第12話 疑似家族
昼休みが終わる直前に教室に戻る。
クラスメイト達がやたらと俺を睨んでいるが、気にせずに自席へと向かう。
足を引っかけようとしたり、椅子を蹴り上げてきたり散々絡まれるが、原因は分かっている。
歌音のせいだ。
俺は一々構わずに、無視をする。
歌音と一緒にいたせいで、今日はイチゴ牛乳を買うことが出来なかった。
今日は一段とストレスがかかるが、我慢だ。
俺は横目で茶髪ピアスとバカ女を見る。
二人とも、いつもと違った様子はない。
やっぱり二人でデートでもしてたんじゃないだろうか、とそんな気にもなってくるが……。
今日も一応、夜廻りをすることにしよう。
☆
「ただいまです」
学校から一緒に下校をしていた歌音が、隣でそう言った。
下校時も教室に顔を出してきたもんだから、下校時に俺と歌音が並んでるのを見た連中に注目をされてどっと疲れた。
俺は無言のまま一旦自室に戻り、軽くシャワーを浴びてから着替えをした。
シャワー上がりの俺がリビングに入ると、ソファに座っていた歌音は俺を見て「うん、やっぱり前髪あげてる方がしっくりくる」と呟いてから、
「それで、結局学校では前髪あげないのはなんでなんですか?」
と興味本位で問いかけてきた。
「学園生活で陰キャしてる俺と、夜廻りをしている俺が結びつかないようにしてる。……歌音には通用しなかったけどな」
「仁先輩は可愛らしい顔してるので、すぐにわかりましたよ」
「そう、それを気づかれないために、目立たずに学園生活を送っていた。……ってのに、今日の歌音のせいで、それも台無しになりそうだけどな」
「確かに目立ちたくないのは分かりますけど……」
とどこか釈然としない様子の歌音を見て、そういえばと思い出す。
「まだお前に言ってなかったことがある」
「……改まって何ですか、嫌な予感がするんですけど」
警戒を浮かべる歌音に、俺は言う。
「この後、夜廻りに出掛けるが、その前に寄るところがある。歌音も支度をしとけ」
☆
繁華街のとあるビル内にある事務所に、俺は歌音と一緒に入っていた。
「「「「お疲れ様です、若(わか)!!!」」」」
いつものことではあるものの、そのバカでかい声に顔を顰めつつ、俺は「おう、おつかれさん」と苦笑を浮かべて応えた。
「……仁先輩、説明をしてもらっても良いですか?」
歌音は、身体の大部分にお絵描きをした厳つい人相の男たちが、俺を見た途端に立ち上がり、頭を下げたその理由が知りたいようだった。
当然のことだと思う。
順を追って説明をしよう。
「ここは指定暴力団【櫻木會(さくらぎかい)】の組事務所です」
「見ればわかりますけど……」
「そして俺、桜木仁はこの組の親分の実の息子です」
「街を守る良いヤクザ……って言ってましたけど。本当にヤクザだったんですね」
驚いた様子の歌音。
彼女の言葉には誤りがあったが、あえて訂正はしなかった。
「若、お荷物お持ちします」
そう言って、笑顔がプリティーな毒島が、いつものように声を掛けてきた。
「おう、気にするな」
俺がそう言うと、毒島は歌音に下卑た視線を向けてから、
「若、とんでもなく良い女連れてきましたね。キャバですか? それともビデオですか? 風呂ならもちろん通うので、店とか芸名紹介してください!」
捲し立てるように俺にそう言った。
麗美のように、食うに困っている女性に職業を斡旋することもあるので、毒島がそう勘違いするのは仕方がない。
横を見ると、その言葉を聞いた歌音は……うんざりしたような表情を浮かべていた。
俺は毒島の肩にポンと手を置いてから、
「こいつは俺の女だ。手を出したら誰が相手でもぶっ殺すからな。……毒島以外も、ちゃんとこいつの顔を覚えておけよ!」
俺がそう言うと毒島は頭を下げて、
「大変失礼いたしました、姐(あね)さん!」
と謝罪の言葉を口にした。
「え、いや……気にしてないです、大丈夫です」
頭を下げられた歌音は、分かりやすく引いていた。
その様子を、事務所内にいる兄貴連中はちゃんと見ていた。
きっとこの後毒島は、兄貴連中にシバかれるだろうが、今回は少し痛い目に遭った方が良いだろうから、あえてフォローはしないでおく。
「上がらせてもらうぜ」
俺はそう言ってから、イエローブーツを脱いでスリッパに履き替える。
歌音も俺の後に続き、スリッパに履き替えた。
まずは歌音をカシラの部屋に案内をしようと考えていたところ、服の裾がちょんと引っ張られた。
振り返ると、歌音が上目遣いにこちらを見ていた。
どうしたのだろうかと思っていると、彼女は背伸びをしてから俺に耳打ちをしてきた。
「庇ってくれて、ありがとうございます」
頬を朱くした歌音。
何の話だと一瞬思ったが、毒島の言葉に対して、俺の女だから歌音には手を出すなと言ったことだろう。
「……気にするな」
俺は軽くそう答えたが、歌音はとても機嫌が良さそうだった。
正直ほとんどマッチポンプみたいなものだったから、今の歌音みたいに好意的な解釈をされるのは気まずかった――。
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