ソフィの秘密

「てなわけで、みんなに集まって貰ったわけだが」



 逸人たちは今訓練棟Bに来ていた。



「あのーせんせー」

「なんだ、和樹君?」



 逸人のことを先生と呼ぶ和樹に対し、逸人はそれに合わせて先生ぶってみた。



「一人足りないんですけどー」



 和樹の言う通り団体戦に出るメンバ―の内一人がいなかった。



「ああ、あいつはいいんだほっとけ」



 逸人の言うあいつとは、光咲のことである。

 この訓練棟Bには光咲を除く五人が集まっている。



「では、二週間後に控えた摸擬戦に向けて皆にやって貰わなければならないことがある」



 逸人は他の四人の注目を集めるように話し始める。



「まずは、ソフィ」

「はい、何でしょう」

「例のものは持ってきたか?」

「これ、ですよね」



 ソフィは懐から袋を取り出した。そして、その中に入っていたのは手のひらにギリギリ収まるくらいの大きさの魔石だった。



「ちょ、これ! どうしたのよ!?」



 その魔石を見て朱音はあからさまに動揺していた。



「ソフィに買って用意してもらった」

「買ったぁ!??? これを!? 一体いくらでよ!」

「そうですね、詳しい値段は聞いてないんですけど、数億くらいだったと思います」

「お、億……」



 朱音はその金額を聞いて立ち眩みを起こし、その場にへたり込んでしまった。



「そんな高価なもの一体何に使おうって言うのよ」

「まぁ、見てろって。ソフィ、それいいか?」

「はい、どうぞ」



 簡単に手渡しする逸人とソフィを見て、何故か朱音が一番びくびくしていた。



「これを付けてっと」



 逸人は手にしていた機械を魔石に取り付ける。



「それは何ですか?」

「これは増幅器的なやつだ。俺たちがいつも使ってる魔石だと半径百メートル内の魔素しか感知できない。けど、これだけのデカさの魔石なら、この増幅器を使えば半径三百メートルくらいまでの魔素を感知できる」

「それって意味あるの?」



 朱音は恐る恐る魔石に近づきながら、逸人に聞いた。



「魔素感知の範囲を広げても魔素吸収率の比率は変わらないでしょ? 魔素吸収率が三十%の人に感知範囲が三百メートルになった魔石を渡しても、感知範囲が三倍になった分、魔素吸収率はその分、三分の一にまで下がるわ。だから、その研究はあまり意味がないものだとして、数年前に研究は進まなくなり、埃をかぶったわよね、その増幅器と一緒に」

「確かに小鳥居の言う通りだ。だけど、ちょっとそれで試したいことがあってな」



 魔石に増幅器を取り付けた逸人はそれをソフィに返した。



「この魔石に向かってありったけの魔素を送り込んでみてくれないか?」

「えっと、でも大丈夫でしょうか……」



 いつもデヴァイスを壊してしまうソフィにとって魔素を流し込むという行動には抵抗があった。



「そうだな。一応念のため、防護服を着ておこうか」



 逸人は訓練棟の倉庫にしまってある防護服を人数分持って来て、みんなに着せた。



「いや、あの、なんで防護服?」

「もしかしたら、ソフィが魔法を使おうと魔石に触れた瞬間、その魔法が暴走するかもしれないだろ? あのデカさの魔石で魔法を発動することなんて滅多にないだろうし、何が起きるか分からないからな。と、ソフィは心配してるんだ」

「なるほどね。その為の保険って訳ね。でも彼女魔法は使えないんでしょ?」

「それを今から確かめるのさ」

「?」



 逸人の言っている意味が分からない朱音だったが、その意味を知るまでに時間はかからなかった。



「ソフィ、やってくれ!」

「はい!」



 防護服のせいで声が通りづらい為、お互いに大声で声をかけあう。

 そして、ソフィは魔石に手を置き、集中する。その魔石に、魔素を集めることをイメージして。



「………………何も起きないわね?」



 少しして何も起きないと判断した朱音は防護服を脱ごうとした。



「馬鹿っ!」



 しかし、逸人はそれを咄嗟に止め、加えてソフィを引っ張り魔石から遠ざけさせた。



「な、なにす……」



 何すんのよ! と文句を言おうとした朱音だったが、逸人がした行動の意味はすぐに分かった。

 パリンっ! 魔石は粉々に砕け、破片が辺り一帯に飛び散った。



「嘘、何? 今、何が起きたの?」



 その場にいる誰もがこの現象が何だったのか理解できなかった。

 いや、たった一人、逸人を除いて。



「今のは魔石が耐え切れなかったんだ。ソフィの流し込んだ魔素に」

「耐え切れなかった? どういうことよ? ちゃんと説明して」



 朱音は防護服を脱ぎ捨てて逸人に詰め寄る。



「半径三百メートル内にある全ての魔素を詰め込んでも砕けない大きさの魔石をソフィに用意してもらった。そして、それが今耐え切れずに砕け散ったんだ。もう言わなくても分かるだろ」

