第4話 街を守る良いヤクザ

 無言のままでいる俺を見つめ続けている有栖。

 誤魔化しが効かないことを理解して、俺は小さくため息を吐いた。


「どうしてこんな時間まで外ぶらついてんだよ。どこに住んでるか知らねぇけど、終電はもうないぞ」


 俺の言葉に、そっぽを向く有栖。


「……家出か」


 有栖は少しだけムッとした様子で俺を見た。

 どうやら図星らしい。


「先輩こそ、どうしてこんな時間までこんなところをうろついているんですか? ……一緒にいる素敵なお友達は、紹介してくれます?」


 有栖は、俺の後ろに控えていた葛城と楓に視線を向けながらそう言った。

 その質問に答えようとすれば、櫻木會の説明をする必要がある。

 高校では極力目立たぬようにしてきた俺の努力が、無駄になるかもしれない。


 しかし、俺の夜の顔を見られた以上は、何かしら対策を講じる必要はある、か。


「こっちにも、事情があるんだよ」


「事情って、何ですか?」


 俺はもう一度、溜め息を吐いてから答える。


「事情を説明してもらいたかったら……ちょっと面貸せ。どうせこの後行く当てもないんだろ、家出少女? 今夜の宿くらいは提供してやる」

 

 このままここで話し込めば、警察(サツ)に見つかって補導されても不思議ではない。

 俺の言葉に、しかし有栖は恥じらいを浮かべながら、瞼を伏せつつ答えた。


「……変なこと、しない?」


 俺は髪の毛をかきむしってから、「しねーよ」と投げやりに答える。

 事情をどう説明するか、そればかり考えていたから、彼女の言葉は想像すらしていないものだった。


「楓、タクシー拾ってくれるか?」


「承知しました」


 楓が涼し気な表情で答えた。

 俺のマンションまで、歩くと少し時間がかかる。

 有栖は疲れた様子だったし、移動時間は短い方が良いだろう。


「眠たいだろうけど、もう少しだけ我慢してくれ」


 有栖に向かってそう言うと、彼女は少しだけむくれた様子で、


「子ども扱いしないでください」


 と呟いた。

 その言葉を聞こえないふりをしていると、


「若、タクシーの用意が出来ました」


 と、楓から声がかけられた。

 

「おう、助かる」


 そう答えてから、今度は葛城に向かって言う。


「今日のところは解散だ。帰って良いぞ、葛城」


「お見送りしますよ、若」


「気にするな。……って言ってもついてくるよな、お前は」

 

 俺の言葉に、葛城は無言だ。


 葛城と有栖と一緒に、楓が停めてくれたタクシーへ向かう。

 後部座席に先に有栖を乗せ、俺はその隣に座る。

 最後に楓が助手席に乗り込み、俺のマンションの住所を運転手に伝える。


「それじゃあ、お疲れ様です、若」


「おう、気ぃ付けて帰れよ」


 葛城に別れを告げた後、タクシーは発進した。

 

