたって……まさか! あなた!」
「全ての力学的・物理的な状態を完全に把握するすべは俺たちの使っているデヴァイスで実現可能となれば、後はそれを解析する能力さえあれば、未来予知は可能」
「そ、そんな……あ、あり得ない……」
「そのあり得ないを可能とする脳を俺は持っている」
「う、嘘よ……あれは都市伝説じゃ……」
「いいや、存在する。この世のあらゆる現象を演算によって導き出し、未来を知ることのできる頭脳。その数学者の名を取ってこう呼ばれている」
“神の頭脳(ブレインオブラプラス)”
「それじゃあ、ちょっと寝ててください」
話し終えた逸人は軽く意識を奪う程度の電流を流した。
「……うぅ」
赤城はそのまま意識を失った。
『上蔀逸人との戦闘により、赤城美空戦闘不能』
琴里のアナウンスと共に赤城の姿は消え、フィールドの外へと転移した。
「さてと、作戦通りなら、光咲はソフィのとこに行ってるはずだから、俺は和樹のとこだな」
そう言って、逸人は和樹のいる住宅街地帯へと向かった。
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