「それって、ソフィは半径三百メートル内全ての魔素を使えるってこと……?」



 自分の言葉があまりにも現実離れしていている為、朱音は自信なさげにそう答えた。



「それだけじゃない。半径三百メートル以上先の魔素まで感知して使っていた。道理でデヴァイスが壊れるわけだ。ソフィの魔素吸収率に耐えきれなかったんだ」

「一体、どんな魔素吸収率ならこんなことが起きるのよ……」

「三百メートル以内全ての魔素を使えると言うことは少なくとも魔素吸収率三百%以上だろう」

「さ、三百って平均値の十倍じゃない! 規格外もいいとこよ!」

「だな。まぁ、ソフィの方はこれでいいとして、とりあえず散った魔石を回収しておくか」



 現実離れした光景を目の当たりにしたはずなのに逸人はあまり驚いていない様子だった。それどころか予想通りと言った感じだった。



「数億円の魔石だからな、これをこのまま放置はできないだろ」



 そう言いながら、魔石を拾い集める。

 藍紗も逸人と一緒に魔石を拾っていた。

 ソフィと和樹に関しては何が起きたのか理解できておらず、放心状態だった。



「もしかして、この状況をおかしいと思っているのは私だけなのかしら……?」



 そう思いながらも、貧乏根性が染みついた朱音は散った魔石を放置できるわけもなく、逸人たちと一緒にかき集めるのだった。








「んでまぁ、ソフィの件についてだが」



 あらから魔石の回収が終わり、逸人たちは再び会議を再開した。



「現状、対策するべきことがない為、何もすることなし!」

「えっと、それは私は摸擬戦まで何もしないと言うことですか?」

「そう言うことだ。というか、何も出来ないが正解だな。ソフィの魔素吸収率は規格外すぎてソフィにあうデヴァイスが存在しない。今から作ろうにもそんな時間は残されていない。だから、ソフィがすることは特にないな」

「そうですか……」



 ソフィは寂しそうに肩を落とした。



「何しょげてんのよ。あんたの魔素吸収率がバケモノ並だって分かったんだからいいじゃない。あなたに合うデヴァイスが出来た時、あなたはとんでもない魔法師になれるかもしれないのよ」



 そんなソフィに朱音は励ましの言葉をかけていた。



「さて、じゃあ、次は和樹についてだが」

「お、俺の番か」



 自分の名前が呼ばれワクワクする和樹。



「和樹にはひたすら藍紗と対人訓練をしてもらう」

「対人訓練?」



 言葉の意味が分からず和樹は首を傾げる。



「要するにどんな攻撃が来ても絶対に避けられるようになること。これが和樹の課題だ」

「あ? どういうことだよ。魔法の訓練は?」

「ない」

「なんでだよ!」

「何でも何も、お前じゃ魔法は使えないからだ」

「ふざけんな! 俺は魔法が使いたいんだ!」

「無理なものは無理なんだけどな……。仕方ない。とりあえず、藍紗と対人訓練をやってみろ。それで分かるはずだ。お前がなんで魔法を使えないのか」

「どういう、意味だよ」

「それを理解するのも特訓の一つだ。じゃ、後は頼めるか?」



 逸人は藍紗に視線を投げる。



「構わないが、殺す気でやっていいんだな」

「ああ、それで構わない。和樹には誰と戦うことになっても逃げきって時間を稼いでもらう必要がある。それが例え生徒会長であってもな」

「分かった」

「え、ちょ、ま、殺す気? 何!? 俺に何する気!?」

「ま、頑張れよー」



 逸人は和樹に軽く別れの挨拶をし、藍紗は和樹を引きずっていった。



「さてと、残すは小鳥居だが……」

「何? 私はあなたと実践訓練するって言うの?」

「そんなことはしないよ。それにそんなことをしても強くはなれない」

「じゃあ、どうするって言うのよ」

「お前には戦力になって貰わなければならないんだ。その意味分かるよな」

「ええ、永田はさっき見た感じ、逃げの一手で助けに行ける人がフォローしに行くって作戦よね。そして、ソフィは結局魔法が使えないまま摸擬戦の日を迎える。と言うことは、永田と同じように戦力外ってことでしょ? そうなると、まともに戦えるのがあなたと私と結城さん。今ここにいない梓馬さんって人がどのくらいできるのかは知らないけど、退学者リストに名前が挙がったってことは戦力として期待はできない。となると、私は最低でも生徒会役員一人分くらいの仕事はこなさないといけない計算になるわね」

「よく分かってんじゃん。その通りだ」

「けど、正直今の私じゃ生徒会どころか同年代の他の生徒たちにすら勝てるか怪しいわよ」

「だから、そこは安心しろって、ちゃんと考えがある」



 そう言って、逸人は朱音を連れて図書館へと向かうのだった。

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