 ――それから、10分程度で目的のマンションに到着した。

 その間、車内で会話はなかった。

 支払いを楓に任せて、俺と有栖はタクシーから出る。


 それからエントランスを通り抜け、エレベーターを使って上の階へ向かう。

 高層階の一室にある部屋の扉を開けて、自室に到着した。


「え、ホントにここが先輩の部屋? ……お金持ち?」


「とりあえず座れや。楓、茶でも出してやれ」


 俺はリビングのソファに腰かける。

 有栖は促されるまま、俺の対面のソファに座った。


「かしこまりました」


 楓は俺の言葉を受けて、キッチンへと向かった。

 その背中を、有栖の視線は追っていた。


「ずっと気になってるんですけど……さっきのおじさんと、あの美形は誰ですか? 家族ってわけじゃなさそうですけど」


「家族、みたいなもんだ」


 そう答えてから、俺は続けて言う。


「楓はここで俺と一緒に暮らして、世話をしてくれている。それと、さっきの強面のおっさんは葛城って名前で、こいつにも色々と面倒を見てもらっている」


「楓さんと暮らしてるってことは、ご両親とは一緒に住んでいないんですか?」


「母親は数年前に死んでるし、親父も体調壊してるから、楓と二人で暮らしている」


 俺が答えると、有栖は申し訳なさそうに「すみません」と謝罪をする。


「気にするな、俺は別に気にしちゃいない」


 俺がそう言った後、楓が戻ってきた。


「お待たせしました」


 そう言ってから、テーブルの上に俺と有栖の分の飲み物を置く。


「あ、ありがとうございます」


 有栖が礼の言葉を告げると、楓は無言のまま会釈をした。


「ありがとう。……今日はもう部屋で休んで良いぞ」


「かしこまりました、若。それでは、お先に休ませていただきます」


 楓はそう言ってから、自室に戻っていった。

 俺は楓の淹れてくれた、牛乳で溶かすタイプのミルクココアを一口飲む。

 自分で作ると微妙にダマが出来て残念な気持ちになることが多いのだが、楓が作ると綺麗に粉が溶けていて、とても嬉しい気持ちになる。

 あいつ、また腕上げやがって……。


 俺はココアの甘みを堪能していたのだが、有栖は自分の分に手を付ける様子がなかった。


「どうした、ココアは苦手だったか? それともホットの方が良かったか?」


 4月の半ばで、夜も過ごしやすい気温が続いているが、体温を下げる冷たい飲み物は避けている人も中にはいるかもしれない。


「そういうわけじゃないです。先輩がニヤニヤしながら飲んでいたので、もしかして何か薬を盛られているんじゃないかと警戒をしただけです」


「失礼な奴だな、と言いたいところだが。ほとんど面識のない男の部屋に来てるわけだし、そのくらいの警戒心はあってとうぜんだ。ただ、本当に警戒をしているなら、そもそも俺の口車に乗って、部屋に来ることもなかったはず。多少のリスクを負ってでも家には帰りたくない理由がある……ということか」


 捲し立てるような俺の言葉に、有栖は手を付けていなかったココアを飲んだ。


「普通のココアの味ですね、薬は混ぜられてなさそうですけど……それじゃあ何で、先輩はニヤニヤしてたんですか?」


 中々肝の据わった女だ。敬意を表し、意を決し。

 俺は真実を語ることとした。


「……楓の作るココアが美味しかったから、つい口元が緩んだだけだ。あんまり追及してくれるな」


 俺の言葉を聞いた有栖は、もう一度ココアに口をつけてから、


「やっぱり先輩は、そんなに悪い人ではなさそうですね」


 優しく微笑みを浮かべてそう言った。

 その表情を見れば、彼女のことを女神やら天使やらと大仰なあだ名で呼ぶ学園の生徒たちの気持ちもわかる気がするくらい、綺麗だった。


 そんな彼女が夜の繁華街で一人でいたのはなぜなのか。

 俺は、有栖に問いかける。


「どうして家出なんかしてんだ?」


 有栖は先ほどから、何度もスマホの通知を見て表情を暗くしていた。

 親から連絡を受けているのだろう。

  

「話したくないです」


「親と喧嘩でもしたのか? 高校2年生にもなって、それで家出なんてみっともねぇと思わねぇのか? 心配してるだろうし、連絡くらいはしとけ」


 俺の言葉に多する反応は、反抗期による家出少女のそれではなかった。

 有栖は、何かに怯えているように肩を小さく震わせていた。


「DVか」


 ピクリと肩が動いた。どうやら当たりのようだった。


「……話したくないなら、詮索はしない。今日はもう遅い。早いところ寝ろ。ただ、親が警察に届出を出さないように、友達の家に泊まるとか、嘘でもなんでも良いから連絡だけはしとけ」


 俺の言葉に、有栖は制服のスカートの裾をぎゅ、と力を込めて握った。


「ありがとうございます……」


 か細い声でそう言った後、彼女は俺を見つめながら言った。


「先輩は……一体何者なんですか?」


 有栖の言葉に、俺は自己紹介がまだだったことを思い出す。


「俺の名前は、桜木仁」


「桜木、仁……」


 俺の名前を反芻するように、小さく呟く有栖に続けて言う。


「街を守る、良いヤクザだ」

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