第24話 再会

 鬼道を懲らしめた翌日、土曜日の夕方。


 俺は今、とある路地裏で隠れ潜んでいた。

 足元を見れば、不快な虫やネズミが這いずっている。

 気持ち悪いが、フード野郎に返しをするためには我慢だ。


 そう、鬼道に吐かせた薬の取引場所を見張っているのだ。

 フード野郎は取引にはいつも同じ場所を使っているらしく、今俺がいる場所はそのうちの一つだ。


 櫻木會の若いもんに手を借りて、全ての取引場所を見張っている。

 入ってきた情報によると、昼からすでに3か所で取引があったらしい。


 現行犯では捕まえさせず……というか、おそらく捕まえられないので、警戒心を持たれないように捕まえることも尾行もさせていない。

 ただ、薬を購入した奴から物を没収だけさせていた。


 というのが半分の理由で、もう半分は俺がこの手で捕まえないと気が済まないからだ。


 同じ日に同じ場所で取引は行わないと、鬼道からはそう聞いていた。

 もしまだこの後も取引があるなら、そろそろ姿を現しても良いころだろう。

 俺は早くフード野郎に会いたくて震えていた。


「若。……木田君が路地裏に入っていきました」


 耳につけたインカムから、楓の声が聞こえた。

 楓は見晴らしの良いところで周囲を見晴らしている。

 これで、いつフード野郎が現れても万全の態勢で迎え撃てる。


「木田君?」


「この間サプリと信じて薬物を購入した……歌音さんのファンです」


「もうサプリじゃないってわかってるだろうに、何やってんだよあいつ」


 俺が呟くと、見覚えのある男子中学生が路地裏に入ってきた。

 どうしたもんかと考えていると、


「若、ターゲットの姿を見つけました」


 楓の声に、思考を一時中断する。


「周囲を警戒しながら歩いているようです。目的地が若がいらっしゃる路地裏であれば、おそらくあと1~2分で到着するかと思います」


「了解。葛城、今の話聞いてたな」


「聞いていました」


 俺が呼びかけると、インカムから葛城の声が聞こえる。


「手筈通り、対応いたします」


「おう、頼んだぞ」


「ターゲット、現着します」


 葛城との会話を終えると、楓が言う。

 俺は遮蔽物の陰から様子を伺う。

 確かに、あのフード野郎だった。


 木田が金を渡すと、フード野郎が上機嫌に問いかける。


「あんたこれ、気に入ったみたいだね」


 まだ声変わりもしていない、高い声。

 薬を買うのもガキなら、売る方もガキ。

 ……ガキの小遣い稼ぎにしちゃ、オイタが過ぎる。


「え、ああ。うん、そうなんです」


 狼狽えている木田。

 彼の持っていた薬は没収したはずだが、あれから何度か試していたのか?

 そうは見えない。薬中なら、もっとあからさまに態度がおかしいはずだ。


「見つけました、もう逃がしませんよ!」


 そう言って路地裏に入ってきたのは、地雷系装備の歌音と、無言の葛城だった。

 それを見て、フード野郎は素早く身を翻して奥……こちら側に、障害物を足場代わりに駆けだした。


「やっぱり会えた、アリア・・・さーん!」


 手にした薬を放り投げ、歓喜の声を上げる木田。

 「げ」と呻く歌音、苦笑する葛城。

 ……を無視して、俺は遮蔽物を足場に屋上へと向かうフード野郎に、待ち伏せをしていた場所から、飛びかかった。


「……っぅ!?」


 フード野郎を抱きかかえて、汚い路地裏に着地。

 それから、抱きかかえた手に力を入れて顔をこちらに向けさせようとしたところ――。


「っきゃあっ!」


 という短く可愛らしい悲鳴が耳に届き、手には妙に柔らかな感触が伝わった。

 顔の半分を隠すフードを外して、顔を拝むと……。


「女だったのか、お前」


 フード野郎……いや、その女は、可愛らしい顔で、恨めしそうに俺を睨みつけていた。


「いつまで胸触ってんの、離してよ変態」


「おいおいつれねぇな。俺はお前に会いたくって、この汚ねぇ場所で半日も待ち伏せしてたんだぜ?」


「あっそ。馬鹿じゃないの?」


 強がった言葉を使っているが、それははったりだ。

 俺の腕に抱えられながら、小刻みに震えていた。


「お前、俺の顔を覚えてるか?」


「……うちの用心棒にやられたダサい奴」


「その通り、覚えてくれてて嬉しいな」


 そう言ってから、俺は抱きかかえる腕に力を込める。


「っつぅ……」


 苦し気に呻くフード女に、俺は一つ提案をする。


「本当は俺をコケにしたお前のこと、ただじゃおかないつもりだったんだが。まだガキで、しかも女だ。この間の用心棒の居場所を教えてくれたら、お前のことは……まぁ、悪いようにはしない。どうする?」


「くそ喰らえだ!」


 俺の言葉に、フード女は即答した。


「あいつのことはよく知らないし、話したこともほとんどない。それでもあいつのことは……仲間だと思ってる。仲間は売れない。……何されたってね」


 勝ち誇るように言ったフード女の頬を、平手打ちする。


「は、そんだけ?」


 減らず口を叩く女をもう一度叩こうとして――やめた。


「お前がどこまで黙ってられるのか試すのも面白そうだが。そんな風に気合の入った奴は嫌いじゃねぇぜ」


「何言ってんの……?」


「お前の情報なんかいらねぇよ。はなから、あの野郎のいる場所の情報は握ってんのよ」


 俺の言葉を聞いたフード女は、怒りに満ちた眼差しを俺に向けた。


「卑怯だぞ! 大勢であいつをリンチするつもりだな!?」


「うるせぇよ。櫻木會ウチのシマを荒らす奴には、ケジメつけてもらわないといけねぇんだよ」


「櫻木會……クソヤクザが!」


 今にもかみついて来そうなフード女を小脇に抱えたまま、俺はどんちゃん騒ぎをしている地雷系娘とストーカー気質の木田を無視して、半笑いを浮かべていた葛城に声を掛ける。


「この女、俺ん家に閉じ込めとけ。くれぐれも、丁重に扱えよ」


「了解です」


 



 それから俺は、テナントの入っていないさびれた雑居ビルに踏み入り、3階の扉を開いた。

 椅子に座っていたジャージ姿の若い男が、俺の入室に気が付いて立ち上がる。

 それから、驚いたような表情を浮かべた後、俺を睨みつけてきた。


「てめぇ、何しに来た? てめぇみたいな陰キャ野郎・・・・・が来るような場所じゃねぇぞ!?」


 ドスの利いた低い声で、その男は告げる。

 俺は、こらえきれずに腹を抱えて笑う。


「流石に、待機中まであの暑苦しい目出し帽は着けてないよな」


 俺の言葉に、動揺を浮かべる男。


「お前、なんでそれを……?」


 驚愕を浮かべる男の顔を見て、一先ず俺は満足をした。

 前髪・・をかきあげてから、挑発的に俺は言う。


「この間はどーも」


「てめぇ……桜木っー!!」


 俺の言葉を聞いた目の前の茶髪ピアス・・・・・の男は、驚きと怒りの表情を浮かべながら叫ぶ。


 俺は拳を固く握りしめてから、宣言をする。


「リベンジマッチに来たぜ、色男」

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