第29話 とめどなく純情
「よう社長、調子はどうよ」
俺は鵜崎と共に、とある会社の事務所にて、机の上でパソコンとにらめっこをしていた20代半ばの痩せぎすの男に声を掛けた。
ここは、主にアイドルのマネジメントを行っている会社だ。
「おお、若! どうも、調子はぼちぼちですよ」
俺の顔を見て立ち上がり、嬉しそうに笑いかけた社長は、それから隣に立つ鵜崎を見た。
「この子が、若がメールで言ってた子? へぇー、写真より可愛いね、OK,採用! 来月からステージ立ってもらおっか」
「おう、頼むぜ。そんじゃ、俺はこれで」
話はついた。
仕事の邪魔をするのも悪いし、今日のところはもう帰ろうと思い、鵜崎を置いて事務所から出て行こうとしたが、
「ちょっと待つっすよ」
そう言って、鵜崎が俺の腕を力強く掴んで、足を止めさせた。
俺は鵜崎を一瞥してから、口を開く。
「あ? 何だよ。車の中でちゃんと説明しただろ? 金が欲しくて働き口を探しているけど、14歳だからバイト先も見つからないっていうお前に、心優しい俺が地下アイドルグループを紹介してやるって。お前の可愛らしい容姿と、なによりその圧倒的な身体能力は、ダンスもガチでやってるこのグループのメンバーにぴったりだ、自信もって頑張れよ、じゃあな!」
「だから、帰るなって言ってんすけど!?」
俺が親切に説明をしているというのに、鵜崎は納得していない様子だ。
「ったく、ワガママばっか言いやがって。給与未払いとかよくネットのニュースになってるから、地下ドルのイメージが悪いとかか? 言っとくが金銭関係は社長がちゃんとしてるから、心配する必要はねぇぞ」
「そういうのじゃないっす」
「金じゃねぇってんならよ、何が問題だって言うんだよ?」
「そもそも、あたしアイドルとかやりたくないっす」
その言葉を聞いて、俺は大げさに肩をすくめて、やれやれと首を横に振ってから口を開く。
「やりたくないことやるから、俺をコケにした罰になるんだろ? そんなことも分かんねぇのかおめぇ、ばっかじゃねーの?」
俺がそう言うと、
「今あたし、衝動的に人を殺した人間の気持ちが分かったっす」
と忌々しそうに呟いてから、俺に向かって中指をおっ立てた。
それを見てイラついた俺は両手で握り拳を作り、鵜崎のこめかみを両側から拳の先端で挟み込むように固定。
そのままネジ込みながら圧迫をする、通称『ウメボシ』をすると、「うぎゃ~」と苦痛の声を上げた鵜崎。
「児童虐待ダメ、ゼッタイ!!」
苦し気に呻く鵜崎の様子に、俺は満足してから拳を離す。
「児童虐待? 人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ。なぁ社長、俺はそんな酷いことやってないよな?」
「オレ、ナニモミテナイ」
さわやかな笑みを浮かべながら社長がカタコトで言うと、
「今この場には、あたし以外にはクソしかいないっすか?」
眉間に皺を寄せた鵜崎がそう言う。
「お前も含めてクソしかいねーから!」
「……あたしに罰を与えられるからって、今日の若は楽しそうっすね」
はぁ、と大きく溜め息を吐いた鵜崎。
俺は笑顔を浮かべて大きく頷く。
「本人にやる気がないみたいだけど、社長的にはこいつどう思う?」
「可愛いのは確かですね」
俺の問いかけにそう答えてから、
「まぁ、やる気がない子を無理にグループに入れると、他のメンバーが『運営のごり押し』『枕特化型アイドル』『整形女』とかあることないこと言いふらされてトラブっちゃう原因にもなるからさ。とりあえず、明日ライブがあるからさ、それを観てから決めるってのはどうだい? ステージ上でキラキラの衣装を着て、キラキラの汗をかく|彼女たち(・・・・)を観たら……もしかしたら、アイドルやってみたくなるかもよ?」
社長は微笑みを浮かべ、鵜崎に優しくそう言った。
嫌がる相手に無理やりアイドル活動をさせるなんて、相当気合の入った脅しをしないと難しい。
確かに、まずは興味を持ってもらうことから始めるのは悪くない。
「嫌っす」
しかし鵜崎は躊躇いなく即答した。
「めっちゃ頑な~。若の紹介じゃなかったらゼッタイ面倒見ねーのによー」
社長は横目でちらりと俺を見た。
「社長、ガンバ!」
俺は運動部の女子マネっぽく社長にそう言った。
社長は顔を青ざめさせ、引いた様子だった。
それから一度咳ばらいをして、鵜崎に向かって言う。
「じゃあ……レッスンだけでも見ていってくれない?」
「嫌ったたたたた、いたたたたたた!」
鵜崎がまた社長を悲しませることを言いそうだったので、俺の梅干しが火を噴いた。
「い、いくっす、分かったから、見に行くからもう勘弁してほしいっすよー!」
社長の誠意が伝わったのか、鵜崎は大人しくレッスンを見に行ってくれるようだった。
☆
社長から、グループメンバーがレッスンをしているレンタルスタジオの場所を教えてもらい、楓の運転する車で移動をしてから、俺と鵜崎はそのスタジオに入った。
階段を上ってから扉を開けると、ちょうど休憩中だったようで、レッスンを受けていたメンバーたちの視線が一斉にこちらに向けられた。
「あれ、若じゃーん!」
「うっそ、珍しー」
「どしたん?」
16歳から19歳のエネルギッシュな4人の女子に囲まれて、俺はやや気おされつつも答える。
「ちょっと邪魔するぜ。これ、差し入れだ」
そう言って、コンビニで買ったスポーツドリンクを差し出した。
「スポドリだけ? 楓さんの手作りスイーツは?」
差し入れを受け取ったにもかかわらず、不満げなメンバー。
「また今度、楓に頼んでみるから。今日のところは我慢してくれ」
俺は続けて口を開く。
「今日は、新しくメンバーになる……かもしれない女の子を連れてきた」
その言葉の後、鵜崎の背中を押す。
彼女はメンバーへ視線を向けてから「はぁ……どもっす」と呟いた。
鵜崎を見る彼女らの目は――少なくとも、歓迎をしているようには見えなかった。
当然だ、彼女らは本気でアイドルとして売れようとしているのだから、中途半端な追加メンバーなんて、望んでいないのだ。
「こいつらは、5人組アイドルグループ『とめどなく純情』のメンバーだ」
「すごいグループ名っすね」
真顔で鵜崎は言ってから、首を傾げる。
「あれ、5人組ってことは、ダンスレッスンの先生とかなしで、自分たちだけで練習してるってことっすか?」
スタジオにいるのは、俺と鵜崎を除けばちょうど5人しかいない。
だが……。
「あ、私はレッスンコーチだから、メンバーじゃないわよ」
一番最初に差し入れのスポーツドリンクに口をつけていた女性がそう言った。
「4人しかいないっすよ? ……え、もしかして既にあたしのことメンバーとして数えてるっすか!?」
驚いた様子の鵜崎に、
「んなわけねぇだろ、お前が入れば6人になる予定だ」
俺が笑顔を浮かべて優しく答えると、「やっぱ足らねぇっす!」と鵜崎は言った。
「……そういや、あいつがいねぇな」
俺が呟くと、階段を駆け上る騒がしい足音が聞こえた。
俺と鵜崎は、背後を振り返る。
「ごめんなさーい、遅刻しちゃった!」
勢いよくスタジオに飛び込んできたのは、
『とめどなく純情』のセンターを務める、アイドルだった。
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